695:特別編07「魔法少女は誰にも止められない」
時は少し遡り――。
メメント神殿、大聖堂。
表向き、ここはメメントの公教、アルガム教団の総本山ということになっている。アルガム教とは、古代の預言者アルガムを「創造神の化身」と定義し、遺跡から発掘された黒い巨大石像をご神体と称して奉じている団体である。教義はごく穏当な博愛主義で、戒律も緩く、信者は多い。
しかし、それら平和的な表面は、世人を欺く隠れ蓑にすぎない。実際のところ、この教団中枢は、きわめて過激な終末思想を掲げる集団に牛耳られており、大聖堂に奉じられた神像には、創造神でも預言者でもなく、この世界の外側から飛来してきた、本来この世界にあるべきではない異質な存在が宿っていたのである。
アークたちが大聖堂へと向かう前。この大聖堂に、黒衣の男が駆け込んできた。その脇に小さな少女の身体を抱えて――。
リネス「えっ? あ、あれれ? ここどこ? いったい何がどうなったの?」
黒衣の男「ふふふ……わが絶技、神速陰行術をもってすれば、小娘一人攫うなどたやすいことよ」
リネス「えええ? 攫うって……」
黒衣の男は、まだ状況を掴めず当惑しているリネスを、広間の中央、あらかじめ準備していたと思しき毛皮の高級ソファーへ放り投げた。
リネス「ぷほっ! ちょっと、なにすんの! ……あ、これ、すっごいやわらかい」
黒衣の男「そうだろう。なにしろ、わが教会の備品の中でも一番高級なブランド品だからな」
リネス「へえー。手触りも、すべすべふわふわー。これ、クセになりそう……」
黒衣の男「さて……小さなレディ。気の毒だが、キミにはしばらく、ここでおとなしくしていてもらいたい」
リネス「は? ……あー、えっと、そっか」
リネスは、ようやく自身の置かれた状況を把握した。
リネス「ボク、もしかして誘拐されちゃった?」
黒衣の男「そうだ。わが究極絶技、神速超陰行術によってな。まさに、目にも止まらぬ早業だったろうが。術の発動準備に半日かかるのが難点だが……」
リネス「さっきより技の名前が長くなってない?」
黒衣の男「細かいことだ。話を進めていいか?」
リネス「いいけど……人と話すなら、顔くらい見せなよ」
黒衣の男「フッ、そうだな」
フードを取ると、金髪碧眼の若い男だった。年齢は三十代半ばに見える。眼付きこそ険しいが、人相は整っている。
バークレー「私はバークレー。アルガム教団最高司祭を務めている」
リネス「最高司祭?」
バークレー「肩書きの割には若く見えるだろう。だが、これでも結構な年寄りでね。アンチエイジングには随分気を遣っているのだよ」
リネス「どうでもいいよそんなの」
バークレー「そうか……それは失敬。さて、小さなレディー。キミをご招待した理由だが……」
リネス「そんなの、もうわかってるよ」
バークレー「ほう? それはそれは、幼いながらも、随分と鋭いようだ」
リネス「ボクがあんまり可愛いから、つい衝動的に攫ってきちゃったんでしょ。そんでもって、ボクのXXXをXXしてXXXをXXXXしたりXXXXにXXしたりする気でしょ?」
バークレー「断じて違う」
リネス「え、違うの?」
バークレー「いいかね、どこで覚えたか知らんが、キミのような子供がXXXXとかXXXとか口に出してはいかんよ」
リネス「べつにいいじゃん、これくらい」
バークレー「まったく、近頃の子供は……ともかく、我々の目的は……キミと、もう一人の異邦人を、ここへご招待することだ」
リネス「もう一人の異邦人?」
バークレー「キミとともに、どこか異なる世界から、ここへやってきた青年だ。ほれ、若く見えるが、ちょっと老け顔の」
リネス「それってアークのことだよね。なんで知ってるの?」
バークレー「うむ。実は、あの白き船には、我々の密偵が潜り込んでいてね。キミたちの特徴や戦力評価などの報告も受け取っているんだよ。なんでも、指先ひとつでグレートファイヤードラゴン120頭を塵に変えたとか、大砂漠の中央に巨大なクレーターを作り上げたとか」
リネス「そんなシーンあったっけ……」
バークレー「我々は、我らが至高なる神からのお告げを受けた。キミたちを我が教団に迎えよとね。至高なる我らが神が、いかなる思し召しでこのお告げを下されたのか、詳しくは不明だが、我らは神の僕として、ただ忠実に従うのみだ」
リネス「だったら、ボクを誘拐なんてしないで、普通に声かければいいじゃん」
バークレー「いや、それについては済まないと思っている。だが我々には、ある事情から、あまり時間がないのだ。強引な手段に訴えざるをえなかった。これから、彼と……もう一人の異邦人と交渉を行うことになるだろう。キミは人質というわけだ。しばらく、ここでおとなしくしていてくれたまえ」
リネス「ボクが素直におとなしくしてると思う?」
バークレー「あれが見えるかね」
バークレーが指差したのは、祭壇の隅に置かれた青銅の彫像。大きさは1メートルほどで、複数のタコかイカのような触手が複雑怪奇に絡み合った不気味な造型になっている。
バークレー「あれは我が教団の始祖、聖なる預言者アルガムの生前の姿を模したものだといわれている。なんと神々しいお姿ではないか」
リネス「どう見ても人類じゃないよ!?」
バークレー「キミは魔法がたいそう得意だそうだね。だが、あの像に篭められたアルガムの聖なるご加護により、この広間には特殊な結界が張り巡らされている。火、水、土、風、光、闇……これら六属性すべての魔法は、この結果内では完全に無効化されるのだ。つまり、ここにいる限り、キミは魔法が一切使えない。無力な子供でしかないというわけだ」
リネス「へえ……」
バークレー「さらに、あの像は非破壊オブジェクトという特殊な属性を有している。いかなる物理攻撃をもってしても傷ひとつ付けることはできんのだ。これでわかったろう。キミはただおとなしく……」
リネス「えいっ。ルミナリィ・ノヴァ!」
リネスの掌から白い閃光が放たれ、不気味な触手像を包み込む。
ほどなく、その奇怪な影は、光の中にかき消えた。
バークレー「うっ!? な、なんだ?」
リネス「六属性は封じられても、ボクの新生属性魔法は封じられなかったみたいだね。これで結界自体も消えたんじゃないかな?」
バークレー「なっ、それはどういう……はあッ!? アルガムの聖像が、き、消えているッ!? いいい一体、なにが起こって……」
リネス「邪魔だから、亜空間に放り込んだんだよ。ボクの切り札さ。さってと……」
リネスは、高級ソファから立ち上がると、高速詠唱を行い、頭上に巨大な火球を作り出した。
リネス「ここを派手に燃やせば、アークが見つけてくれるっしょ。そんじゃ、いっくよー」
バークレー「ままま、待て! 待ってくれ! 話し合おう! 我々はなるべく穏便に……」
リネス「ふふん、誘拐犯と話し合う余地なんか、はじめからないよーっだ。そーれ、燃えちゃえー!」
リネスの火球が炸裂し、大広間はたちまち紅蓮の炎に包まれた。
アーク「そういや今、リネスの格好って」
リネス「え? あのレオタードのままだよ」
アーク「黒ずくめのおっさんがぴっちり白レオタード幼女を拉致監禁とか、絵面的にヤバすぎるな……」




