717:そして再び巡り逢った
間違いない。
アイツが。
天幕の中に立っている。優雅なドレス姿で。
服装ばかりでなく、先ほどまでとは体型まで変わっている。より女らしい、ほそやかな肩と腰つき。
胸は……控えめだが。
どういうカラクリかは、すでにわかっている。なにせ一度、見ているしな。つまり肉襦袢……。
「……あの、陛下。どうかなさいましたか」
そのアイツが、キョトンとした顔つきで、俺を見つめている。いかん、驚いてばかりはいられん。
さっきルードが含みたっぷりに忠告していた意味が、ようやくわかった。そりゃ、すぐわかるわ。わかって当然だ。
中学、高校と、いつも一緒につるんでいたクラスメイト……当時の俺にとっては、ほとんど唯一の友人といっていい存在だったアイツ。
俺がこの世界に転移することになったキッカケも、アイツと少しは関係がある。とはいえ、それは誤解によるもので、ろくに話を聞こうともせず逃げ走った俺自身の責任のほうが大きいかもしれんが……。
なにせ、ずっと男だと思っていたのだ。実は女だと知ったのはつい先日、エロヒムが仕掛けた時空間ループの罠によるもの。
あのときは森ちゃんの助けで事無きを得た。また、あの時空間での出来事は、現在の時系列にも直接影響しており、既にアイツは俺を追って次元の壁を超え、こちらの世界に渡ってきている――森ちゃんからは、そう聞いた。ただし、俺の活動領域からはだいぶ外れた場所にいるので、再会まではいささか時間がかかるだろう……とも。
スーさんから聞いた話じゃ、エヴラール子爵領は、大陸のおもいっきり端っこ、海沿いの辺隅にあり、かつて俺が人間の王国を滅ぼした大戦でも魔族軍の侵攻ルートから完全に外れていたほどの、くっそド田舎だという。アイツが、そこの田舎貴族として暮らしてきたのなら、森ちゃんが言ってたことともきっちり辻褄が合うわけだ。
なんにせよ……。
まずはきちんと、確認を取らねばなるまい。他人の空似ということは決して無い。今の俺の眼力ならば、そこを見誤ることはありえない。不安なのは、アイツのほうが、俺のことをきちんと覚えているかどうか。覚えているとして、外見が大きく変わっている今の俺を、アイツは受け入れてくれるのか。今でも気持ちは変わっていないのか。そのへん、聞いておかなくては。
そのためには、まず双方に通じる……俺たちしか知らないキーワードを提示すべきだろう。なにがいいだろうか……。
そうだ。あれなら。
俺は、やや声を抑えて、慎重に呟きを発した。
「……校舎裏の」
ぴくっ、と、アイツが固まった。
「伝説の柳の木――」
続けて放った、その言葉に。
「ふぇ!?」
アイツは、奇声を発しつつ、まるで後頭部に不意打ちでチョップ食らった鳩みたいな顔して、俺を見つめた。
「まさかっ……? お、おまえ……なのか?」
おお、通じた。この反応。もう間違いはない。
俺は大きくうなずいてみせた。
「そうか。覚えてたんだな。俺のことを」
「えっ、いや、本当にっ、おまえ……? だだだって見ためが、全然……」
うっわ、すごい動揺っぷり。なんか、両手をわちゃわちゃしながら、顔真っ赤にしてるし。
「……落ち着け。おまえがどういう方法でこっちへ来たのか知らんが……俺はもう、二度ほど死んでるんでな。記憶を引き継いで、この身体に転生したわけだ」
「そんな、二度も死んだって!?」
アイツが声をあげる。落ち着け――と、また手をもって宥めながら、俺は、自分の事情を簡単に説明してやった。
一度目は、卒業式のあの日――校門前でトラックに轢かれて死に、直後にこちらの世界へ転移し、魔王となった。そして二度目は、大精霊シャダイの思惑により、よりによって魔王城内に召喚されたトラックに轢かれ、人間の勇者……現在の肉体であるアンブローズ・アクロイナ・アレステルへと転生した。
もちろん、この前後にも実に……実に、様々な出来事があったわけだが、いまはそこまで語っている場合ではない。
「卒業式に……トラック……?」
まず、その部分で、アイツはいきなり首をかしげた。
「あのときは、二人とも助かったんじゃ……? それで、俺が、実は女だって打ち明けて、告白を……した直後に、おまえは消えて……だから、俺は……」
あー。
これはアレか。先日、俺がエロヒムの罠であっちに飛ばされたときの出来事が、アイツの今の記憶になってるわけか。
あのとき、いったん時間は大きく巻戻って、大学受験の前という状態だった。卒業式のあの日、俺は咄嗟にアイツを救うため、暴走トラックを返り討ちに粉砕した。アイツは気絶してたが、俺もアイツも無傷で済んだ。
これによって、一度目の出来事……俺が校門前でトラックに轢かれて死んだという事実が、上書きされて消えてしまった、と。
そういやあのとき、森ちゃんも言ってたなあ。これは夢でも幻でもなく、時間を遡って現実の事象に干渉している状況だ……と。これはややこしい。少し時間をかけて、じっくり説明を交わす必要があるな。
俺にとっては、さほどでもないが……アイツにとっては、かなりの年月の末の再会ということになるはず。互いの情報と認識をきちんと刷りあわせておかないと、どうにも話が噛み合うまい。
ここはお互い、納得いくまで語り合おう。本格的に再会を祝うのは、その後でいいだろう。




