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069:祭壇上の激闘

 祭壇のほうへ歩み寄る途中、ふと全身に奇妙な違和感がまとわりついてきた。目に見えない柔らかな薄膜の中を突き破り、通り抜けていくような──。

 そういえばアエリアが言ってたな、エナーリアを封じている結界があると。この感触からして、あのエルフの森全体に張られている魔族よけの結界の小型版ってとこか。


 俺は結界を抜け、祭壇の階段を上がり、魚の巨体の胸もとから突き出す顔──サイズはかなり大きめだが、あらためて見ても、やはり人間の老婆そのものに見える──と向き合った。


「あのいまいましい封神玉が、この結界をつくり出し、我を封じ込めておる。あれをどうにかせねばならぬ」


 はるか上方、青く輝く不思議な球体を、魚の頭で振り仰ぎつつ、エナーリアは忌々しげに呟く。あれが封神玉とやらか。


「どういう物質だ? 見たところ、相当強い魔力を帯びてるようだが」


 俺が尋ねると、エナーリアはうなずきつつ、訊き返してきた。


「汝はエリクサーを知っておるか」


 俺を魔王と認めたくせに、まだなんか偉そうな態度だ。臣従する気はないってことか。魔族といっても、こいつは先代の臣下で、俺とは接点がなかったしな。ま、別にいいけど。


「……ああ。自意識を持つ完全物質だろう。実物を見たぞ」

「ほほう。なら話は早い。あれはエリクサーの構造をエルフの魔法技術で擬似的に再現したものらしいのだ。むろん、完全物質のように万能とはいかぬが、用途をある程度限定することで、対価無しに強烈な練成効果を発揮する」


 む、なんか似たような話を、どっかで聞いたような。

 ああそうだ。ウメチカの王様が持ってた、ダイヤモンド・アイ。あれは賢者の石の模造品だと、スーさんが言ってたっけな。てことは、あの封神玉も、ダイヤモンド・アイと同様、完全物質のエルフ版デッドコピーってわけだ。人狼どもの体内時計を狂わせていたのも、おそらくこいつだろう。以前、ルミエルから、エルフの魔法技術の凄まじさを聞かされてはいたが、まさかこれほどのアイテムを作り上げているとは。


 さて。どうするか。……いや、先にやるべきことがあるな。


「あれをどうするかは、とりあえず後回しだ」


 俺は腰のベルトからアエリアを外し、エナーリアの手許に置いた。


「こいつに触れてみろ。話はそれからだ」

「うむ……?」


 エナーリアは、つと手を伸ばし、アエリアの柄にそっと掌を重ねた。


「お──おおっ!」


 途端、エナーリアは、人間のほうの目をカッと見開き、ひどく驚嘆した様子で声をあげた。


「ほ、本当に、本当に、あなた様なのですな……! おお……ア、アエリア様……お懐かしや……!」


 なにやら、えらい感激っぷり。はらはらと涙まで流しはじめた。アエリア様って。どういうことだ。





「おお、そういうことでございましたか。はあ、いえ、それはですな……そうそう、それでございます。いや実は……え、いえいえ、畏れ多いことで……」


 それからエナーリアは延々、アエリアと語り続けた。念じるだけで会話できるのに、わざわざそう大声出さんでも。にしても、何を話してるんだか。俺には偉そうなくせに、アエリアには敬語とか。どういう関係だ、こいつら。


「……はい。でしたら、そういうことでひとつ、お願いいたします。ははっ。かしこまりました。では」


 ようやく話を終えたらしい。エナーリアは、アエリアからそっと手を離し、溜息まじりに呟いた。


「アエリア様から、およそのことは説明していただいた。坊やは討たれ、滅びたのだな……無念……」


 軽く首を振ってから、気を取り直したように表情を引き締める。


「それで、アエリア様がおっしゃるには……汝を新たな魔王と認め、臣下として仕えよ、と」


 キリリッと俺を見据えるエナーリア。おい、なんか、アエリアに対するのと全然態度が違うぞ。本当に何なんだこいつは。


「ただ、我としては、たとえ汝がまことの魔王であろうとも、はたして我が主たるにふさわしい器かどうか、まだにわかには判断できぬ。そこで」

「……そこで?」

「力を、見せて貰いたい。汝に魔王としての力があるならば、我を屈服させるのも容易なはず。アエリア様も、心から納得するまで、汝を試してよいとおっしゃられた」


 えー。勝手にそんなこと決めんなよ。

 で? 力ずくで屈服させろって? つまり、エナーリアをどつき回して、しばき倒せばいいのか? そりゃ簡単だが。


「さあ、どうした。どこからでも、かかってきてよいぞ」


 言いつつ、エナーリアは魚の巨体をむっくりと引き起こし、祭壇上にしっかと四肢を張って、身構えた。戦闘態勢ってわけか。

 よーし。そこまで言うなら、見せてやろうじゃないか。魔王の力と技を。骨の髄まで、な。


 俺はいったんバックジャンプで祭壇から飛び降り、距離を取った。そこへエナーリアが魚の口を向け、衝撃波を放ってくる。だがその技はすでに見切った。モーションで衝撃波を撃つタイミングがわかるのだ。魔王に同じ技は二度も通用しない、これは今や常識!

 華麗なるサイドステップで衝撃波を回避し、一気に祭壇上へと駆けあがる。そして──。


 半魚人の胴体下部──すなわち、比較的人間に近い部分めがけ、両手を伸ばし──。

 その肌を。腹を。足を。腕を。


 くすぐる。くすぐる。くすぐる。

 さらにくすぐる。


「ひゃッ、ひゃぃぃッ! なっ、なにをッ──」


 エナーリアが驚愕とも悲鳴ともつかぬ叫びを上げる。

 だがそんな反応なぞ一向におかまいなく。俺は音速をも超える手さばきで、エナーリアの巨大な胴体を、ひたすらくすぐり続けた。


「あひゃあぁぁぁー! やっ、やめっ、やめぇぇー! ヒィィィッッ!」


 ほほう。意外に敏感じゃないか。よしよし。

 くすぐる。まさぐる。まさぐる。


 まさぐるくすぐるくすぐるくすぐるまさぐってまさぐってくすぐってくすぐる。


「あああああああーっ! なっ、なぜぇぇぇっ、こんなぁぁっ、ひゃひっ、はっ、はひぃぃぃぃぃー!」


 しわがれた老婆の声だったものが、次第にクリアで高オクターブな艶声へと変わってゆく。背ビレや尻尾をバタバタさせながら、魚の巨体がビクンッビクンッと震えている。女の本性よのう。

 さらに、くすぐり、まさぐり、捻り、回し、まさぐり、まさぐり。


 くすぐった。くすぐった。

 さらにくすぐった。


 さあ、そろそろかな?


「んほおおおおおおおおぉぉー! らっ、らめえぇ、エナっ、エナァッ、と──とんぢゃうううううううー!」


 魚の尻尾をピィーンッと直角におっ立て、稲妻に撃たれたかのごとく、ビビビビビィッと全身を痙攣させて、とうとうエナーリアは失神した。どうっとその場にぶっ倒れ、祭壇上に巨体を横たえる。


 背ビレがなおヒクヒクと震えている。人間のほうの顔はすっかり白目を剥いて、口から泡を噴いている。だが心底幸福そうだ。ふっ、他愛もない。

 たとえ半魚人といえど、女であることに変わりなし。魔王テクニックの真骨頂、たっぷり見せてやったぞ。これで納得してくれたかな?



※今回に限り、あえて自主規制いたしませんでした。なんせサカナですし……

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