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706:秘事露見


 ミーノくん率いる流民軍二千余りは、近頃つつがなく旧王都へ到達したらしい。

 もともとガーゴイルらが護衛として付いていってたので、彼らの動向については逐一、ゴーサラ砦に伝わっていた。そこからベリス公爵が魔王城のほうにも連絡を寄越してくれていたのだとか。


 ただ、旧王都には、すでにいくつかの勢力が居座って、しのぎを削っていたはず。最大勢力は、エヴラール子爵とかいう旧王国貴族の残党が率いる軍勢らしいが……。


「ミーノどのの軍勢が旧王都に近付くと、そのエヴラール子爵という人物が、わざわざ自ら出向いてきて、ミーノどのに接触をはかってきたそうで」

「ほう」

「ぜひ、自分たちをミーノどのの傘下に加えてもらいたい、そしてともに王都を再建して、魔王陛下をお迎えしたい……と」

「なんだそりゃ? どういうこった」


 スーさんが告げるのへ、俺は首をかしげた。そりゃありがたい話ではあるが、どういう事情でそうなるんだ? 子爵とやらは旧王国の貴族で、魔族の肩をもつ理由などあるまいが。


「私めも、いささか記憶がおぼろげなのですが……。どうも、エヴラール子爵家というのは、千年ほど前から続く諸侯の末裔なのだそうで」

「千年前? そりゃまた、えらく長い……。いや、まてよ、だとすると」

「おお、お気付きになられましたか」


 千年前といえば、俺の先代にあたるブラック美少年こと二代目魔王が魔族を率いていた時代だ。

 この時期、大陸北方は魔族の領域で、東部に翼人の国、中西部から南部にかけては人間の支配領域が広がっており、そこは各地の諸侯豪族が群雄割拠して覇権を競う戦国時代の真っ只中であったという。一方エルフは最南端の森林部にひっそり暮らしていて、現代よりもエルフの森の範囲はずっと狭かったらしい。

 当時、二代目魔王は、基本的に人間には敵意を持っていなかったが、人間のほうでは様々な見方をしていた。なにせ諸侯が好き勝手に戦争や伐り取り横行をやっていたような状況だ。ほとんどの勢力は当然のように魔族を敵視していたが、なかには、魔族を自陣営に引き入れ、味方につけようと策動した諸侯もあったとか。


「つまり、エヴラール子爵家ってのは……」

「はい。千年前は公爵家を名乗っていたようですが……ともあれ、人間のうちにあって、もともと例外的に、魔族に好意的な勢力だということです」


 八百年前、二代目魔王率いる魔族軍は、新長老メル率いるエルフの軍勢にこてんぱんにされてエルフの森からたたき出された。さらに二代目勇者率いる人間の軍勢に横腹を突かれてトドメを刺され、壊滅している。ところがエヴラール家――その頃は伯爵になっていたそうだが――は王家の要請に応えず、兵を出さなかったらしい。戦後、王家からその咎を受けて子爵に落とされ、海沿いの辺境最果ての地に飛ばされてしまった……という経緯があるのだとか。

 でもって、あまりに辺境の端っこすぎて、かつて俺様が人間の王国を滅亡させた侵攻ルートからも、エヴラール子爵領は完全に外れていたようだ。おかげで、今でも子爵領は普通に健在という。ただし、せいぜい人口五千人ぐらいしか住んでないド田舎らしいが……。


「子爵家といっても、王家が滅んだ現在では自称で、実質は辺境の自立勢力といえましょう。このエヴラール家の現当主は、どうも陛下の事情や、ミーノどのの事情などもすべて知っておるようでございまして」

「俺の事情?」

「つまり、陛下が魔王であられ、かつ勇者でもあるという現状ですな。ルードという人物から、そのあたりの事情はすべて聞かされているそうで」

「……あの野郎、また余計な真似を」


 黒髪白皙の美青年ルード。その正体はこの世界の造物主から別れた四分霊の一にして、消去の権能を司る大精霊。いわば神にも等しい存在だが、こと金銭に限っては変に俗っぽいところもあり、高利貸しで暴利をむさぼったあげく脱税で当局に出頭を命じられたりしている。どんな神だよ。

 とはいえ今回に限っていえば、俺にもルードの意図はわかる。ルードは新魔王城建設のため、俺に協力すると明言している。その実働部隊がミーノくんたち流民軍だ。そこへエヴラール家をも同志として引き入れ、着工を急がせようってハラだろう。エヴラール家の財力がどの程度かはわからんが、よく訓練された兵隊が揃ってるらしいので、実際の作業でも流民の群れより役に立ちそうだな。


 スーさんの報告で、旧王都の現状は理解できた。あの近辺で最大勢力を張っていたエヴラール子爵が、ミーノくんの傘下で働くというのなら、もはや一切の憂いはなかろう。ただ一応、そのエヴラール子爵とやらには、一度直接会っておいたほうがいいかもしれんな。


「わかった。どのみち、これから向かうことになる方角だ。少し寄り道して、エヴラール子爵とやらに会ってみよう」

「はっ。では、ミーノどのに、そのように伝えておきましょう」

「ああ、頼む」

「それでは、陛下。城にてお待ちしております」


 陛下トレーサーの通信が切れた。スーさんも色々大変なようだが、こっちもまた仕事が増えて、やれやれだ……いや、これも新魔王城建設のためと思えば、苦労というほどのものでもないか。実際に苦労するのは、これから奴隷同然の待遇で建築作業にこき使われる流民どもだし。





「さてと」


 俺は小さく溜息をついて、ゆっくり振り向いた。

 実は、俺が陛下トレーサーを介してスーさんと話してる間、テントの入口脇にそっと佇んで、俺たちの会話に聞き耳をたてている奴がいたのだ。


「……ルミエル。今の話、聞こえていたんだろう?」


 声をかけると、ルミエルが、おずおずとテントの入口に顔を出した。少し顔色が悪い。ルミエルにも似合わしからぬ神妙な顔つきだ。いかにも、知ってはならない秘密をいま知ってしまった……そんな顔になっている。わかりやすい。


「は、はい……申し訳ありません。決して盗み聞きするつもりではなかったのですが……」

「こっちに来い」

「はい……」


 静かに歩み寄って来るルミエルを、俺はぐいと抱きしめた。


「で、どう思った。俺が勇者であり、魔王であると……そう知った感想は」


 耳元で、そう囁いてやると、ルミエルは、やけに陶然とした顔を俺に向けてきた。瞳が潤んでいる。


「ええ、ええ……。やはり、アークさまこそが、この世で最高の、至高の存在だと……いま、はっきりわかりました。感動しましたぁ……!」


 感動したのかよ……。

 今までわざわざ隠してた意味がないっつーか。おそらくコイツは俺の正体を知っても普通に受け入れそうだ……とは予想してたが、まさか感動されるとは思わなかったな……。



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