表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/856

070:天魔と水魔

 エナーリアが泡噴いて倒れてる間に、祭壇に置きっぱなしのアエリアを掴んで、腰のベルトに引っ掛けた。途端、ぶーぶーと不満げな声が脳内に響きだす。


 ──ハニー。アエリアモ、シタイ。ダブルピース。シタイ。ダブルピースー。

 ──シタイ。シタイ。サセレ。ンホォォォーサセレー。サセレー。


 えーいもう、うるせえ。


 ──シタイ。サセロ。サセロ。サセロ。


 だから、前にも言ったろうが。城に帰るまではどーしようもないんだよ。あんまりワガママ言うなら捨てるぞ?


 ぴたっ、とアエリアの声がやんだ。


 ──……。


 なんだ?


 ──イ・ケ・ズ。


 古いねこりゃまた。

 そうこうやってるうち、エナーリアが目を覚ましたようだ。


 深々と満足の吐息ひとつ。よっこいしょっと巨体を起こし、俺に向き直る。


「……」


 なんか言えよ。


「……けっこうなお点前で」


 茶道かよ。

 エナーリアは、うるんだ瞳で、じっと俺を見つめてきた。いわゆるひとつの熱視線。なんというか、これは──恋する女の目だ。老いても女は女ってことかねえ。実際どんくらい年寄りなのか、まだ知らんが。


「あなた様のお力。確かに見せていただきました。もう、臣下でも何でもなりまする」


 ウットリした顔つきで、エナーリアは自ら宣言した。


「あなた様に……いえ、魔王陛下に、身も心も捧げて、お仕えいたしまする。犬とお呼びくだされ」


 いや、おまえは魚だろ。





「……いいだろう。俺の臣下として迎えてやる」


 俺は鷹揚に告げた。こいつも高位魔族の端くれならば、なにかしら役に立つ能力なり知識なりがあるはずだ。見た目からして、水に関係する特殊な魔法とか持ってるかもしれんな。


「ありがとうございます。先ほどまでの無礼は、ひらにご容赦を」


 エナーリアは平伏して詫びを入れた。意外に律儀な奴だ。


「なーに、気にするな。……ところで、そっちの事情もきかせてくれんか。アエリアとの関係とか、どうしてこうなった、とかな。俺はアエリアのこともよく知らんし」


 アエリアを手に入れて一週間ほどになるか。まだアエリアは自分のことはあまり語ってこない。用がないときは大抵寝てるしな。ここいらで詳しい素性を聞いておくのも一興。


「承知しました」


 エナーリアは大きくうなずいた。


「では、まずアエリア様と、私自身について、説明いたしましょう。──かつてアエリア様は、天空魔族六十四個軍団を率いる天魔将軍であらせられました。その背に美しい黒翼をお持ちで、つねに銀の甲冑をまとわれ、それはそれは凛々しいお姿であられたのですよ」


 は?


「蒼空輝翼のアエリアといえば、その強さと美貌において天下無双と称されたほどのお方です。そして私は、水魔将軍として、長らくアエリア様の後衛を仰せつかっておりました」


 天魔将軍?

 蒼空輝翼?


 でもって、強さと美貌で天下無双?

 アエリアが? マジか。


 ……スーさんから、昔の魔族には厳密な階級があったと聞いたことがある。先代魔王が定めた六階級で、魔王を最上位とし、二位以下は能力の特性や程度に応じて、魔王自身が認定を行ったという。

 二位「天魔」、三位「中魔」、四位「水魔」、五位「幻魔」、六位「昏魔」の順で、四位以上を高位魔族、五位以下を下級魔族と総称したようだ。結局、先代の死と、その後の魔族の衰退によって、この制度はうやむやのうちに消滅してしまい、俺がこの世界に召喚された頃には影も形も残っていなかった。現在では、そこそこ魔力と知能の高い連中を高位魔族、それ以外を低級魔族と、きわめて大雑把に分類している。


 いまのエナーリアの話だと、先代の制度で、アエリアは当時の第二位、エナーリアは第四位ということになるが。

 アエリアが……六階級の第二位? でもって六十四個軍団を率いる将軍で、美貌で、天下無双……。


 なんか、想像がつかないんだが。


 ──アエリア、エライ。エッヘン。


 いや、ほんと想像できん。こんなにおバカちゃんなのに。


 ──エライヨ?


 あー、わかったわかった。……まあ、エナーリアの入れ込みようからして、それは事実なんだろう。魔剣としても、能力的にかなり優秀な部類だしな。性格と能力は関係ないってことかねえ。

 そのエナーリアが続ける。


「私は、アエリア様との共同作戦を展開するため、おもにこのビワー湖の地下をわが本拠と定め、魔族の水軍を統括しておりました」

「本拠? ここが?」

「そうです。もともと、ここは超古代の遺跡だったようですが……ここの天井は湖底に繋がっており、弁を開けば、この部屋全体を湖水で満たすことができるのです。しかも、その状態なら湖底との出入りも自在なので、水魔である私にはたいへん都合のよい寝ぐらだったのですよ」


 なるほど、この部屋は湖底と遺跡を繋ぐ一種の巨大注水槽であり、祭壇はエナーリアのベッドになってたってわけか。それがなんで、封神玉とやらでベッドごと閉じ込められる羽目になったんだ?

 いや待て。それ以前に、そもそもここはエルフの森の結界内。瞬間移動できるスーさんですら、結界を抜けることはできないのに、なんでエナーリアは普通にここにいるんだ?


 エナーリアの反応は意外なものだった。


「森の結界……? はて……聞き覚えありませぬが」


 エナーリアがここを本拠に据えて活動していた頃、まだエルフの森に、魔族よけの大型結界というものは存在しなかった、ということらしい。それどころか、このビワー湖近辺は魔族の前進拠点という位置付けで、対エルフ戦争の最前線だったという。

 これは、もう少し詳しく話を聞く必要がありそうだな。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ