712:男の娘、大空へ
パッサの女装趣味は、俺と出会う以前からのもので、今更、俺がどうこう言うべきたぐいじゃないが……。
なんか時間とともに、ますます暴走しているようだ。バニースーツって。しかもかなり際どい。
パッサは確か十歳か十一歳くらいだったと思う。こう見てると、まだ二次性徴もしてない中性的な体型だ。肩は細く、肉付きは全体にほっそりと薄い。声変わりもまだのようだし、将来的なことはともかく、いまの時点では男の娘として理想的な状態といえそう。俺の趣味ではないがな。
「よく似合ってるが、そんな格好で、ここから外へ連れ出すわけにはいかん。せめて普通の服に着替えてこい」
俺はあえて、にべなくそう告げた。正直、あまり変態チックな趣味に付き合ってはいられん。かわいいとは思うんだが。思うんだがな。これで男じゃなかったらな。
さぞパッサはガッカリするだろうが、ここは心を鬼にして――。
「ええっ? 外へ連れていってくれるんですか? も、もしかして、デートっ!?」
ガッカリどころか、なんか大喜びしてる……。兎耳とお尻振って。
バニースーツだから、お尻にもちゃんと白いウサギ尻尾がついている。それをぽんぽん揺らしながら、パッサは目を輝かせて俺を見つめた。
「デートじゃないが、そうだな。しばらく、俺と空の旅だ。いいところに連れていってやるぞ」
「そっ、それって……」
「そう、いいところにな。そこで色々とお楽しみだ」
「色々と……!」
パッサは、ふと頬を染めて、モジモジしはじめた。
何を想像してるのかしらんが、俺の魔王城は確かにいいところだぞ。パッサには、そこで思う存分、発明と研究を楽しんでもらおうじゃないか。
「きっ、着替えてきますぅっ!」
よほど興奮したのか、パッサはバニースーツの下腹部をおさえながら、慌てて教会へと戻っていった。
ああいう仕草もな。女の子なら、素直に色っぽいといえるんだが。惜しい。
ほどなく、パッサは戻ってきた。真新しいピンク色の、シンプルなワンピース。腰もとに、可愛らしいリボン飾りのついた細いベルトを通して、シルエットをきゅっと引き締めている。そして、裾が異様に短い。立ってるだけでも、ちらちらと白いものが見えている。木綿のカボチャぱんつが。ほんまにもう。普通の格好でいいって言ったろうに。
「持って行くのは、これだけでいいんですか?」
パッサは、小さな巾着袋を手にさげていた。打ち紐を解いて開き、中身を取り出す。真っ黒い球体――もう見た目からして禍々しい気配を漂わせる異様な物体だ。
これがパッサが新たに開発した、黒熱焦核爆炎球の改良版――限りなく純粋水爆に近い内部構造を持ち、数値上の最大威力はツァーリ・ボンバに匹敵するという、途方も無い核融合兵器だ。
俺がもといた世界の水爆は、重水素の爆縮に原爆を用いるため、炸裂と同時に膨大な放射線と放射性物質を撒き散らす。だがこの新型黒熱焦核爆炎球は、数百という攻撃魔法術式の並列起動による爆縮プロセスで、放射能をほとんど発生させることなく核融合を引き起こす優れものだ。まさに環境に優しいクリーンな水爆と……は、いえんな。こんなもんマトモに炸裂したら森でも山でも吹っ飛ぶわ。威力がありすぎるのも考えものだ。使いどころはよくよく考えねばなるまい。
「では、行くぞ。途中で仲間と合流するからな。いったん旧王都の北まで飛ぶ」
アズサたちとの合流点は、事前に決めてある。旧王都の北側を流れるカンニス河のほとりだ。
かつて俺とアズサが正々堂々と拳で語り合い、さらに夕陽をバックに、ちょっといい雰囲気になったところで、俺の咄嗟の詭計でアズサをドラゴキャプチャーに封じ込めた、あの場所だ。酷いやつだな俺。
そういや、あの近辺にはネコマタどもの住処があった。あいつらも元気にやってるかな。
「え、仲間? 旧王都?」
きょとんと目を見開くパッサを、俺はお姫さま抱っこして、早々に空中へ舞い上がった。
「ほゃああああーッッ!?」
あまりの急上昇に、奇声をあげるパッサ。いかん、ちょっと急ぎすぎた。やっぱ、いきなり亜音速は、生身の人間にはきついか。どうもこう、今の俺は、ほぼ人間やめちゃってるせいか、うまく加減できなくなってるな。
高度五百メートルほどの上空。俺は、パッサを擁して、ゆっくりと移動を開始した。
「すまん、加減を間違えた。怖がらせたな」
「いいいいえ!ここ、怖くない、怖くないですぅ! ちょっとビックリしただけですぅぅ!」
言いつつ、必死の形相で、パッサはがっしりと俺の胸にしがみついた。おうおう無理しちゃって。
こいつは以前、アエリアの洗脳を喰らって、ほとんど別人格と化している。とはいえ、もとの性格にあった負けず嫌いな部分は、まだ結構残ってるようだな。
いま気付いたが、こいつの場合、妙に色ボケした男の娘としての媚態より、こういう年相応の素直な表情のほうが、よほど自然で可愛げがあるみたいだ。
パッサの女装趣味は、それはそれでいいとして、もう少し健全な方向に路線変更させられないものかな。毎回会うたびに誘惑されちゃかなわんし。




