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715:廃都始末


 旧王都。

 かつて隆盛を誇った人間の王国の都。


 王国は既に滅び去り、この地も壊滅した。

 それでも、そこに人が集えば、また新たな秩序が生まれる。


 現在、この地を仕切っているのはエヴラール子爵なる人物と、その軍隊。

 現在はミーノくん率いる流民軍が新たにこの地へ迎え入れられ、両者は提携することで合意したという。


 ミーノくんは築造奉行として新魔王城の建設に着手し、一方でエヴラール子爵は周辺の治安維持を担当していると聞く。

 その地上には「熱烈歓迎魔王陛下」などと、見ていて頭痛がしてくるような巨大オブジェが展開されている。ともあれ、そこを目印として、俺は旧王都の一角へ舞い降り、着地した。


 場所はだだっ広い庭園。整備などはされておらず、地面には褐色の枯芝が点々と残るばかりの廃苑だ。周囲には人影もなく、うら寂しげに乾いた風が吹き抜けるだけ。

 ……と思ったら、彼方から土煙をあげて、何者かが、まっしぐらにこちらへ突貫してきた。


 確認するまでもない。


「ウモモォー! ウンモォォォー!」


 遠く高らかに響き渡る、猛牛の鬨の声。

 ミノタウロスのミーノくんが、俺の来訪をかぎつけて、飛んできた。


 ミーノくんは一直線に俺のもとまで駆け寄るや、いきなり砂を巻き上げてズザザザザァ! と地面へ滑り込み、そのまま俺の膝下に平伏した。なんと見事なスライディング拝跪。凡人なら全身擦り傷だらけだろうが、ミーノくんは魔族だから平気だ。


「おう、ご苦労。元気そうでなによりだ。面をあげい」


 そう声をかけてやると、ミーノくんは嬉しそうに「ウモモー」とひと声あげた。陛下にもご健勝におわされ慶祝のいたり……とか言っている。だから無理に難しい言葉を使わんでいいのに。

 その場で、しばしミーノくんから簡単な報告を受けた。新魔王城については、すでに図面もできあがり、基礎の整備に取り掛かっていること。ミーノくんが連れてきた流民二千に加え、もともとこの近辺の廃墟に住み着いていた人間どもや、あるいは噂を聞きつけ新たに流入してきた連中などが五千人以上も加わり、いまや現場は人でごったがえしているという。今のところ、とくに揉め事やトラブルはなく、作業は順調らしい。


「さすがだな。色々苦労はあるだろうが、今後も頼むぞ」


 そう労いの言葉をかけると、ミーノくんは「ウモォ!」と一声あげて再拝した。なんか目がうるうるしちゃってるよ。そこまで感激せんでも。


「ようやくご到着ですか。待っていましたよ」


 いきなり横あいから声がかかった。直前まで気配も何も感じなかったが、しかしこの声自体には、嫌というほど聞き覚えがある。

 そちらへ顔をむけると、亜麻の衣をまとい、銀の竪琴を抱えた、白皙の美青年が、黒い長髪をなびかせながら佇んでいた。やけに機嫌よさげな微笑みを浮かべて。


「なあ、ルードよ」


 俺は、静かに問いかけた。


「このオブジェ、もしかしてオマエの仕業か?」

「ええ。良い目印になったでしょう?」


 美青年ルード――造物主の四分霊のひとつ、「消去」を司る大精霊――は、にこやかに即答した。

 こういう奴なんだよなあ。本気なんだかふざけてるんだか、相変わらず底が見えん。





 ルードはもともとミーノくんたち流民軍の後援者であり、現在の旧王都の状況を作り上げた黒幕の一人。

 ここにルードがいるとは想定していなかったが、それならそれで、ちょうどいい。


 旧王都の一方の仕切り役であるエヴラール子爵は、すでにルードと通じているとスーさんからは聞いている。


「ここに寄ったのは、他でもない。エヴラール子爵とやらに、ちょいと挨拶しときたいんだが。どこにいる?」


 訊ねると、ルードは、ふむふむと頷いてみせた。


「あの子爵どのなら、いまは西の外門に陣を置いて、自警団を統率していますよ。私が案内しましょう」


 そう言うや、ルードはもう俺の先に立って、しずしず歩き始めた。場所さえわかれば勝手に行くんだが……。ともあれミーノくんと一緒に、ルードの後についていくか。


「……ほう。このあたりは、もうキレイに片付いてるんだな」


 庭園から出て、三人歩くことしばし。ここいらは、たしか旧王都の外縁部付近か。もとはダウンタウンみたいな住宅街になっていたと記憶している。

 かつて、俺様率いる魔王軍が旧王都に突入した際、まず先遣部隊がこの一帯へ雪崩れ込み、逃げ遅れた住民をどんどん掻っ攫って捕虜にしつつ、火をかけて街を焼き払った。そういうこともあって、多少記憶に残ってるのだ。


 なお、当時ここで魔族の捕虜となった住民どもは、大半が魔王城の建設現場へ連行されたが、その完成後は城を離れて北方の各地に農村を形成し、現在も元気に田畑を耕して年貢を納めている。また、城下町に残って働いてる連中も多い。人間ってのは本当にしぶとい生き物だ。

 それはともかく――いまの様子では、この付近、焼け残った瓦礫や灰なども撤去され、きれいに整地までされている。さらに真新しい長屋っぽい建物がずらりと並び、住民とおぼしき人影もちらほらと。仮設……いや、復興住宅ってやつかな?


「ウモー、ンモゥ」


 ミーノくんが横から解説した。常人には牛の鳴き声にしか聴こえんだろうが、俺は以前から、ミーノくんとは普通に意思の疎通ができている。理由はわからんが、そういうものなんだろう。

 で、ミーノくんによれば、この近辺ばかりでなく、王都のほとんどの地域は、エヴラール子爵の軍隊によって整地されており、あとは旧王城の解体撤去を残すのみとなっているとか。


 そんなにまで状況は進行していたか。エヴラール子爵の有能ぶりがうかがえる。


「さ、陣が見えてきましたよ」


 そうこう歩いているうち、ルードが告げた。その陣門のほうから、警備の兵どもがゆっくり歩み寄ってくる。ルードはやけに鷹揚に兵どもへ声をかけた。どうもお互い、顔は見知っているようだ。ミーノくんの異形っぷりにも、とくに動じていない様子。


「ご苦労様。子爵どのはおられるかな?」

「はい、本部におられます。では、そちらの御方が?」

「ええ、畏れ多くも、もったいなくも、当代の魔王陛下であられます。くれぐれも失礼のないように。以前から何度も説明しているように、とても気難しいお方ですからね。ほんの少しでも粗相があれば、即座に成敗されてしまいますよ」


 ルードがにこやかに告げるや、兵士どもはすっかり震えあがり、慌ててその場に平伏した。いきなり何を言い出しやがるコイツは。庶民におかしな印象を植え付けるんじゃねえ。少々粗相をやらかしたくらいで、いちいち成敗なんぞするか。ちょっとタンスの角に足の小指をぶつけさせるくらいで勘弁してやるわ。


 その後は、ひどく怯えた態の兵士どもを先導に立てて、陣中を進み、大きな天幕の前まで辿り着いた。そんな兵士どもの姿を見て、ルードはずっとにこにこ微笑んでいやがる。本当に性格悪いなこいつ。


「こ、こちらに、子爵様がいらっしゃいます。まま、まずは、魔王陛下ごごご来臨の、ほっ、報告を、してまいりますので、しばし……」


 兵士の一人が、ぶるぶる震えながら、大天幕へ駆け込んでいった。なんもそこまで怯えんでも。ルードのせいだけど。

 ……いよいよエヴラール子爵とご対面か。さて、どんな人物?



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