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702:たのしい学園生活


 オーサカ・シティー、東ヨドガー三丁目。

 国鉄ヨドガー駅の東出口から商店街に入り、八百屋の前を通り抜けて角を曲がると、その先に、まるで宮殿のような壮麗なたたずまいの、白亜の学び舎がそびえている。


 国立魔王総合学園。

 ニッポン、いや世界中から、未来の悪役を夢見る学生たちが集い、切磋琢磨の日々を送っている、小中高大一貫教育の悪役養成機関。


 ――俺は、悪魔悪男。通称アーク。この魔王総合学園に通う平凡な学生だ。所属は高等部魔王本科二年。成績は中の上といったところ。夢は、いつか国家試験に合格して、大魔王の免許を取得することだ。

 今朝は快晴。俺はいつものように、学園の制服である白い長ランを風にひるがえし、木刀を肩にひっかつぎ、妹のリネスと手をつないで学園の門をくぐった。


 リネスは初等部魔法少女ライバル科一年。こちらは俺と違って出来のいい天才少女で、とくに魔法の才能と実力は学年どころか学園全体でもぶっちぎり。学園の教授陣たちからは千年に一人の麒麟児と評されている。


「ねー。アーク」


 そのリネスが、初等部の制服である紺色のミニスカセーラー服をひらひらさせながら、ぽそり呟く。


「……なに、ここ?」

「サッパリわからん……」


 二人並んで歩きながら、俺は首をかしげた。

 俺たちは、つい先ほどまで、よくわからんデジタル異世界の黒い砂漠の中にあるオアシス都市にいた。そこで、あの白い船からぶっ放されたビームを浴び、視界が真っ白になって……気が付いたら、こうやって、わけのわからない場所を、リネスと手を繋いで歩いていた。しかも、わけのわからない設定がてんこ盛りだ。なんだよ魔王総合学園って。誰が悪魔悪男だよ。こんな名前付けやがったのはどこのどいつだ。


 奇妙なのは、さっぱり身に覚えなどないのに、なぜかそれらの設定がきっちり頭に入っており、その設定が違和感なく意識に馴染んでいる、ということ。まるで、もとからその世界で、ずっとそうやって過ごしてきたかのように、目に見える風景も空気感も、やけに馴染み深い。どうも俺だけでなく、リネスも同様の感覚に陥ってるようだ。


「なんか、色々とズレた場所に転移させられたようだな」


 俺が呟くと、リネスもうなずいた。


「うん。もとの世界じゃないのは、見ればわかるけど……ボク、ここじゃアークの妹ってことになってるみたいだね」

「俺の記憶もそうなってる。それも、血の繋がってないほうのな。ここの見ためは、俺がもといた世界に近いんだが」

「え? アークって、もともと、こういう世界に住んでたの?」

「まあな。そのものってわけじゃないが、かなり近い」


 なんせここはニッポンらしいし。ただ、街並とか建物とか、やけに古くさいというか、錆が浮いてるというか、なんというか……あれだ。昭和。昭和の日本って感じがする。国鉄なんて単語も記憶に入ってるし。

 ただ、眼前にそびえる魔王学園の校舎だけは、それらとはまったく異質の存在感を漂わせている。真新しい白亜の建造物は壮麗かつ優美なたたずまいだが、周囲の景観にはそぐわない場違いなもの。まるでそれだけをよその世界から切り取って、後付けしたような違和感がある。たぶん設定がきっちり練れてないんだろう……。


 そんな俺たちへ、背後から駆け寄って来る奴がいる。


「パイセーン! おはよーございまーっす!」


 元気一杯の笑顔で手を振る、ちょい小柄な童顔娘。寸胴体型だが胸だけはどどんと出ている。おまけに学園指定ブレザーのミニスカが風でまくれ上がり、きわどい紫の下着が丸見えになっている。


「……オマエはそういう設定か。なんで俺がパイセンなんだよ」


 高等部邪神科一年、オールド・ワン子。かつては俺の宿敵であったが、改心して、一人前の邪神となるべく、この学園に通うようになった。いまでは俺の良き後輩である。

 ……いや、こいつは例の「邪神」なんだが。つい先頃までは小さな精神体で、サッカーボールくらいの光球の姿でふわふわ浮いてるだけだったのに、いきなり童顔巨乳美少女になっている。しかも名前が……。タコ型邪神に蹴散らされた先住邪神か。


「いやー、なんででしょうね? なんか気が付いたら、こういう設定が心身に染み付いちゃってて。でもまー、アタシぃ、パイセンのこと、すっかり気に入っちゃいましたんでぇ、むしろこういう肉体ゲットできたのはラッキーかなーって。ほれほれ、もーっと見ていいですよー?」


 言いつつ、スカートの裾を持ち上げ、ぴらぴらしてみせるワン子。


「見せんでいい。というか懐くな」

「エンリョすることないですよ。アタシとパイセンの仲じゃないですかー」

「どういう仲だかさっぱりわからねーよ!」

「よくわかんないけど、ボクもやるー!」


 ワン子への対抗心か、リネスまでスカートぴらぴらさせはじめた。白地に小さな赤いイチゴプリントがちらばめられている。いわゆるイチゴぱんつ。俺たちの脇を通り過ぎていく学生たちは、一様に「またやってる」というような顔を浮かべて、なんだか微笑ましいものでも見るような目を向けている。どうやら、この校舎前での俺たち三人のやりとりは、日常風景の一部として、学生たちには馴染みのあるものらしい。

 予鈴のチャイムが鳴り響いた。いかん、急がねばホームルームに間に合わなくなる。いや、別に間に合おうがどうだろうがどうでもいいはずなのだが、ここの学生という設定が俺の意識を激しくせっついて来るのだ。


「まあいい、おまえら、話は後だ。昼休みに学食に集合。それでいいな?」

「はーい」

「りょーかいです!」


 俺たち三人はうなずきあって、それぞれの学科がある方向へと別れた。





 魔王本科というだけあり、授業内容は魔王としての心がけやら基本的な立居振舞いのレクチャーが中心だった。

 部下である魔族には普段からどのように接するべきか。奴隷や領民の扱いはどうするのが望ましいか。より効果的な威圧方法、勇者や冒険者への対処などなど……、ほとんどは俺にとっては常識に近い内容だが、税制や予算配分、居城や武装拠点の立地と構造、兵力の配置バランスなど、かなり実務的な解説にまで踏み込んでいる部分もあり、なかなか興味深かった。この昭和の日本でそんなもん履修して何の役に立つのかさっぱりわからんが。


 午前の授業が終わり、学食へ向かう。ビュッフェ形式のセルフ食堂で、昼休みの時間帯のみ無料で食べ放題という、やけに気前の良い学食だ。学生が生活の心配なく学業に専念できるようにとの配慮らしい。当然、昼休みには腹をすかせた学生が怒涛のごとく殺到することになるが、それら全て受け入れてなお余裕があるほどの広さと座席数を誇っている。貧乏学生にとっては天国だろうなこれ。


「アーク、こっちこっちー!」


 リネスが呼んでいる。俺は料理を満載したトレイを抱えて、リネスとワン子が待つテーブルへと向かった。


「うひゃー、どれもウマそうですねー」


 俺が持ってきた料理を前に、ワン子が目を輝かせて言う。オムライスとカレーライスとハヤシライスだ。俺はカレー、リネスにオムライス、ワン子にはハヤシをくれてやる。


「おまえ、人間のメシなんか食ったことないだろ」

「まー、そーなんですけど。でもこの身体の設定じゃ、ごく普通の女子高生なんで。当然、フツーに生活して、フツーに食事もしてる記憶があるんですよー」

「なんとも、わけのわからんことになってるな……」

「ん、これ、すっごいおいしー!」


 リネスが幸せそうにオムライスを頬張っている。ワン子も楽しげにハヤシライスを口に運んでいる。だが肝心のカレーは……ハズレだなこれ。所詮は学食か……。


「ところでパイセン。もとの世界に戻るアテとかあるんですか?」


 ワン子がハヤシライスで口の周りを茶色くしながら訊いてくる。拭けよ。


「アタシはー、ぶっちゃけ、どーでもいいんですけどね。この世界もけっこー面白いし、こんなイケてる肉体も手に入ったし、いっそ定住しちゃってもいいかなー、とか」

「なら、おまえだけ定住してろ。俺たちにはきちんとアテがある。……そら、来たぞ」


 俺が応えたところへ、横あいから歩み寄ってきた者たちがいる。


「アークさん。お待たせしました」


 穏やかな声。長い睫毛を重たげにしばたたき、背後に大勢の取り巻き少女たちを引き連れて、けぶるような微笑を向けてくる美少女。高等部のブレザーが少々やぼったいほどの美貌。髪型も凄い。ゴージャスかつ見事な巻きっぷりの、黒髪縦ロール。これが縦ロールじゃなかったら何が縦ロールなのかというくらい完璧な巻き具合の縦ロールだ。

 高等部悪役令嬢科三年、森野大精霊子。俺たちの先輩であり、いまの俺では逆立ちしても絶対に勝てないであろう存在。


「なあ、森ちゃん。いくらなんでも、その名前は酷くないか?」

「わたしだってそう思いますよ。でも、この世界ではそういう設定ですから、どうにもなりません。それに、悪魔悪男よりはマシです」


 森ちゃん――時間を操り時空を超える絶対者、すなわち森の大精霊様は、困り顔して、うなずいてみせた。



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