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718:恋は蛮勇


 まだ桜の蕾もほころばぬ早春の一日。

 卒業式を終えて――伝説の柳の木の下で、俺はアイツの告白を受けた。


 俺は逃げた。アイツは追いかけてきた。誤解を解くために――。

 俺が校門前へ飛び出したところで、横ざまに暴走トラックが突っ込んできた。


 アイツはそこで気を失い、俺はトラックに轢かれて死んだ――。

 これが一周目の出来事。


 二周目には、土壇場で魔王兼勇者たる記憶と力を取り戻した俺がトラックを粉砕し、二人とも無事に済んだ。

 一周目のアイツが、その後どうなったか、もはや俺には知る由もない。タイムパラドックスによって打ち消された事象ということになるだろう。あるいは森ちゃんなら知ってるかもしれないが、わざわざ聞く気にはならんし、聞いたところで意味もない。


 トラック騒ぎの後、アイツは自ら肉襦袢を脱いで、自分が女であることを俺に告げ、あらためて訊いてきた。

 付き合ってくれないか、と。


 今にして思えば、アイツなりによほど悩んだ末に決断し、行動に移したことだったろう。

 だがそのタイミングで、いきなり森ちゃんが時間を停止し、俺をもとの世界の、もとの時間軸へと連れ戻した。


 これは、アイツの主観からすれば、せっかく勇気を振り絞って一世一代の告白をしたのに、その答えも聞けぬまま、相手が自分の眼前から忽然と消えてしまった、ということになる。これはキツい。

 しかも、どういうカラクリか、その直後から、あちらの世界では、俺という人間に関する、あらゆる痕跡が消滅していたという。まるで最初から、俺などという人間はそこに存在していなかったかのように。


 おそらくだが、異世界召喚やら転移やらによって生じる様々な不具合を避けるため、世界そのものに、なんらかの修正力とか、整合性を保つための力とかが働いていたんじゃないかと思う。タイムパラドックスと似たような現象かもしれない。

 だが、アイツは憶えていた。アイツの記憶の中にだけは、俺の存在が居残り続けていた。これもどういう理屈によるのかはわからないが……あのとき、森ちゃんが、何かやったのかもしれんな。


 アイツは、俺の存在が、その痕跡ごと世界から消え去ったことに戸惑いながらも、決して悲嘆はしなかった。俺がどこか違う世界へ行ってしまったに違いない――と予想して、どうにかして追いかけようと決めていたのだという。周囲からは不審な目で見られながらも、アイツは俺の手掛りを求めて奔走し、情報を集め――数年後。

 当時、とある怪奇現象が巷で小さな話題となっていた。東京湾の埋立地にオープンしたばかりの巨大レジャー施設。時折、その地下空間に、忽然と真っ黒い亀裂のようなものが浮かび上がり、そこをくぐり抜けた人間は二度と帰ってこられないのだという。


 もちろん、誰もが、よくある都市伝説のたぐいとしか思っていなかった。もし本当にそんな現象が起こって、行方不明者まで出ているなら、もっと大きな騒動になっているだろう――と。

 だがアイツは、違う見方をした。その亀裂をくぐった人間は、もはや最初から「いなかった」ことになり、それゆえ誰も騒がないのではないか――。


 そしてアイツは辿り着く。

 東京湾埋め立て地。かつては地の果てといわれ、警視庁警備部特科車両二課の所在地であったとかなかったとかいわれる場所だが、現在では華やかな巨大レジャー施設となっている。その一角、人工洞穴の内部をコースターで周遊探検するというアトラクションの最奥部で、アイツは、噂の黒い亀裂に遭遇した。


(これへ飛び込めば……会えるかもしれない。確証はないけど、それでも)


 アイツはほとんど迷うことなく、黒い亀裂へ身を躍らせた……。

 なお、その埋立地の巨大レジャー施設、名称は「エリュシオン」だそうな。どっかで聞いたような名前だな。





 黒い亀裂というのは、ようするに小型の空間断裂だと思う。ただ仮にそうだとして、俺がいる世界に直接繋がっているとは限らないわけで。

 実際、いまこっちの世界にある巨大断裂は、バハムート世界やら謎の虚数空間やらとも繋がっている。あのアズサもバハムート世界から来てるわけだし。


 アイツの決断は、そういう意味では相当な蛮勇であり無謀な賭けであったともいえる。しかし、アイツはどうやら賭けに勝ったようだ。

 真っ黒い空間を浮遊することしばし――やがて、その両足が、再び地を踏みしめたとき。


 まるで図書館の内部のような、不思議な場所に、アイツは立っていた。

 灰色の床に、大きな本棚と思しきものがずらり整然と並ぶ、広大な空間。


 戸惑い驚くアイツの眼前に、なにやら球状に輝く光の塊のようなものが、ふわふわと漂っていた。

 続いて、頭の中に、おかしな声が語りかけてきた。


(ここは叡智の書庫。我はその番人なり。汝、異邦人よ。何を望むか――しかるべき代償を差し出すならば、いかなる望みも叶えてしんぜよう)


 ……書庫の番人ってツァバトじゃねーか! よりによって、いきなりツァバトと出会ってやがったのかよ!



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