720:三十年の大遅刻
――肝心の「返事」を告げる前に。
俺のほうからも、これまでの経緯を説明しておかねばなるまい。
さすがに全てを細かく語るのは無理だが、概要だけでも、ざざっと。
「……じゃあ、いまここにいる俺たちは、二周目ってことなのか?」
「そういうことになる」
俺がこの世界に転移した直接のキッカケは、あちらの世界において、俺が校門前でトラックに轢かれて死んだこと、こちらの世界でスーさんが魔王召喚術式を執行したこと、この両者が奇跡的なタイミングで合致した結果だ。これはツァバトから聞いた話なので、間違いはあるまい。俺がいまここにいるのは、もとをいえば、ほとんど単なる偶然といっていい。
そして俺は魔王となって魔族を率い、人間の王国を滅ぼし――大精霊シャダイの思惑により、人間の勇者へと転生を果たす。その後、割と最近……大精霊エロヒムのトラップにより、もとの世界の大学受験前に引き戻された。つまりこれが二周目ということになる。
結局、森ちゃんこと森の大精霊様のアシストで記憶と力を取り戻し、校門前でトラックを粉砕し、一周目の出来事は「なかったこと」になった。
俺には一周目二周目、どちらの記憶もあるが、アイツのほうには二周目の記憶しかない。だから、校門前で俺がトラックに轢かれて死んだという事実を、アイツは知らないわけだ。
このへんの説明だけは、少々骨が折れたが、どうにかアイツは納得してくれた。
それ以外のこと……俺が魔王として大暴れした数々の事績、また三代目勇者としての乱行ぶりなどは、その大部分がアイツの耳にも情報として届いており、ほとんど説明する必要がなかった……。まさか、その魔王と勇者が、よりによって俺だった……という点には、素直に驚きもし、また呆れたりもしていたが。たしかに、あまり人に褒められたり自慢できるようなことは、やってこなかったからなあ。外道ですいません。
「いや。俺も……家や領地を保つために、けっこう、悪どいこともやってきた。あまり、おまえのことを、どうこう言えないよ」
アイツはそう言って、ほろ苦い笑みを浮かべた。
人が三人寄れば派閥ができる。辺境のド田舎だろうと、そこに人が住む限りは同じことだ。アイツにしても、本来の素性を隠したまま、領主として家門と領地を存続させるために、時として綺麗事では済ませられない局面もあったのだろう。
もっとも、俺の場合は、やむなく悪事に手を染めてたってわけではなく、むしろ率先して暴れてたけどな。俺が人間の王国を滅ぼした大戦は、人類と魔族のきわめてシビアな生存競争であり、こちらも手を抜けなかったという時代的な背景も、あるにはあるが。しかし言い訳をする気は無い。
問題は……そんな外道魔王にして鬼畜勇者たる俺の現状。
魔王城の後宮には、現在もなお一万人近い女どもが収容されており、俺の帰還と寵愛を待っている。
エルフの森でも、方々で愛人を設けており、銭ゲバシスターや旅館の女将、巨乳ウェイトレス、美少女店主にロリババアからレオタード幼女、ロリエルフ魔術師まで、豊富な愛人ラインナップを……って微妙にロリ率高いな。
さらにエルフの長老たるサージャとは既に婚約しているし、魔族の実質ナンバー2というべきリッチーのチーにも、いずれ正式に魔王妃として迎える約束を交わしている。
さながら色事の総合百貨店だな。ただの高校生だった頃とは、もう何もかも事情が違っている。
こういう現状で、アイツの想いを受け止める資格というか、なんというか、……そういうものが、まだ、俺にあるだろうか。俺がよくとも、アイツは嫌がるかもしれん。しかしアイツに隠し事はしたくない。
結局、そのへんについても、正直に語った。俺はハーレム持ちで、しかもそれを手放すようなことはできない。
そう聞かされて――アイツは、さぞガッカリするか、あるいは軽蔑の目で見てくるかと……思いきや。
アイツは、むしろ呆れたような面持ちで、こう答えた。
「今更、なに言ってんだ。おまえ、学校でも、女子に凄くモテてたじゃないか。だいたい、それくらいイケてるヤツじゃなきゃ、俺だって……こうまで好きになったり、しないよ」
……え?
は?
俺が、凄くモテてた……。
……そういや、卒業式の直後……。同じクラスのヒョウキン者が、なんか言ってたような。
(おまえさー、クラスの女子に、けっこう人気あったんだぜー。んでもおまえ、いっつもアイツとだけつるんでたから、みんな遠慮して、声もかけられなかったんだとさー)
あれガチだったのかよ! 冗談だと思ってたよ!
とかなんとか軽いショックを受けているところへ、アイツはいよいよトドメを刺すように、訊いてきた。
「でも、その……や、やっぱり、モテモテくんは、いまさら、俺みたいなオトコオンナは……いらない、か……?」
モテモテくんとかやめたげて。知らんかったし、そんな事実。あと、全然オトコオンナではないな。恥らう乙女そのものって顔してるぞ今。
俺は、軽く息を吸い込み、表情をあらためた。
「俺と付き合いたい……そう言ったよな」
「あ、ああ」
うなずくアイツへ、俺は、穏やかに告げた。
「付き合おう。こんな俺で本当にいいならな」
途端――。
アイツの両目から、涙が溢れ出していた。
「は、は……」
泣きながら、頬を真っ赤にしながら、アイツは微笑んだ。
「いいに、決まってるだろ……! おまえじゃないと駄目なんだよ……俺は、ずっと……」
そのまま膝を折って、その場にうずくまり、アイツは咽び泣きはじめた。
決して大袈裟とはいえない。アイツがツァバトと出会って、ここの領主となってから……少なくとも三十年ぐらいは経過している。不老不死の身になったとはいえ、アイツはずっと、俺にもう一度会うこと、会ってあの日の返事を聞くこと――ただその一念で、三十年以上の歳月を過ごしてきた。
それが、今日、ようやく――。
俺は、静かにかがみこんで、そっと、アイツの背中を抱いた。
「なんというか……待たせて、悪かったな」
そう囁くと。
「いつもそうだろ。待ち合わせじゃ、いつも、おまえは遅刻して……。でも今度ばかりは、待たせすぎだよ。この馬鹿……!」
アイツは、泣き笑いしながら、俺の腕に身を委ねてきた。




