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714:空から見えたメッセージは


 旧王都の北を流れるカンニス河――。

 その畔、崩れかけた古い土手のそばへと、俺はパッサを抱えて舞い降りた。


 時刻はもう日暮れに近い。

 午前中にルザリクを出発してから、半日経過している。今の俺が全力で飛べば、隠れ里からここに着くまで、ものの数分とかかるまいが、生身のパッサを擁しての移動だから、どうしても遅鈍ならざるをえない。これでも相当急いだほうだ。パッサ自身の防御結界で全身をガードさせ、亜音速で飛んできたのだから。


 そのパッサは、すっかり目を回して気を失ってしまっている。魔法で物理的防護はできても、心理的な恐怖感まではガードできん。そりゃまあ怖かったろうとは思うが。

 カンニスの河原には、既にアズサたちが到着していた。ハネリンやアル・アラムたちは、早々にテントを張り終えて、石を積んで竈を設け、夕食の支度に取り掛かっている。アズサとトカゲ竜どもは、水辺で草を食ったりして、のんびりと過ごしているようだ。ワン子もなぜか四つん這いになって、トカゲ竜たちと一緒に水を飲んでいる……。何をやっとるんだあいつは。


 ワン子はあれでも邪神。外見はチビJKながら、中身は人類ではなく、名状しがたい何か。どうにも、その思考や行動には、俺の理解が追いつかない一面があるようだ。無害だから放っとくけど。


「あっ、アーク!」


 真っ先に俺の到着に気付いたリネスが、嬉しそうに駆け寄ってきた。続いてティアックも寄ってきた。


「おう、いま着いたぞ」


 俺はパッサを抱えたまま、呼びかける声に応えた。


「あ、その子ですか? アークさまが言っておられた天才少年って」


 ティアックが訊いてくる。


「そうだ。今はこんな有様だがな。テントに放り込んでおくから、気が付いたら相手してやってくれ」

「へぇー、話には聞いてたけど、ホントに女の子みたいだね。着てる服も、すごいオシャレ……」


 リネスは、パッサの外見にやけに感心している。確かに、俺ぐらいの眼力がなきゃ、こいつは美少女にしか見えんわな。それもとびきりの。

 そう話しているうち、俺の腕の中で、ふと、パッサが薄目を開けた。おや、もう回復したか。


(おー、アニキ様。意外と早く追いついてきたな)


 どすんどすんと足音を響かせて、アズサもこちらへやってきた。


(ん? そいつか、アニキ様が言ってた子供……)


 アズサが首をもたげてきたところへ――ちょうどパッサが目を見開いた。

 二人の目が――合う。


「……!」


 声もあげず、再びパッサは気絶してしまった。

 そりゃ、いきなりアズサの顔をまともに見ちまったらなあ。最近は、俺や周囲の連中もだいぶ慣れたが、初見でこれはきつい。もう怖いなんてレベルじゃねえし。


 アズサは、状況を悟るや、ぐぅおおおん……と、深く溜息をついた。


(なんかさー……。アタシ、ちょっと泣いていいか?)


 パッサの身も蓋も無い反応で、アズサは珍しく、少々落ち込んでしまった様子。

 そりゃそうだ。こんな外見でも、中身は俺と同郷の人間、それも女子高生だもんな。


 俺はパッサをテントに放り込みつつ、アズサを宥めた。


「気にするな。こいつもすぐに慣れるさ。かえって免疫がつくってもんだ」

(アタシの顔はインフルエンザかなんかか!)


 今年はずいぶん早くから流行してるらしい。こういう単語がスッと出てくるあたりも、同郷人との会話ならではだな。

 それはともかく……。


「パッサはここに置いとくから、適当にいじってやれ。俺はまだ行くところがあるから。明朝までには戻る」


 と、ティアックらに告げて、俺は早々にその場から飛び立った。





 風を切って空を駆け、次に向かうは旧王都。

 実は先ほど、その上空を通りかかったが、亜音速で素通りしてきている。パッサをカンニス河まで運ぶのを優先して、あえて旧王都への訪問は後回しにしたわけだ。


 あそこには、ミーノくん率いる流民たちがいるはず。スーさんに聞いた話では、もう新たな魔王城の建造に向けて、作業にかかっているとか。

 ミーノくんたちの様子を見るのも目的のひとつではあるが、より重要なのは、魔族側の新たな協力者に名乗り出たエヴラール子爵とやらに会うことだ。いったいどんな人物なのか? まだせいぜい三十代くらいで、いかにも貴族然とした謹厳なリーダーだと、スーさんは言っていたが。


 少し前に、俺は虹の組合の代表サントメールに依頼して、エヴラール子爵とウメチカの双方に工作を仕掛けている。その時点では、エヴラール子爵家の来歴なんて知る由もなかったしな。

 旧王都とウメチカ、その双方へ……ウメチカ王はエヴラール子爵を疎んじ、エヴラール子爵はウメチカ王を排除せんとしている――そんな根も葉もない内容の怪文書をバラ撒かせ、お互いにいがみ合うように仕向ける――いわゆる偽書疑心というか二虎競食というか、そういう計をやってみたわけだが、その効果についてはまだ聞いていないので、現状どうなってるのかわからない。


 どうやらエヴラール子爵はとくに動じなかったようだ。子爵はあのルードとも関わりがあり、色々と話をつけているらしいので、ヘタすりゃ俺の謀略だってバレてる可能性もあるな。だとしても、別にどうもしないが。

 いっぽうウメチカは、断片的に入ってくる噂だけでも、だいぶ混乱状態にあるようだ。そのへんを調べさせるため、リリカとジーナを潜入させてある。いずれ詳しい報告を聞くことができるだろう。


 すでに旧王都のシンボルたる王城が視界に入ってきた。人間の王家が滅びた後は放棄されており、外見はかろうじて原型をとどめているが、もはや朽ちかけた廃墟にすぎない。

 これから、あれをキレイさっぱり撤去して、新たな王城を……新魔王城を建てることになるのだ。


 いったん、その廃城の直上まで飛行したところで、眼下に、なにやら奇妙なものを見つけた。

 地面に巨大なメッセージが置かれていたのだ。わざわざ石や瓦礫を積み並べて、上空から読み取れるように作ったものらしい。


 ――「熱烈歓迎魔王陛下」


 って書いてある。

 誰の仕業だ、これは。アホ丸出しか。


 俺は少々頭痛をおぼえながら、ゆっくりと地上へ舞い降りた。



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