表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
721/856

720:三十年の大遅刻


 ――肝心の「返事」を告げる前に。

 俺のほうからも、これまでの経緯を説明しておかねばなるまい。


 さすがに全てを細かく語るのは無理だが、概要だけでも、ざざっと。


「……じゃあ、いまここにいる俺たちは、二周目ってことなのか?」

「そういうことになる」


 俺がこの世界に転移した直接のキッカケは、あちらの世界において、俺が校門前でトラックに轢かれて死んだこと、こちらの世界でスーさんが魔王召喚術式を執行したこと、この両者が奇跡的なタイミングで合致した結果だ。これはツァバトから聞いた話なので、間違いはあるまい。俺がいまここにいるのは、もとをいえば、ほとんど単なる偶然といっていい。

 そして俺は魔王となって魔族を率い、人間の王国を滅ぼし――大精霊シャダイの思惑により、人間の勇者へと転生を果たす。その後、割と最近……大精霊エロヒムのトラップにより、もとの世界の大学受験前に引き戻された。つまりこれが二周目ということになる。


 結局、森ちゃんこと森の大精霊様のアシストで記憶と力を取り戻し、校門前でトラックを粉砕し、一周目の出来事は「なかったこと」になった。

 俺には一周目二周目、どちらの記憶もあるが、アイツのほうには二周目の記憶しかない。だから、校門前で俺がトラックに轢かれて死んだという事実を、アイツは知らないわけだ。


 このへんの説明だけは、少々骨が折れたが、どうにかアイツは納得してくれた。

 それ以外のこと……俺が魔王として大暴れした数々の事績、また三代目勇者としての乱行ぶりなどは、その大部分がアイツの耳にも情報として届いており、ほとんど説明する必要がなかった……。まさか、その魔王と勇者が、よりによって俺だった……という点には、素直に驚きもし、また呆れたりもしていたが。たしかに、あまり人に褒められたり自慢できるようなことは、やってこなかったからなあ。外道ですいません。


「いや。俺も……家や領地を保つために、けっこう、悪どいこともやってきた。あまり、おまえのことを、どうこう言えないよ」


 アイツはそう言って、ほろ苦い笑みを浮かべた。

 人が三人寄れば派閥ができる。辺境のド田舎だろうと、そこに人が住む限りは同じことだ。アイツにしても、本来の素性を隠したまま、領主として家門と領地を存続させるために、時として綺麗事では済ませられない局面もあったのだろう。


 もっとも、俺の場合は、やむなく悪事に手を染めてたってわけではなく、むしろ率先して暴れてたけどな。俺が人間の王国を滅ぼした大戦は、人類と魔族のきわめてシビアな生存競争であり、こちらも手を抜けなかったという時代的な背景も、あるにはあるが。しかし言い訳をする気は無い。

 問題は……そんな外道魔王にして鬼畜勇者たる俺の現状。


 魔王城の後宮には、現在もなお一万人近い女どもが収容されており、俺の帰還と寵愛を待っている。

 エルフの森でも、方々で愛人を設けており、銭ゲバシスターや旅館の女将、巨乳ウェイトレス、美少女店主にロリババアからレオタード幼女、ロリエルフ魔術師まで、豊富な愛人ラインナップを……って微妙にロリ率高いな。


 さらにエルフの長老たるサージャとは既に婚約しているし、魔族の実質ナンバー2というべきリッチーのチーにも、いずれ正式に魔王妃として迎える約束を交わしている。

 さながら色事の総合百貨店だな。ただの高校生だった頃とは、もう何もかも事情が違っている。


 こういう現状で、アイツの想いを受け止める資格というか、なんというか、……そういうものが、まだ、俺にあるだろうか。俺がよくとも、アイツは嫌がるかもしれん。しかしアイツに隠し事はしたくない。

 結局、そのへんについても、正直に語った。俺はハーレム持ちで、しかもそれを手放すようなことはできない。


 そう聞かされて――アイツは、さぞガッカリするか、あるいは軽蔑の目で見てくるかと……思いきや。

 アイツは、むしろ呆れたような面持ちで、こう答えた。


「今更、なに言ってんだ。おまえ、学校でも、女子に凄くモテてたじゃないか。だいたい、それくらいイケてるヤツじゃなきゃ、俺だって……こうまで好きになったり、しないよ」


 ……え?

 は?


 俺が、凄くモテてた……。

 ……そういや、卒業式の直後……。同じクラスのヒョウキン者が、なんか言ってたような。


(おまえさー、クラスの女子に、けっこう人気あったんだぜー。んでもおまえ、いっつもアイツとだけつるんでたから、みんな遠慮して、声もかけられなかったんだとさー)


 あれガチだったのかよ! 冗談だと思ってたよ!

 とかなんとか軽いショックを受けているところへ、アイツはいよいよトドメを刺すように、訊いてきた。


「でも、その……や、やっぱり、モテモテくんは、いまさら、俺みたいなオトコオンナは……いらない、か……?」


 モテモテくんとかやめたげて。知らんかったし、そんな事実。あと、全然オトコオンナではないな。恥らう乙女そのものって顔してるぞ今。

 俺は、軽く息を吸い込み、表情をあらためた。


「俺と付き合いたい……そう言ったよな」

「あ、ああ」


 うなずくアイツへ、俺は、穏やかに告げた。


「付き合おう。こんな俺で本当にいいならな」


 途端――。

 アイツの両目から、涙が溢れ出していた。


「は、は……」


 泣きながら、頬を真っ赤にしながら、アイツは微笑んだ。


「いいに、決まってるだろ……! おまえじゃないと駄目なんだよ……俺は、ずっと……」


 そのまま膝を折って、その場にうずくまり、アイツは咽び泣きはじめた。

 決して大袈裟とはいえない。アイツがツァバトと出会って、ここの領主となってから……少なくとも三十年ぐらいは経過している。不老不死の身になったとはいえ、アイツはずっと、俺にもう一度会うこと、会ってあの日の返事を聞くこと――ただその一念で、三十年以上の歳月を過ごしてきた。

 それが、今日、ようやく――。


 俺は、静かにかがみこんで、そっと、アイツの背中を抱いた。


「なんというか……待たせて、悪かったな」


 そう囁くと。


「いつもそうだろ。待ち合わせじゃ、いつも、おまえは遅刻して……。でも今度ばかりは、待たせすぎだよ。この馬鹿……!」


 アイツは、泣き笑いしながら、俺の腕に身を委ねてきた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ