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716:颯爽たる子爵


 天幕の中から出てきたのは、思いのほか小柄な金髪黒目の紳士。

 金銀の刺繍きらめく純白のタキシードっぽい礼装で、いかにも貴族然たる装い。たぶん俺が来たってんで急いで着替えたんだろう。


「ようこそ、魔王陛下。お初にお目にかかります。私はゴドフロワ・ド・エヴラール。以後よしなに」


 涼しい声で、きわめて慇懃に一礼してみせる。背丈は俺より低いが、均整のとれた身体つきで、挙措は実に颯爽として、何かしら快いものを感じさせた。

 穏やかに笑みを浮かべる顔立ちは、端正な中年紳士そのもの。……に、見える。肩まで伸びた長い金髪は艶々と波打っている。


 ……これはどういうことだろうな? 俺の目は誤魔化せん。


「アンブローズ・アクロイナ・アレステルだ。魔王でもあり勇者でもある。呼び方は、好きにするといい」


 俺は、ややぶっきらぼうに応えつつ、横にいるルードへ、ちらと視線を向けた。

 ルードは、さもおかしそうに微笑んでいる。いまにも噴き出しそうなのを我慢しているような態で。こいつがこんな顔をするのも珍しいが……。どうやら、これはルードもあらかじめ知ったうえで、あえて俺には内緒にしていたってことか。


「子爵。少し、二人で話がしたい。かまわないか?」

「ええ」


 子爵はうなずくや、まず天幕内の部下を全員外に追い出し、人払いをしたうえで、俺を天幕に招じ入れた。

 広い幕内には、質素なテーブルセットと簡易ベッド、あとは木製ベンチが並んでるくらいで、調度といっても天井に蝋燭のカンテラがいくつか吊ってあるだけ。さながら野戦司令部といったところか。まずもって、子爵がこれまでどのような姿勢で旧王都の治安維持にあたってきたか、この様相からも察することができる。この飾り気の無さ。質実剛健、なんとも生真面目な人柄がうかがえる。


 それはそれとして。

 真っ先に、これを聞いておかないとな。


「子爵。なぜわざわざ、男装している?」


 そう切り出すや、子爵は、少しハッとしたような目をこちらに向けた。


「……よく、おわかりになりましたね」

「当然だ。俺の目は誤魔化せない」


 ゴドフロワ・ド・エヴラール子爵――いかめしい名前に加え、その外見も、やや小柄ながら堂々とした中年紳士という風体だが。

 実はこの子爵どの、いわゆる男装の麗人。それも、わざわざ老けて見えるように、厚く特殊なメイクをほどこしている。素顔はごく若い、年頃の娘だろう。声のほうも、かなり意識して、中性っぽい声音を出しているようだ。

 他にも、なにか――違和感というか、いや、既視感というべきか。奇妙にモヤモヤと引っ掛かるものを、子爵の容姿や挙措から感じ取れる。どういうことだ。これは。まったく初対面のはずなのに。


「なるほど……ルード卿の仰せられた通りですね。申し訳ありません、魔王陛下。失礼とは存じますが、これも理由のあることでして」

「気にするな。だが、まずはメイクを落としてくれんか。話はそれからにしよう」

「わかりました。しばしお待ちを」


 子爵がメイクを落とす間、俺はいったん一人で天幕から出て、外で待ち受けていたルードに声をかけた。


「おい」

「苦情は受け付けませんよ?」


 涼しい顔してルードは応えた。


「子爵どのの性別については、内偵していたリリスがまんまと欺かれたに過ぎません。私のせいではありませんからね。リリスの咎というより、子爵どのの男装が、それほど巧妙であったということです」


 リリスというのはスーさんの旧名だ。確かにエヴラール子爵が中年紳士だと報告してきたのはスーさんだが、そりゃ仕方ないことだよな。ずいぶん巧みな老けメイクだったし、態度も堂々としている。おそらく普段から、男性的な振舞いを意図的に演じていたのだろう。スーさんの観察では、男にしか見えないのも道理だ。それはいいが、ルードの言いようも、なんとも容赦がないというか。

 ただ、より重要なのは、性別ではない。厚いメイクに隠された素顔。その挙措、体格、背格好……すべてが、俺の記憶巣に刺激を与えてくる。決して不快なものではく……一刻も早く思い出せ、と、意識をせっついてくる刺激が。


「性別もそうだが……何かが引っ掛かる。まだ俺に隠してる事があるな?」

「ええ」


 あっさりルードはうなずいた。


「ただし、子爵どのご本人は、とくに隠し事などはしていません。こちらからは、まだ何も告げておりませんので」

「ん? どういう意味だ」

「なに、あなたなら、すぐにわかりますよ。私からどうこう言うよりは、ご自身の目でお確かめになったほうがよいでしょう」


 いかにもな含みをもたせつつ、悠然と告げるルード。ええい、勿体ぶりおって。いったい何がわかるってんだよ。


「用意が済みました。どうぞ」


 天幕の中から呼びかける声。そういえば、この声にも、なんとなく聞き覚えが……。


「入るぞ」


 俺は、幕を開いて、再び中へ歩み入った。


「お待たせ、しました……」


 そこに佇んでいたのは、質素なドレス姿で優雅に一礼する、年若い娘。またずいぶんと早着替えを。

 だが格好は問題じゃない。


 問題は。

 見覚えのある――ありすぎる顔が。


 アイツが、そこにいた。



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