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705:中庭の宴


 日はすっかり傾いている。

 市庁舎の中庭にも赤い夕陽が差し込み、緑の芝生も桜並木も朱一色に溶け込んでいる。


「ともあれ、アークさまのご帰還をお祝いしましょう!」


 というルミエルの手配で、この中庭の一角に蓆が敷かれ、食堂からカレーだの、うどんだの、竜鍋だのといった料理がどんどん運び込まれてきた。ささやかな祝宴というところか。給仕はあの巨乳の出前一丁娘ユニ。相変わらず出前の速さだけは天下一品らしい。そこへ騒ぎを聞きつけた前長老メルザースことメルも「わらわも混ぜよ!」と押しかけ、馬飼い美少年アル・アラムや、ちょうど仕事を終えて戻ってきたルザリクの歌姫ことフルルも駆けつけて、中庭はすっかり賑やかな宴会場と化した。レマールは農兵長官の仕事が忙しいらしい。あとで様子を見に行ってやろう。

 トブリンらトカゲ竜どもは、きっちり空気を読んでテントや小屋に引っ込んだが、アズサだけはドラゴキャプチャーから出て来て、俺のすぐ脇に巨体を落ち着け、静かにうずくまった。俺が不在の間、アズサは割と頻繁に外へ出て、トカゲ竜と戯れたり、空の散歩をしたりと、悠々自適に過ごしていたらしい。すでに市庁舎の役人連中も慣れてしまい、さほど怖れられなくなってるという。本当にそれでいいのか邪竜王。


 まずは初対面どうしの連中が適当に自己紹介。しかし、まるっきりイレギュラーな存在のワン子はともかく、リネスのことは、ルミエルもメルも、およそ把握していたらしい。


「東の賢者のお子さんですね。ええ、噂はこちらにも届いておりますよ」

「ボッサーンの娘じゃろ? すっかり大きゅうなったのう。わらわのことは、さすがに覚えておらぬか。前に会ったときは、まだほんの赤子じゃったからな」


 ルミエルは、以前ボッサーンに執拗に命を狙われた経緯がある。というか、いっぺんそれで殺されている。対抗上、ルミエルのほうでも自前の諜報網を駆使してボッサーンの情報は集めていたはずだ。当然、その一人娘であるリネスについても、ひと通りのことは調査済みだろう。

 正直、まだルミエルとリネスを引き合わせるつもりはなかったんだが……森ちゃんがわざわざルザリクに俺たちを転移させた時点で、もはや両者の顔合わせは不可避。あとはもう、成り行きに任せるしかない。さいわい、ルミエルの態度はごく穏当かつ常識的なもので、リネスもとくにルミエルを警戒したりはしていない。何事も無く、仲良くやってくれるなら問題ないが……ルミエルはある意味、俺以上にえげつない面があるし、後でそれとなく釘を刺しておいたほうがいいかもしれん。


 メルのほうは、もともとリネスのことは知ってたようだ。そりゃボッサーンとメルはかつて同志だったわけだしな。

 そのリネスは、フルルに会えたことにちょっと感激している様子だった。


「ボクもフルルさんの歌、聴いてみたい! すっごい上手なんでしょ? 東霊府でも噂になってるんだよ!」

「そうなの? えへへ、わたしは、勇者さまとルミ姉さまに言われた通りにやってるだけなんだけどね」


 ルミエルの精力的なプロデュースにより、いまやフルルの存在とその人気は、ルザリクのみにとどまらず、エルフの森全域に轟いているらしい。もはやエルフを代表するアイドルといっていいほどなのだとか。そのうち、リネスも連れて、またコンサートに行くとしようか。いや、その前に、フルルには、是非やってもらわねばならない仕事があるが……。


「いやー、いい食べっぷりですねー、ハネリン先輩! ささ、こっちのうどんも、ぐっと一気に!」

「ワン子ちゃんもすごいねー。ひと口でお鍋がカラッポだよ。あたしも負けてらんない!」


 ワン子は、なぜかハネリンと意気投合したようだ。お互いとてつもなく頭の悪い会話を交わしている。異世界の邪神――と聞いても、ルミエルなどはよくわかってない顔だったが、メルは少々険しい眼差しを向けている。おそらく俺や森ちゃんと同じように、何かしら、よからぬものを感じ取っているのだろう。あと、なんで俺がパイセンでハネリンは先輩なんだ。どうでもいいが。その二人をアル・アラムが横から微笑ましげに眺めていたりする。二人の見事な食いっぷりに、普段世話している馬どもに通じる何かを見出しているかのようだ。





 日もとっぷりと暮れて、宴もたけなわ――というあたりで、俺はリネスから魔法のペンダントを借り受け、ひとり席をはずした。

 トブリンの寝ぐらになっているテントに入り、そこでツァバトを呼び出し、状況を問いただした。


「異世界にいた汝らと連絡を取って、その直後のことだ。あの断層から、例のバハムートの空間戦車とやらが、大挙して飛び出してきてな。百両以上はあったと思うが、クラスカくんがいうには、あれでも先遣部隊に過ぎないだろうと。いまの我々の力では、あれほどの数の大型兵器を相手取るのは厳しい。やむなく後退し、いまは汝の城を拠点として、次善策を練っていたところだ」


 俺とリネスが異世界に転移してから、ちょうど二日ほど経過しているらしい。ちょっと意外だ。あのゲームみたいな異世界で、俺とリネスは少なくとも二週間ぐらいとどまっていたはず。大半はブランシーカーの船内で過ごした移動時間だけどな。機関室に繋がれてた金髪のねーちゃんにも、何度も世話になったし。あちらとこちらじゃ、時間の流れ方が根本的に異なってるのかもしれん。

 ともあれ、その二日間で、事態は大きく動いていた。バハムートの空間戦車隊は、現在は旧魔王城付近の空域に隊列を組んで、後続を出迎えているという。つまりまだまだ増えるってことだ。いっぽうツァバトらを乗せた空間戦車は、大急ぎで南下し、魔王城に着陸した。もともとクラスカとイレーネは、チーやスーさんたちとも面識がある。手早く事情を説明して、魔族の協力を取り付け、現在はチーの主導によって魔王城周辺に結界と探知網を張り巡らせ、バハムートの南下に備えている最中ということだ。シャダーンとミレドアも無事息災らしい。


「本格的な侵攻まで、まだ多少は猶予があると思うが、なるべく早く我らと合流せよ。汝ならば、あの連中を追っ払うぐらい、たやすかろう」


 ツァバトの声からは、あまり余裕が感じられない。バハムートごとき、邪神に比べればたいした脅威とも思えんが、おそらく何か、別の理由がありそうだな。行ってみればわかるか。

 続いて、陛下トレーサーのボタンを押す。さっき呼び出し音が鳴ってたからな。すぐさま「おお、陛下!」と、スーさんの声が応えた。


「バハムートの件は、いまツァバトから聞いた。そちらもまだ大変だろうが、あいつらに協力してやれば間違いはないはずだ。俺が戻るまで、当面いいように計らってくれ」

「は、仰せのままに!」

「で、他にも伝達事項があるんだろう?」

「はい、実は、ミーノどのの件で、お伝えしたきことがございまして」

「ん? ミーノくんが?」


 もと魔族の将軍、ミノタウロスのミーノくん。現在は将軍職を解かれ、新魔王城の築造奉行として、建設予定地である旧王都へ向かっているはず。そのミーノくんに、何事かあったのだろうか?



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