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704:魔王の帰還


 白い世界――亜空間と呼ばれる、次元の狭間。

 森ちゃんの転移能力は、この無窮の亜空間を瞬時に通り抜け、目的の世界へと自在に出入りする。


 ひとくちに亜空間とはいうものの、リネスのルミナリィ・ノヴァによって強制転送される座標と、森ちゃんが通り道として利用するルートはまったく別物であるらしい。

 ほどなく、漂白されていた視界が再び色彩と輪郭を取り戻し、足元にも、しっかと地面の感触が戻ってきた。


 ここは……。見覚えのある場所だ。

 真新しい芝生の緑が、目にまぶしい。広さは小学校の運動場くらい。周囲四方は和風建築っぽい瓦屋根を連ねた回廊になっており、穏やかな陽光のもと、桜並木が緑の枝葉をざわめかせ、花壇には色とりどりの草花が揺れている。


 そうか。ここはルザリクの市庁舎、その中庭のど真ん中だ。

 ……なんせ、あのトブリンをはじめとするトカゲ竜どもが、俺たちの周りをのっしのっしと歩いてるからな。こりゃ見間違えようがない。


「ここ、どこ? あれはなに? なんなの?」


 俺の隣りでリネスが驚声をあげた。あー、そういや、リネスはルザリクに来たことなかったな。トカゲ竜どもを見るのも、おそらくこれが初めてだろう。


「心配するな。ここはルザリクの市庁舎……俺の所有地みたいなもんだ」

「え、ここルザリクなの? じゃ、じゃあ、あの大きいのは? わわ、こっち見てる!」

「ここを寝ぐらにしてる竜どもだ。図体は大きいが無害だし、ああ見えて、気のいい連中だぞ」

「へええ……! あ、なんか、よく見ると、すっごいカワイイ……!」


 複数の竜どもが、ピキィーとかキューとか甲高い声をあげながら、こちらへ、のしのし歩み寄ってくる。トブリンは、そいつらを横目に、秣をはむはむやっている。相変わらずだなアイツは……。


「ほへぇー、ここがパイセンたちの世界ですかー。なーんか、呑気なとこですねぇー」


 リネスが竜どもと見つめあう傍ら、ワン子は、興味津々という態で周囲を見回した。

 どういう理屈か、俺とリネスの服装は本来のものに戻っている。俺は腰にアエリアを佩いた平服姿、リネスは例のぴっちり白レオタード。なお、あっちの世界ではアエリアは木刀になっていた。それはともかく、なぜかワン子は魔王学園のブレザーのままだ。……いや、なんか少し、背が縮んでるような……あと、胸が。あんなにどーんと出っ張ってたのに、すっきりさっぱり無くなっている。童顔巨乳女子高生が、童顔貧乳チビ女子高生になってしまった。当人は特に何も気にしてないようだが。


 あと肝心の森野先輩……じゃなくて森ちゃんは、もはや黒髪縦ロール女子高生の面影など微塵もなく、薄絹をまとった金髪エルフ美女の姿で、なぜか燐光を発しながら空中にふわふわ浮かんでいる。まるで女神のような……って女神だよな一応。


「はー。さすがに、ちょっと疲れました……」


 小さく息をつく森ちゃん。本来、瞬間移動というのは途方もない魔力が要求される。それを四人同時、しかも世界の壁を越えての往復だ。森ちゃんといえども消耗は激しいものだったろう。


「おかげで助かった。この礼は、いずれ必ず」


 俺が鹿爪らしい顔で声をかけると、森ちゃんは嬉しそうに微笑んだ。


「うふふ、アークさんがそんな顔をなさるなんて、珍しいこともあるものですね。なるべく近いうちに、中央霊府へいらしてください。ミルサージャちゃんとの結婚披露宴、こちらで詳細を決めておきますからね」

「……承知した。だが、浮ついた話は、まずバハムートどもを追っ払ってからだ」

「ええ、それで構いません。それと……ワン子さん」


 ふと表情をあらため、ワン子のほうへ顔を向ける森ちゃん。


「ん? アタシに何か?」

「あなたがどういう存在かは、わたしもおおむね把握しています。くれぐれも、この世界で、おかしな気は起こさないようお願いしますね」

「あー、そのことなら、ご心配には及びませんって。アタシ、この世界をどうこうする気はないんで。アークパイセンのおそばにいられるなら、それで充分ですよー」


 そう答えて、ニッと白い歯を見せるワン子。なんとも無邪気でかわいい笑顔だが、その言葉を額面通りに受け取れるほど、俺も森ちゃんもお人よしじゃない。コイツはまだ何か企んでる。現時点では無力で無害だが、油断はすべきではないだろうな。


「リネスちゃんとも、もっとお話したいのですけど、今日はもう時間がありません」


 そう声をかけられるや、リネスは竜どもと一緒に、一斉に森ちゃんのほうへ振り向いた。おお、息ぴったり。もうそんなに竜どもと仲良くなったか。


「大精霊様……。それが、本来のお姿なんですね」


 おお、リネスが敬語を? 初めて聞いた気がするぞ。リネスも、子供とはいえ立派なエルフ。森ちゃんへの信仰心は骨の髄まで浸透しているようだ。


「ボクも、大精霊様から、いろいろお話が聞きたいです!」

「ええ。いまの騒動が片付いたら、アークさんと一緒に、中央霊府へいらっしゃい。歓迎しますよ」

「はい! きっと行きます!」


 リネスが元気よく返事すると、森ちゃんは満足げに微笑んで、「それでは、また」と言い残し、その場から消え去った。おそらく中央霊府の地下空間エリュシオンへ戻ったのだろう。

 いずれは、俺もまたあそこへ行かねばならん……リネスも連れて行くとなると、サージャと引き合わせることになるか。ただ、なんとなくだが、リネスとサージャは、ちょっとウマが合わん気がする。下手すると、中央霊府で二大魔法少女大激突という惨劇にすら発展しかねん……いや、今はそんな心配をしている場合じゃないな。





 不意に、陛下トレーサーの呼び出し音が響きはじめた。おそらくスーさんだろう。さらに、リネスの魔法のペンダントから、ツァバトの声も聴こえている――「おい汝ら! 戻ったなら、さっさと手伝いに来い! いまこちらは大変なのだ!」とかなんとか、ずいぶん慌しい様子。さらに庁舎のほうからは、ハネリンとルミエルが連れだって、いそいそと回廊から中庭へ駆け込んできている。おそらく、付近にいた職員どもが俺たちの転移出現を目撃して、慌てて報告しに行ったのだろう。そしてトドメに、中庭の中央に鎮座する巨大炊飯器――ドラゴキャプチャーの蓋が、パカンと開いた。


(おっ。気配がすると思ったら、やっぱりアニキ様か。帰ってたんだな)


 ドラゴキャプチャーの中から、途方もなく凶悪な面相の巨龍が、紅蓮の鱗を輝かせつつ、ぬっと顔を出した。俺の妹分を自称する邪竜王アズサ。ちゃんとドラゴキャプチャーのロックはかけておいたんだがなぁ。竜ども、また勝手に外しやがったな。


「ひゃッ……! ア、アーク、あれはっ!?」


 さしものリネスも、アズサの凶顔には驚いたようだ。そりゃそうだろうな。俺だって初見ではドン引きしたぐらいだし。


「心配いらん。ああ見えて、中身は俺と同郷の人間だからな」

「ええっ、そうなの?」

(お、なんか、ちっこいの連れてるな? もしかして、アニキ様の子供かい?)

「ちげーよ!」

「ちがうよ! 愛人だよ!」


 俺とリネスは一斉に否定した。って、リネスもアズサの思念波が聞き取れるのか。そりゃ話が早い。愛人云々はいまは置いといて。


「アークさま! いつお帰りに?」

「ゆうしゃさまー! おなかへったー!」


 そうこうやってるところへ、ルミエルとハネリンが駆け寄ってくる。ルミエルはともかく、ハネリンは何を言っとるんだ……。食堂行けよ。

 ともあれ、森ちゃんいわく、すでにバハムートの侵攻が始まっているという。まずはルミエルから、ルザリク周辺の現状を聞くとしようか。



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