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688:吸い寄せる断裂


 空間断裂が、付近の大気ごと、俺たちを吸い寄せようとしている――。

 これは自然現象なのか、それとも何者かの意図的な攻撃なのか? おい叡智の大精霊様、いったい何が起こってる?


(こんなときだけ敬称を付けるでない。我の叡智をもってしても、いまの時点ではわけがわからん。何度も言っているが、この世界の外側のことについては、我の知識も及ばんのだ)


 えっへん、とドヤ顔で胸を張るツァバトの姿が何故か脳裏に浮かんでくる。威張って言うことかそれ。使えねえ大精霊様だ。

 付近には猛烈な暴風が生じている。断裂の彼方へ向かって、唸りを上げる大気流の只中にあって、リネスは俺の腕のなかですっかり縮こまっている。


「これ、何が起こってるの?」

「わからん。だが油断するなよ。しっかり俺にしがみついていろ」

「うん、ゼッタイ離さない!」


 お姫様抱っこされた状態のまま、リネスは両腕を俺の脇にまわして、ぎゅーっとしがみついてきた。天才魔法少女も、こういう仕草は年相応という感じで微笑ましい。

 俺の飛行能力ならば、まだどうにか吸引力に抗って、この場に踏みとどまることは可能だ。だがこのままではリネスの身がもたない可能性がある。ほっこりしてる場合ではない。いったん断裂から離れるべきだろう。


 それに、例の乱数の羅列のごとき「声」も、まだ俺の脳裏にやかましく響いている。この場にとどまっていては、どんな危険があるやも測りがたい。


(それなのだがな。汝は単身離脱できるかもしれんが……)


 ツァバトが、なぜか溜息まじりの念を送ってくる。


(どうもその、我々のほうが、どんどんそっちに引き寄せられておってだな。この車の浮遊能力とエンジン出力では振り切れんらしいのだ)


 空間戦車も断裂のほうへ引っ張られてるのか。それはマズい。ならば、風系の魔法でも使って、空間戦車を逆方向へ吹っ飛ばしてしまうか。


(いや、それよりも、問題の根を断つべきだろう。このまま放置しておいては、どこまで影響が及ぶかわからん)


 ツァバトが言う。たしかに、現時点ではまだ限られた範囲にしか影響は出ていないはずだが、いまも断裂からの引力は増大し続けている。地表にも影響が及んでいるかもしれない。このまま規模が拡大し続ければ、十数キロ離れた魔王城すら、この断裂に吸い寄せられる事態になりかねん。そこまでいったら大惨事どころの騒ぎではない。





 ……んで、ツァバト。そう言うからには、なにか策があるんだろーな?


(うむ、策ならあるぞ。聞きたいか?)


 出し惜しみしてる場合じゃねーだろ。空間戦車が断裂に吸い込まれちまったら、その後どうなるのか、ツァバト自身にも予測不能なはずだ。対策があるなら早くしろ。あまり猶予はない。


(簡単なことだ。あの亀裂を塞いで、空間を修復してしまえばよい。今の汝なら造作もないはずだ)


 造作もないって、そんなこと俺にできるはずが……。

 ……できるな。


 俺は大精霊エロヒムと融合し、既に大精霊の領域すら踏み越えた名状しがたい何かと化しつつある。それはすなわち、大精霊の管理権限……この世界のあらゆる無機物を司るデータアドレスへの閲覧、干渉、書き換えを行使できるということでもある。この権能をもって、損傷した空間のアドレスを探し出し、正常な数値に書き換えてやれば、空間断裂をきれいさっぱり消し去ることも可能なはず。問題は、そのアドレスがどこにあり、どの範囲まで書き換えればいいのか、また入力すべき正常な数値というのが具体的にどのくらいか……それら肝心な情報を俺は持っていない。


(それはこれから我が指示を与えよう。汝は、その通りに権能を行使すればよい)


 偉そうなエロヒムの念が届く。と同時に、ごく小声で、かすかにクラスカの念が届いた。そういやバハムートも基本は念話だったな。最近普通に会話してたんで忘れてたが。というか俺とツァバトの念話も一応聞き取れるのかこいつら。


(空間断裂を完全に塞がれると、我々はもとの世界に戻れなくなるのだが……)


 ……あー、そういやそうだ。クラスカとイレーネは、もともとバハムート世界から、あの空間断裂を通ってこっちの世界にやって来た龍人たち。今はわけあって俺の協力者となっているが、いずれはバハムート世界に戻らねばならない。しかし、ここで躊躇していれば、被害は増すばかりだ。どうすべきか……。


(そんなことは我が後でどうとでもしてやろう。空間座標のアドレスと、空間の状態変化のデータさえ把握しておれば、そこに穴を開けるも閉じるも自在となるからな。いまはとにかく急ぐのだ)


 ツァバトの念から、やや余裕が失われてきている。万一、この世界に外側に放り出されるような事態にでもなれば、そこから先はまったくの未知の領域。何が起こるかわからんからな。大精霊といえども焦って当然か。


(ではアドレスを示すぞ。精神を研ぎ澄まし、いまから指示する通りに数値を入力してゆくのだ。……えーと。まず空間座標79B245759……アドレス801A78E2から802A7922まで、0014だ)


 俺の視界に数字の羅列が浮かび上がってくる。いわゆるバイナリエディタそのものの書式だ。そこに魔力を込めて念じるだけで自在に数値を書き換えることができる。ようするに、権能という名のエディタで空間座標のデータをこじ開け、魔力をインターフェースとして該当アドレスに数値を直接入力していく作業。

 作業手順そのものは小学生でもこなせる程度のものだが、パソコンの作業と異なるのは、データを開くにも数値を入力するにも、いちいち自分の魔力を消費して実行せねばならない、という点。しかも相当な魔力量が必要になる。具体的には、アドレス一桁の入力や修正に直径二メートルくらいの特大ファイヤーボール百発分くらい。並の魔術師なら、それだけで魔力枯渇して骨と皮だけになってぶっ倒れて死んでるレベル。これから、それを何万箇所とこなさねばならない。かなりきつい作業になりそうだ……。


 面倒と思いつつも、ツァバトの指示に従い、ぼちぼち作業に取り掛かりはじめた、その直後。

 視界が暗転した。



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