698:特別編10「通常攻撃が全体攻撃でカンストダメージの魔王さんは好きですか?」
虚数空間とは、理論上、存在するかもしれないとされている反物質の世界である。
アークたちのもといた世界……実数空間とは、表裏一体の関係にあり、互いに接続することは決してない。
しかし万一、虚数空間と実数空間に何らかの接点が生じて、互いのエネルギーが干渉するような事態が起これば――対消滅により、なにもかも一切が無に帰する可能性がある。
アーク「いや待て。その理屈が本当なら、俺たちがいま、ここに無事でいるのはおかしくないか? ここが反物質の世界なら――」
ツァバト『そこだ。実は、我にもそのへんの事情がよくわからん。そもそも、なんで汝らが突然、我らの前から消え去ったのか、その根本的な原因も不明だ』
ツァバトが言うには……旧魔王城上空において、アークが空間断裂の修復を開始した直後、断裂から溢れ出した白い輝きが、アークとリネスの二人を呑み込んだ……ということらしい。
さしものツァバトも、この異常事態に慌てて空間戦車へ戻り、クラスカ、イレーネらと協力して、懸命にアークらの行方を捜索した。具体的には、アークが持っている腕輪型端末、陛下トレーサーの発振電波を追跡して、ようやく座標の割り出しに成功したという。そこで、あらかじめリネスに持たせていた通信用ペンダントへ、試しに呼びかけを行ってみたところ、何故かあっさり通じてしまった。
アーク「……ようするに、そっちでも、まだ詳しい状況は把握してないってことだな」
ツァバト『そうだ。汝らがいま存在している場所は、おそろしく複雑に捻れきった次元の果てにある虚数空間なのだが、そんな座標に、なぜこうして音声通信が可能なのか、それすらも我には不明だ』
アーク「なんだ、叡智の大精霊様も形無しだな」
ツァバト『前に言ったであろーが! 世界の外側の理について、我はほとんど知識を持っておらんのだ』
アーク「それ威張って言うことじゃねーぞ」
アロア「あのー……まったく話がみえないんだけど、何が起こってるの?」
アロアが声をかけるとほぼ同時に、再び地鳴りが響き、振動が一行の足元をぐらつかせた。
見れば、例の巨大像の両眼が、まるで怒りの感情をあらわすように、爛々と赤く輝いている。
???(16554682553)
アーク「なんて言ってるんだ?」
アロア「えっとー、いつまで待たせる気だ、さっさとかかってこい、って」
アーク「いや、そう言われてもなぁ。いま大事な話をしてるとこだし」
???(751986534518926658528956298857)
アロア「貴様らをここに呼んだのは自分だ、決着をつけるために……っていってる。なんなら事情を説明してやろうか? だって」
アーク「ほう、それはそれは。是非聞かせてくれ」
ツァバト『ん? どーなってるのだ? 汝らだけでなく、他にも誰かいるのか』
アーク「ああ。いまから、かの異次元の神……邪神さまが、事情を説明してくれるらしいぞ。現地人の通訳を介してだがな」
ツァバト『な、なに? 汝らが亜空間に消し去ったはずの、あの存在が、そこにいるというのか?』
アーク「そうらしい。今は幽霊みたいなもんだが……」
遥かなる色究章天のさらに彼岸、三千大千世界の広大無窮なる時空間の片隅に生じた、ごく小さな次元の歪み。
年歴無数という悠久の時間とともに、その歪みはわずかずつ拡大し、やがて膨大な星間物質を取り込みながら、中枢部分に実体を構成、自我を確立するに至った。
それは時空間に生じた小さなバグ。物理法則の埒外の性質を備えた、時空間病原体とでもいうべきもの。
やがて、自我を持った病原体は、本能の赴くまま、周囲の空間を蝕みはじめた。あるときは精神体として複数の次元を渡り、必要に応じて精神エネルギーを物理的質量に変換し、星を、世界を、空間を蝕み、呑み込んでゆく。
異次元の神。あるいは、邪神。――と、仮に称されている存在の、それが実態である。
いくつもの世界を呑みこんでゆく過程で、巻き込まれた哀れな被害者たち――無数の知的生命体の肉体と意思、その精神エネルギーをも内部に取り込み、それらの精神と意思の集合体という側面をも併せ持つまでに成長している。いまや明確な人格すら確立し、「彼」は、あたかも巨大な神でもあるかのように振る舞っていた。
しかし――突如として「彼」に、異常事態が降りかかる。とある次元に移動し、常のごとく手近な世界を自らの質量で押しつぶし、取り込もうとしたところ――現地の矮小な生命体どもの抵抗に遭い、あげく奇妙な力で、異常な空間へ放り投げられてしまった。それは次元の狭間というべき場所で、実在であって実在ではなく、あらゆる物理的観測が通用しない。
「彼」は思案した。どうやら、自分は正常な時空間から、この奇妙な空間……亜空間へ追い出されてしまったらしい。もとの時空間へ復帰するため、「彼」は急いで計算を巡らせ、自らの質量のほぼすべてを物理エネルギーに変換し、それを推進剤として、亜空間を強引に突き抜けることに成功した。ただし、かろうじて脱出できたのは中枢の精神体部分のみであり、それまで蓄えてきた膨大な物理質量も精神エネルギーも、ほとんど喪失してしまった。さらに、脱出した先は、かつて自分が存在していた時空間の裏側の座標……虚数空間だったのである。
いまや小さな精神体に落ちぶれ、しばし虚数空間の宇宙を彷徨っていた「彼」は、とある小世界を起点とする次元交錯線の錯綜現象を観測し、急いでその小世界へと降り立った。なぜなら、この次元錯綜現象により、かつて「彼」に抵抗し、亜空間へと放り込んだ生命体――すなわちイレギュラーたちが、なんの因果かその小世界に吸い寄せられているのを確認したからである。
アーク「……つまり、俺とリネスがこの世界に吸い寄せられたこと自体は、邪神とは関係ない話ってわけか」
???(1683853368458946343951)
アロア「えっとー、次元錯綜現象によって、貴様らは、電子データ? っていうのに変換されてー、ここに吸い寄せられた……だって。そもそも、この小世界そのものが電子データで構成されたデジタル世界なので、虚数空間であっても対消滅は発生しない……あはは、翻訳してるわたしが言うのもなんだけど、なに言ってるのかサッパリわかんないよ。アークさんはわかるの?」
アーク「そうだな……この世界を起点とする次元錯綜現象によって、俺たちはデジタルデータに変換され、ここへ吸い寄せられた……。少しは話が繋がってきたか。それに類する話は、あのちびっこい妖精からも聞かされているからな」
選択肢
『もしかして、ブランシーカーの次元歪曲砲のこと?』
『大丈夫? 主砲撃つ?』
アーク「撃つな……といいたいところだが、実はそれが正解かもしれん。どうやら、その次元歪曲砲とやらの効果のせいで、俺たちはここに引き込まれたとみて間違いなさそうだ。ならば、もう一発撃ってもらえば、案外あっさり帰れるのかもしれん」
???(45673)
アロア「そうはさせない、おまえたちはここで死ね、だって」
アロアが翻訳するのとほぼ同時に、中庭に無数の凶悪な気配が出現し、アークたちを取り囲んだ。
ダイタニア「うわ、また魔物? それも、こんなにいっぱい!」
テルメリアス「話の流れからして、あの像の中の人が、魔物を呼び寄せた、ってことかしら……なんか、後から後から湧いてくるんだけど……」
ダイタニア「これ、ほっといたら街中が魔物で溢れちゃうよ。しかもやたら高レベルなのばっかり」
テルメリアス「ざっと見ても千匹以上いるわね……しかもまだ増えてる。これ、大ピンチってやつじゃ……」
アーク「おい、おまえらはその戦闘機に乗って離脱しろ。ここは俺とリネスで抑えておいてやる」
アロア「えっ、でも……」
アーク「船に戻ったら、あのちび妖精に訳を話して、ここに向かって、例の主砲を撃ち込むんだ。たぶん、それで決着がつく」
テルメリアス「それ、本当にうまくいくの? あれって物凄い威力よ。下手したらアナタもリネスちゃんも……」
アーク「心配いらん。俺もリネスも、そんなヤワじゃない」
言いつつ、アークが軽く右手を振るうと、その風圧だけで周囲の魔物たち数百体にカンストダメージが発生し、一瞬のうちに魔物の群れの半分以上を薙ぎ倒してしまった。
アーク「いまのうちに行け!」
リネス「みんな、急いで。ぐずぐずしてると、また魔物が溢れていっちゃうよ」
アロア「う、うん……! レール?」
レールは、あえて言葉を発さず、ただアークたちへ力強くうなずくと、アロアの手を取って、フライスターのほうへ駆け出した。いま、魔物の大群から街を救うためには、アークの思いつきに賭けるしかない――と判断したのである。
レールたちを乗せたフライスターは、大急ぎで離陸し、神殿を離れて地上港へと向かった。
ほどなく、地上港の上空から、レールたちが見たものは……溢れる魔物の大群に包囲され、応戦中のブランシーカーの姿だった。
アーク「全体攻撃だろうとカンストダメージだろうと非破壊属性オブジェクトには傷ひとつ付けられん。それがデジタル世界の掟だ」
リネス「なんで?」
アーク「ダンジョンや建物の壁が壊されると困る人たちがいるからな」
リネス「でも255発撃ち込めば壊せるってどっかで聞いたことあるよ」
アーク「それは古い都市伝説だ」




