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713:一目惚れ


 パッサを抱えて、しばし空中をゆったり進むこと十数里。

 さすがに、生身の少年を超音速で運ぶわけにはいかないし、パッサ自身、高空にもお姫様抱っこにも不慣れなので、のんびり行くしかない。いまもパッサは俺の腕の中で、おっかなびっくりな様子で必死に俺にしがみついてきている。ひょっとすると高所恐怖症のケがあるのかも。


 そんなパッサの気を紛らす意味も兼ねて、俺はなるべく丁寧に、この世界をとりまく現状を説明してやった。ことに、目下最大の懸案であるバハムートの侵攻について、詳しく概要を伝えておかねばならない。なにせこれから、まさにその対応のためにパッサを連れてゆくのだから。


「はー……僕が研究室に引き篭もってる間に、世間は、そんなことになってたんですか……!」


 ひと通り、俺の説明を聞き終えると、パッサは深々と嘆息してみせた。


「そういうことなら、もっと早く声をかけてくだされば、色々と協力できたと思うんですけど。それにティアック・アンプルさんの噂は、僕も聞いたことがあります。これから会えるんですよね?」


 パッサの眼に、いままで見たことがないような生気が満ちている。なにやら発明家としてのパッサの矜持が刺激されたのか、俄然やる気を出してくれたようだ。

 しかしパッサのもとにまでティアックの噂が届いているとは。あのフィンブルもちょっと一目置いてたぐらいの技術者だし、やはりそのスジではかなりの有名人ってことなんだろうな。


 俺はうなずいてみせた。


「ああ、あいつらも、もう合流点にさしかかってるだろう。すぐに会えるぞ。他にも色々いるが……その前に。まだおまえには、言ってなかったな。俺が本当は何者なのか――」

「え? どういうことですか。勇者さんは、勇者さんですよね?」


 パッサの言い回しに、ちょっとおかしみを感じて、俺は苦笑を浮かべた。


「たしかに、勇者さんでもあるが……勇者になる前は、魔王をやっていたんだよ。一応、いまも現役でな」

「えっ」

「ライル・エルグラード……おまえの叔父だったか。奴とも、戦ったことがあるぞ。大軍を引き連れて、俺の城まで一方的に押しかけて来たんでな。もちろん、返り討ちにしてやった」

「……!」


 パッサの表情が変わる。そうだよなあ。実は、俺はコイツの叔父のカタキなんだよな。もっとも、正々堂々たる――少なくともお互いにインチキなど一切ない、きわめてまっとうな正面勝負の結果だ。その点において、ライルは立派な武人であったといえよう。惜しむらくは、俺が強すぎたってことだけだ。残念なことにな。

 それらをあえて、ここでパッサに告げたのは、これからパッサを魔王城に連れて行くからだ。黙ってても話がややこしくなるだけだし、いまさら俺の素性を隠す意味もないしな。そのうえで、ライルの最期を知るものとして、その詳細をパッサには伝えておくべきだと思った。


 パッサが俺の話から何を感じ、今後どういうふうに振舞うか。それはパッサ自身の問題であって、俺がどうこう言うべきことではない。恨まれるのも憎まれるのも慣れっこだしな。

 ……まあ、パッサはアエリアに洗脳されて、人格をいじくり回されてるので、もう俺に逆らうような思考はできなくなってる可能性が高いが。





 パッサは、それなりに驚きはしたものの、割と素直に納得したようだった。


「僕は、勇者さんが好きなんです。それは、あなたが魔王であろうと勇者であろうと、関係ありませんから」


 きっぱりと言い切りおった。

 さらに――。


「勇者さんは、たぶん今の僕の気持ちは、人為的な、不自然なものだと思ってるでしょうね。でも僕は、初めて勇者さんに会ったとき、自分が強い精神操作を受けたこと、知っています」


 ……なんだと?


「原因は、その魔剣ですよね? それに触れた瞬間から、どうも、自分が自分でないような感覚が数日続いて、おかしいと思ったんです。ちょうど、手許の古い文献に、思い当たる記述がありまして。調べてみると、魔剣特有の精神操作だとわかりました。解析に少し手間取りましたが、もう解除には成功しています」


 えええええ? 

 って、おいアエリア、それ本当か? おまえなら、今のパッサの状態もわかるだろ?


 ――え? そんなはずは……ふむふむ……あれ? マジっすかー? どうなってんの? オールクリアーじゃん! なんでー? アエリアの処置、無効化されちゃってるよー!


 無効化? マジッすか。

 アエリアがそう言うなら、間違いないってことか。これは衝撃だ。自力でアエリアの洗脳を解いたってのか。


「すると、いまのおまえは……」

「はい。いまの僕は、本来の自我を取り戻しています」


 パッサは、にっこりと微笑んでみせた。


「あ、でも、勇者さんのことは、それとは無関係に、好きなんです。なんというか……もう、一目惚れっていうか……」


 は?

 いや、一目惚れって。おまえ全然、そんな態度じゃなかったじゃねーか。


「あのときは、勇者さんが、あんまりにも……素敵だったので、気が動転して、つい……黒熱焦核爆炎球を起動させちゃったんです」


 いやいやいや、それはおかしくないか? そんな理由で、あんな物騒なもんを至近距離で爆発させたのか? 俺じゃなかったら間違いなく死んでたぞ? 消し炭すら残らんぞ?


「その後も、つい、いつものクセで強情張って、生意気な口ばかりきいちゃいましたから……それで勇者さんは怒って、僕の精神を操作したんですよね?」

「……それは誤解だ」


 俺は思わず応えた。


「おまえの技術と頭脳は、あまりに危険なものだ。放っておけば、どんなことになるかわからん。だからこそ、ああいう措置をとったまでだ」

「えっ、じゃあ、勇者さんは、別に僕に怒ってたわけじゃないんですか? あんな生意気な態度で、失礼なことばかり言って……いま思い出しても、すごく恥ずかしいんですけど……それでも?」

「どうとも思ってねえよ。おまえぐらいの年なら、あれくらい普通だろ。そんなつまらんことを、ずっと気にしてたのか、おまえは」

「そ、そうだったんですか……よかった」


 パッサは、安堵の表情を浮かべた。むむ。ちょっと可愛い。男の子なのに。いや、性別は関係ないか。年齢相応の、素直な表情だからこそ、そう感じるんだろう。


「おまえが本来の自我を取り戻しているなら、それはそれでいい。ようは、俺に協力する気があるかどうか、それだけだ」

「もちろん、お役に立ちます! 僕は勇者さんのものですから!」


 はっきりと宣言するパッサ。そうか。いや、別に俺のものにはならんでいいんだけど。やる気があるなら問題はない。


「あっ、それと、夜のご奉仕も頑張りますよ!」


 それは頑張らなくていいから!



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