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727:古戦場にて


 翌朝――。

 俺はリネスをお姫様抱っこして、砦の中庭からいったん上空へと飛翔した。


 お供の連中は、まだほとんど砦内で寝ている。ワン子などはなぜか起きていて俺に同行したがったが、面倒なのでトカゲ竜どもと遊んでおくように言いつけ、リネスだけを抱えて砦を出た。

 ただの墓参りみたいなもんだし、サッと行って、リネスの気が済んだらサッと戻るつもりだ。朝食の時間までには間に合うだろう。


 まだ夜明けから間もない早暁、東の空は真っ赤な朝焼けに染まっている。

 地表を眺め渡せば、これも朝日に染まる赤茶色の大地を、ゆるやかなカーブを描きつつ大河ゴーサラの滔々たる流れが横切っている。


 大陸最大の河川といわれるだけあって、川幅は広く、流れは緩やかだが水量は非常に多い。かつて、この流域は地味豊富で人口多く、商船の往来も頻繁で、河畔の諸都市は交易の要路として大いに栄えていたという。

 だが、俺様率いる魔族がこの地へ侵攻した頃には、すでに都市は戦乱に疲弊して、人口の多くが南方へ移動しており、半ば廃墟と化していた。治水もまともに行なわれておらず、長年放置された堤防はすっかり老朽化して、大雨のたびにどこかしら決壊氾濫し、両岸はしょっちゅう洪水に見舞われていた。


 もっとも、無人の土地がいくら水浸しになろうが魔族はとくに困らないので、俺としても、この件はほぼ無視していた。今でも状況は変わっていない。防衛拠点である城砦と関門の周辺だけは、さすがにきっちり自前の堤防を築いて対策してあるが。

 問題は……そういう流域に、何百年も前に立てられた墓碑が、はたして今も残っているものかどうか……という点。


 実際のところ、墓碑が立っているという場所すら明確ではない。魔族側の記録はきわめて大雑把なものだし、リネスが語るレンドルと二代目勇者の逸話とやらも、大元はリネスの師匠筋に代々受け継がれてきた伝聞で、それほど詳しいものではないからだ。

 ただ、推測はできる。七百年前の大戦末期、このゴーサラの畔で、魔術師レンドルは天魔将軍アエリアに討たれた。その位置については、アエリアが記憶しているという。二代目勇者がレンドルの墓碑を立てたという話が事実なら、そこが一番可能性が高い。アエリア自身も、レンドルを討った直後、ぶちキレた二代目勇者にその場で滅茶苦茶に切り刻まれ、全身ずたずたにされながら魔王城へ逃げ戻り、そこで絶命したという話だが。


 そんなわけで、いまはアエリアに念話ガイドを務めさせ、目的地を探して上空をふよふよ漂っているという状況。肝心の墓碑が洪水などで流されていないかどうか、それが一番の問題だ。


(あー、見えてきた。あのへん。ちょっと地形が変わってるけど、間違いないよー)


 脳内に響くアエリアの声。以前よりもイントネーションなどハッキリと聞き取れる。これはアエリアの側に何か変化があったわけではなく、俺自身が精霊化しつつあることで、剣に宿る幽霊であるアエリアとも意思疎通がしやすくなっているようだ。


「北岸か、南岸か?」

(えーと、北のほう。あいつら、関門を魔法でぶっ壊して、それから何百隻って船を出して、ムリヤリ北側まで渡ってきて。その報告を聞いたから、アエリアの部隊が、急いで勇者の軍を潰しに行ったんだよ)


 アエリア率いる天魔――黒い翼を持ち、飛行能力を擁する種族だったらしいが、いまは絶滅している――の軍勢は、上空から、ちょうど渡河を終えたばかりの勇者一行へ襲い掛かったものの、魔術師レンドルの新生属性魔法……実際には瞬間移動魔法の出来損ないで、転移先の座標が亜空間に固定されているという恐るべき代物……を浴びせられ、一瞬の間に、天魔の軍勢ごと、アエリアは亜空間の彼方へと飛ばされてしまった。

 アエリアだけは愛剣ミストルティンの導きで、かろうじて通常空間に復帰し、レンドルを刺し殺したが、帰還できたのはアエリアただ一人。そのアエリアも直後に二代目勇者になます切りにされ、当時の魔王軍の最高戦力ともいうべき天魔の軍勢は壊滅してしまった。


 記録によれば、その後、レンドルの死を悼んだ二代目勇者が、ゴーサラの畔に小さな墓碑を立てて、レンドルの魂を慰めた……という。とはいえ碑の具体的な形状も大きさも不明だし、もしほんの小さなものなら、上空からでは発見しづらいかもしれない。

 俺は高度を落とし、アエリアの示す地形へと、低空からゆっくり近付いていった。


「……これは、どうだろうな」


 接近するにつれ、地表には倒木や瓦礫が点在し、つい最近まで泥に覆われていたかのように、荒れ放題になっていた。川沿いには、ほぼ完全に崩壊した堤防の痕跡だけが、風化した土塊のごとく点々と連なっている有様。

 おそらくここいらは、この最近に至るまで、何度も洪水が発生している。少し地形が変わっている――とアエリアが言ってたのも、その影響によるものだろう。


「うわー……もしかして、レンドルのお墓、流されちゃってる?」


 俺の腕の中で、リネスが慨嘆した。予想はしてたが、こればかりはどうしようもないな。大自然の威力には逆らえん。


「とにかく、いったん降りてみるか」

「……うん」


 墓碑はなくとも、この近辺がかつての人間・エルフ連合軍と魔王軍の古戦場であり、魔術師レンドルが最期を遂げた故地であることには変わりない。リネスとしても、何もしないで戻るより、せめて一礼ぐらい捧げておきたいところだろう。

 俺は荒れた堤防跡のそばへ降り立った。アエリアがいうには、ちょうどこのあたりでレンドルを討った、ということだが……。


 リネスを降ろしてやり、周囲をざっと見渡してみる。この付近は墓碑どころか、草木すらほとんど生えていない荒涼たる有様。足元の土がやけに水気を含んでいて柔らかいが、これはつい最近までこの地方を覆っていた豪雪の影響が残っているものだろう。いま雪はすっかり溶けて、春先の陽気が、穏やかな江風に乗って肌をやさしく撫でてくる。

 ふと、気配を感じた。それもまったく前触れも何もなく唐突に。


 振り向くと、堤防跡の土くれの上に、突忽として立つ人影がある。


(お? テメェ、オイラが見えるのか?)


 聴き慣れぬ声が、俺の脳内に直接響いた。念話だと……?

 俺に念話を投げかけてきた人影というのは、紫の長衣を風にひるがえし、金髪碧眼長耳白皙、堂々たる背格好の、中年ぐらいの男のエルフ……に見える。ってこんなところにエルフ? しかもなんか、落ち着いた外見の割に、口調はガラ悪い。


「見えるが……何者だ?」


 そう謎の人影へ問いかけるや、リネスがきょとんとした顔をこちらに向けた。


「え? 急になに言ってんの、アーク?」


 むむ。どうもリネスには見えていないようだな。ってことは、あれ、もしかして、幽霊のたぐい……か?


(えー、うっそー、なんで?)


 いきなり脳内に響くアエリアの声。今度はなんだよ。


(あれ、レンドルってヤツ。まだジョーブツしてなかったの?)


 つまりレンドルの幽霊かよ! いきなりだな!



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