700:特別編12「砕ける神像」
その頃、メメント中央の大神殿中庭――。
大聖堂をはじめ、神殿の建造物はあらかた焼け落ちていた。
皮肉にも、付近に大量発生した魔物たちが壁となって、結果的に市街地への延焼は食い止められている。
この大量の魔物を召喚したのは、アルガム教のご神体……出自不明の黒い神像に宿る「邪神」である。もとはアークたちの世界を飲み込まんとするほど巨大な存在だったが、その質量を亜空間に喪失し、いまや小さな精神体にすぎない。ただ、当の邪神の説明によれば――このデジタル世界へ降臨するに際し、自らを自律型プログラムへと変換し、この世界のリソースに食い込んで乗っ取りを仕掛け、管理権限の一部を奪取することに成功したのだという。
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バークレー「ええと……それゆえ、いまの我は、最高レベルの魔物を無尽蔵に召喚可能である……との仰せだ」
アロアたちが撤退した後も、相変わらずアークとリネスには邪神の言語が聞き取れず、直接の意思疎通が難しいため、いまは最高司祭バークレーが通訳を務めていた。
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バークレー「このまま召喚を続けていけば、ほんの数時間で、この世界を魔物の群れで完全に埋め尽くすこともできる。そうなれば、この世界はおしまいだろう……と、告げておられる」
アーク「ようするに、コンピューターウィルスみたいなもんか。それも宿主を破壊する、きわめてタチの悪いタイプの」
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バークレー「この世界の破滅を防ぐには、我をこの世界から取り除くしかない。だが、この像には非破壊オブジェクト属性が付与されており、決して壊すことはできない。唯一の方法は……」
アーク「その像ごと、亜空間へ放り出す、だろ?」
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バークレー「然り……と、仰せになっておられる」
アーク「そして、亜空間に置いてきた物理質量を再びかき集めて、実数空間へ舞い戻る算段か。あの頃の夢よもう一度、というわけだ」
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バークレー「あるいは、この世界を魔物……攻性ウィルスワームで埋め尽くし、完全崩壊させた後、世界を構成するリソースを取り込むことで、ある程度まで力を回復させることもできる。さて、我はどちらに転んでもかまわぬが、ここは貴様らに選ばせてやろうではないか……との仰せだ」
アーク「なーに、どちらにも転ばんさ。……おい、ツァバト。いまの話は聞いていたな?」
不意にリネスのペンダントへ呼びかけるアーク。
ツァバト『うむ。聞いていたが、正直なにがなにやら、ようわからんのだが』
アーク「叡智の大精霊の台詞とも思えんな……。それはいいが、ちょいと頼みたいことがある」
ツァバト『なんだ? 我のイチゴぱんつが見たいのか?』
アーク「なんの話だよ! こっからじゃ見えねーし! そうじゃなくてだな――」
アークは、ある依頼を、ペンダントの向こうのツァバトへと囁いた。
ツァバト『むむ……よかろう。汝の思惑通りに運ぶかどうか、保証しかねるが……ともあれ、話はつけておこう』
アーク「それでいい。さてと」
アークは右腕を軽く振り回した。巻き起こる風圧がカンストダメージを発生させ、再び中庭を包囲しかけていた数千体もの魔物の大群を、瞬時に消し飛ばす。それを目の当たりにして、今更ながらにバークレーが驚愕の声をあげた。
バークレー「あ、あんな大群を、腕ひと振りで……! いったい、何者なんだ、きみは」
リネス「なにいってんの、さっきも見てたじゃん」
バークレー「あ、あれはてっきり、目の錯覚かと……」
アーク「俺が何者だろうと、オマエが気にすることじゃない。それより、この神殿はもうじき、きれいサッパリ消し飛ぶことになるぞ。巻き込まれたくなかったら、さっさと逃げろ」
バークレー「いや、私は……この世界の終わりを見届けたいと……」
アーク「まだ終わらんよ。ここで死んじまったら、そのアホな望みはかなわんことになるぞ。ほれ、わざわざ魔物を吹っ飛ばして退路をつくってやったんだ。今ならどうとでも逃げられるだろ。早く行け」
バークレー「う……。わ、わかった……」
アークに諭され、バークレーは中庭から駆け去っていった。現在、市街地から地上港一帯付近までの魔物は、機神ボルガードが掃討を済ませており、脱出は可能なはずである。
リネス「なんか、アークらしくないね。やけに優しいじゃん」
アーク「理由があってのことだ。あれは邪魔になる」
リネス「どゆこと?」
アーク「この虚数世界の人間が次元歪曲砲とやらに巻き込まれると、取り返しのつかない事態になる可能性があるからな」
リネス「あっ……なんか、さっき言ってた、対消滅とか?」
アーク「そうだ」
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アーク「すまんが、もう通訳もいないし、オマエと対話する気は無い。まずは……」
邪神からの呼びかけに、にべなく応えつつ、アークは彼方にそびえる邪神の黒像へ向かって、右手をさし向け、ぴんっと指先を弾いた。
見えざる衝撃波が空を裂き――邪神の頭部が、あっけなく、粉々に砕け散った。
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アーク「おうおう、驚いてるな。非破壊属性オブジェクトが、なぜ砕けるのか……ってとこか? 簡単なことだ。その属性を破壊可能に書き換えてしまえばいい」
アークは不敵な笑みをたたえて、頭部を失った邪神像へ、さらに二発、三発――指を弾いて衝撃波を送り込む。邪神像の肩が、腕が、脆くも崩れ落ちてゆく。
アーク「どうやら、この世界でも俺の……というか、エロヒムの権能は生きてるようでな。無機物のデータアドレスに干渉して、好き勝手に書き換える……ってやつさ。ま、その変な像のデータが収まってるアドレスを検索するのに、ちょいと時間が掛かっちまったが」
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アークの衝撃波が、神像の胴体を打ち砕いた。たちまち、巨大な影が、けたたましい音をたてて崩壊してゆく。アークはなおも手を緩めず、神像をさらに細かく砕き続け、とうとう瓦礫レベルにまで分解してしまった。
後に残ったのは――焼け跡にふわふわと浮かぶ、サッカーボール大くらいの白い光球。おそらくそれが、邪神本体……亜空間を脱出する際、すべての物理質量を捨てて、小さな精神体へと落ちぶれた、現在の邪神の姿であろう。
アーク「準備完了っと。それにしても、随分小さくなりやがって。そんなになっても、まだけっこうな力の流れを感じ取れる。たいしたもんだ」
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アーク「なんだ、急にしおらしくなりおって。本番はここからだぞ」
アークに絶対無敵の外殻を打ち砕かれたのがショックだったのか、すっかりおとなしくなった「邪神」。その鈍い輝きの中で、いかなる思考を巡らせているのか、余人には知るすべもない。
ふと、アークが空を見上げると、そこには、地上港から離陸浮上し、船首を下げて、白い船体を陽光に輝かせつつ、神殿へと主砲を向けるブランシーカーの姿があった――。
アーク「ってわけで、この特別編は次でラストだそうだ」
リネス「この形式のあとがきも次回までだってさ」
アーク「そういや、拾った単発ガチャチケ、まだ引いてないな」
リネス「ちょうど700話記念だし、引いてみよーよ! 何が出てくるんだろ?」
アーク「記念ったってな……単発だし、どうせロクなもんは……」
リネス「あれ、なんか、虹色の石が浮かび上がってきたよ?」
アーク「なんだと……!」




