723:邪竜王とJK
長い間、男だと思っていた親友は、実は女だった。
俺は死んで異世界へ転移した。アイツはそれを追いかけてきた。次元断層を超えて俺のいる世界へ直接降り立つという、無謀なギャンブルに打ち勝って、大精霊たちの助力を得て機会を待ち続けた。
そこからさらに三十有余年を経て、いまアイツは俺の腕の中にいる。アイツ自身の意志の力が、この結果を引き寄せた――といえるだろう。逆に言えば、俺は異世界まで逃げた挙句、それでもアイツに捕まってしまった、ともいえる。これも運命というやつだろうか。
よく晴れ渡った繚乱たる星空をバックに、俺はアイツを抱えて北へ飛ぶ。
「ははは……す、すごいね。こんなの初めての経験だよ」
アイツは、興奮気味に呟いた。お姫様抱っこされるのも、そのまま空を飛ぶのも、アイツにとってはまったく初体験のことらしい。お姫様抱っこはともかく、空中散歩なんて、そりゃ大抵の常人は未体験だろうけど。
「なあ。話したいことが、たくさんあるんだ。聞きたいこともさ」
アイツは機嫌よさげに告げてきた。ちょっとはしゃいでる様子。そうだろうな。俺だって、まだまだ聞きたいことが山ほどあるし。
だが。
「焦ることはない。この先、時間はたっぷりあるからな」
俺が言うと、アイツは、俺の顔をじっと見つめた。
「ああ、そっか。おまえも……そうなんだっけ」
「そうだ」
アイツはツァバトに対し「天命」を代償として支払い、老いることも死ぬこともできない身となった。
いっぽう俺は、勇者の肉体に魔王の魂と記憶を宿すハイブリッド転生体。この時点で、すでに不老不死に近い身だったが、近頃はまた状況が変わっている。
現在、俺の魔力と霊力は、すでに肉体限界を超えて、精霊の領域に片足どころか両足突っ込んでおり、もはや物理的な制約にほとんどとらわれない状態に変貌しつつある。やがて生死の概念自体をも超越し、無限の刻を見守る存在と化すことだろう。精霊化とは、そういうものらしい。
つまり俺もアイツも不老不死。この先、あの夜空に輝く星々が、すべて落ちて消えても、俺たちはなお存在し続けるのだ。二人の時間は、それこそ無限にあるというも過言ではない。
「じっくり、ゆっくり、話していこうか」
「うん。そうしよう」
アイツは、穏やかに微笑んだ。
深更、アイツを抱えて、カンニス河の北岸にあるキャンプへと戻ると、邪竜王アズサが、むっくりと巨大な頭を起こして、出迎えてくれた。
どうも数人交代で番をしていたらしい。ワン子も起きていて、篝火のそばにしゃがみ込んでいた。他の連中はさすがにテントで寝ているようだ。どうにか夜明け前に間に合ったな。
「あっ、パイセン! おかえりなさーい!」
(おお、アニキ様。戻ったんだな)
ワン子の元気な声と、アズサの思念波が響く。俺はアイツを地面に降ろしつつ、応えた。
「ああ、ちょいと思わぬ事態になってな。遅くなった」
(なんかあったのか……そいつは?)
アズサの両眼が爛と輝いて、アイツを正面から見おろした。
「俺の昔馴染みだ。学生の頃の同級生でな」
(同級生?)
「ようするに、日本人だよ。いろいろあって、こっちの世界に渡って来てたんだ」
(ええ? 日本人? マジでっ?)
アズサの竜顎から、ぐぅぉぉん……! と、低い唸り声が流れ出た。
一方、アイツはといえば、とてつもなく珍しいものを見たというような顔つきで、驚きと興味のないまざった眼差しを、まじまじとアズサに向けている。
アズサの存在については、事前にアイツには説明しておいた。とんでもなく顔が怖いドラゴンだが、中身は人間、それも同郷の日本人だから、恐れる必要はない、と。
ただ、そうと知ってはいても、邪竜王の眼光を至近距離でまともに受けて、まるで怯む色すら見せないとは。そこらの凡人ならこれだけで気絶しかねない。実際パッサは恐怖のあまり失神してたしな。これはアイツの神経が鈍いのか、あるいはよほど肝が据わっているのか。
(えーと……アタシの思念、届いてるか?)
「うん、ちょっと雑音が混じってる感じだけど、聴こえてるよ」
(そうか。アタシはアズサ。見ためはこんなんだけど、日本の女子高生だぜ)
「話は聞いてる。俺は会津……まあ、アイズでいいよ。一応、こいつ……アーク……の、彼女……かな」
アイツは、そう自己紹介しつつ、ちょっと頬を赤らめた。彼女……いやまあ。確かにそうだな。そういう関係になったんだよな。ついさっき。
で、俺のことは、一応、アークと呼ぶように、アイツには頼んでおいた。そもそも日本にいた頃から、アイツは、俺のことを名前で呼んだことがほとんどない。おまえとかこいつとか、いつも二人称で、しかもそれで問題なく互いに話せていたからなぁ。
(おぉー、アニキ様のカノジョさんか! アタシは、アニキ様の妹分みたいなもんさ。よろしく頼むぜ!)
なんだか嬉しそうな様子のアズサ。心なしか、思念波の声も、いつになく弾んでいる。ともあれ無事に初対面を済ませられたようで何よりだ。
「ほほう。パイセンのカノジョですかー。JKとして、これはアタシも負けてらんないですねー」
横からワン子が立ち上がり、なぜか制服のスカートをぴらぴらさせながら宣言した。なに張り合おうとしてんだコイツは。
「この子は……?」
アイツが訊いてくる。俺はにべなく答えた。
「気にせんでいいぞ。JKの皮をかぶった、名状しがたい邪悪な何かだ」
「は?」
「はい、ご紹介にあずかりました、邪神オールド・ワン子でっす! ワン子って呼んでくださいねー! チョベリグー!」
「いつの時代のJKだよ!?」
あまりにお馬鹿全開なワン子の自己紹介に、すかさずアイツのツッコミが炸裂した。もう今時の若者は、それが超ベリーグッドの略ということすら知るまい……。




