725:楽士と竜たち
ルードの厳密な正体については、話がややこしくなるので、あえて伏せておくことにした。
なにより当人が高利貸しと名乗ってるんだから、別にそれで問題はない。こいつの場合、楽士だの町長だの組長だの、名乗れる肩書きは他にもあるだろうに、なんでわざわざ高利貸しなのか俺にはさっぱり理解できんが。
結局、キャンプの連中からは、ちょっと変わり者だが良い人っぽいという感じで、おおむね好意的に受け入れられていた。みんな騙されてるぞ。イケメンは得だよなまったく。
不思議なのは、トブリンをはじめとするトカゲ竜どもだけは、ルードの姿を見て、なぜか少々、嫌悪感を表したこと。普段は愛嬌たっぷりな竜どもが、ルードに対してだけは、いかにも眉をひそめるような素振りを見せている。
「いや昔、彼らの祖先とは色々ありまして。遠い過去のことですし、もう忘れてるだろうと思っていましたが、どうも彼らは種族ぐるみで記憶を共有していたようですね」
ルードがさらりと答えた。このヤクザ楽士と、トカゲ竜どもの先祖と、いったいどんな確執があったというんだ。まったく想像がつかんわ。
「我ら四分霊の使命というのは聞いていますか?」
「あー、ツァバトから、なんかそんな説明は受けてたような」
創造神から分かれた四分霊、すなわちシャダイ、ツァバト、エロヒム、ルードは、この世界の創成以来、それぞれの権能を駆使して世界を維持し、生命を見守り、ときに地上へ介入して、生命の淘汰や安定進化を促してきた。その最終目的は、この世界に知的生命体……すなわち人類を誕生させ、繁栄させること……そんな感じだったかな。
「彼らは、現在の人類誕生より遥か先に、独自進化の頂点に達し、高い知能と独自の社会性を獲得していたのです。しかし彼らの繁栄は、一時的な気温上昇と急激な地殻変動によってもたらされたもので……ようするに、不安定なものだったのですよ。ほどなく寒冷期が到来すると、急激な気候変化に適応できず、生息数の九割方は死滅してしまいました」
「ほう。なんか恐竜絶滅みたいな話だな。しかしそれが、おまえとなんの関係があるんだ」
「なに、簡単なことです。その寒冷期は、私の権能によって、いわば人工的に地上にもたらしたものですので。そして、彼らはそれを知っているのですよ」
「なんでそんなことを」
「私は暑いのが苦手でして」
そんな理由かよ!?
「なにせ当時は、地表全体がサウナ風呂みたいな状態でしたからね。少しばかり涼しくしようと、気象を司るデータアドレスの一部の数値を消去した結果、一気に寒冷期になってしまいまして。一応、事前に彼らの前に姿を現し、何度か警告を与えておいたのですが……、いくら高い知能を備えていようと、所詮は爬虫類。結局、対応できなかったのですね。そして、そのことで、私は彼らからひどく恨まれることになってしまったと……大体そんなところです」
いやそりゃ恨むだろ。
このトカゲ竜どもが、よもや大精霊の存在を知覚するほどの知性を備えているってのも、意外というかとんでもない話だが、それゆえにルードの過失……一応、過失としておこう。故意にやった可能性もあるが、それはともかく、かつて大精霊に酷い目にあわされた……という遠い過去の記憶を、種族ぐるみで保持し続けてきたと。
ルードの合流後、少々混乱はあったものの、全員総出で朝のうちにキャンプを引き払い、再び粛々と北方目指して出発の運びとなった。
やや雲が多いが、風は弱く、天候は問題なし。
ほどなく全員、アズサやトケゲ竜どもの背に分乗して離陸し、俺とルードが飛行して先導する形で、一路、次の中継点へと移動を開始した。
このまま一気に魔王城を目指してもいいが、ここからだと、夜通し飛び続けても二日はかかる距離だ。いったん大陸中央のゴーサラ関門に降りて、そこの城砦で一泊するのが最善だろう。
アズサの背には、リネス、フルル、ティアック、パッサ、アイツの五人が乗っかり、アル・アラムはトカゲ竜のリーダー格……名前はとくにないが、なぜかアル・アラムを気に入ったようで、その背中に騎乗することになった。ハネリンはもちろんトブリンに乗り、ワン子は……アズサの鉤爪に背中をひっかけてもらい、そのままぶら下がって飛ぶことに。サベツとかイジメとかでなく、ワン子本人が希望したことだ。邪神の考えることはよくわからん。
そしてルードだが、先に挙げた事情から、トカゲ竜どもが全力でルードの騎乗を拒否し、アズサもなんとなく虫の好かないものを感じたらしく、これまた騎乗拒否。
結局、俺と一緒に、普通に飛んで移動することになった。そりゃ大精霊だし、自力で飛行でもなんでもできるだろう。ルードの場合、俺と違って瞬間移動も可能なわけで、わざわざ同行する必要すら、本来は無いはずなのだが。
そのルードが言うことには。
「新幹線や飛行機で、あっという間に目的地に辿り着くより、のんびり鈍行の旅を楽しみたいときもあるでしょう。そういうものだと思ってください」
なんで異世界の大精霊が新幹線だの鈍行だの知ってんだよ……。
ともあれ次の目的地はゴーサラ砦。黄金甲冑ことベリス公爵や、騒々しいガーゴイルどもがいるところだ。みんな元気にやってるだろうか。




