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682:異常感知


 ツァバトは、可憐な顔立ちにも似げない底意地悪い笑みを浮かべて、俺のもとへ歩み寄ってきた。


「汝らがヒソヒソやってる間、笑いをこらえるのが大変だったぞ。あやつの思惑など、我はとうにお見通しよ。まったく愚かとしかいいようがないわ」

「ほう。その思惑とは?」


 と、俺が問うと、ツァバトは、つと足を止め、表情をあらためて、左右色違いの瞳を、じっと俺に向けた。


「それを説明する前に、まず言っておかねばならんことがある。シャダイが汝に告げたことは、事実だ。あやつは嘘は言っておらん。少なくとも、あやつの主観においてはな」


 ツァバトのいうことには。

 エロヒムの侵食により、あと数日で俺の霊基が食い尽くされてしまう……という事態については、シャダイの告げた通りであるという。やっぱり非常事態じゃねーか!


 ……だが、俺の霊基が食い尽くされた後、自己崩壊が生じ、俺の肉体と精神がエロヒムに乗っ取られる……という結果の部分は、シャダイの主観的な推測にすぎず、事実とは異なるのだとか。


「案ずることはないぞ。たとえエロヒムのアストラル体が汝の霊基を食い尽くしたとて、自己崩壊など生じぬ。当然、汝が死ぬことも、乗っ取られるようなこともない」


 やけに自信満々に断言するツァバト。いや、霊基を食い尽くされるって、そんな状態で何事も起こらずに済むとは思えんが……。


「シャダイ……あの古き者は、汝の身を案じてなどいない。むしろ、その逆だ。さきほどの提案を聞いたであろう。あやつが狙っておるのは、汝の中へ潜り込んで、エロヒムのアストラル体を自らの中へ取り込んだ後、そのまま汝の肉体と精神をも内側から乗っ取ってしまうことだからな」


 あー、やっぱそんなとこか。俺としても、べつにシャダイを信用していたわけではない。なんとなく、ロクでもないことを考えていそうだとは感じていた。

 ただ、かといって、ツァバトのほうも正直、全面的に信用できる相手だとは思っていないが……。大精霊ってのは、ルードにしてもそうだが、いちいち腹に一物ありそうな奴らばかりで、どちらの言い分も、ただ鵜呑みにする気にはなれん。たとえその外見が世界一愛らしい黒髪オッドアイ美幼女だとしてもだ。


 そんな俺の内心を読み取って、ツァバトはくすくす微笑んだ。


「ふふふ。我の言を疑うのは、汝にも少しは知恵が付いて、成長してきた証拠よ。むしろ良い傾向だ」

「からかうな。それよりも、今後どうすべきかを――」

「シャダイのことなら、放っておいて問題ない。どのみち、あやつでは、今の汝に危害を加えることなどできぬからな。ただ……」

「ただ、なんだ?」

「もしも、汝が望むならば……」


 と、言いかけて、ツァバトは自らの声を打ち消すように、首を振った。


「あー、いや、この話は後日のこととしよう。まずは目前の危機に対処せねばならぬ。これがうまくいかねば意味がないからな」


 なんだよ、思わせぶりな言い方をしおって。

 とはいえ、ツァバトの言う通り、いまの最優先事項は、異次元の邪神……世界の壁を乗り越えて顕現しつつある超質量物体への対処だ。ツァバトの作戦は既に聞いている。勝利の鍵は、俺とリネス……ということだが、さて、うまくいくものかどうか。





 それから――空間戦車の居住区に戻り、作戦前の最後の食事を大急ぎで終えた。といってもミレドアがつくったふかしイモ一個だが、こういうときにさっと手早く食えるのはありがたい。

 また酔っ払って寝っ転がってるシャダーンの肥えた背中を眺めつつ、ミレドア、リネスとともに食後のお茶など啜っていると、操縦席のほうからクラスカの声が響いてきた。


「来てくれ! 計器類の数値に異常が出はじめている!」


 駆け付けてみると、イレーネがやけに緊迫した声で報告した。


「付近のエーテル濃度が急激に跳ね上がってるのよ! 重力計も狂ってるわ!」


 おお、そいつは……。

 前面のスクリーンモニターに映る遠景には、まだこれという変化は見えない。だがセンサーの数値が示すところ、異常な質量を持つ、おそらく小型の物体が、途方も無い魔力を撒き散らしながら、こちらへ接近してきているようだ。


「むむ。いよいよだな」


 ツァバトが唸った。


「ここからでも感じるぞ。凄まじい質量と魔力を持った何かが、こちらに実体化をはじめている。だが、まだまだ完全ではない……こちらが手を打つのは、まさに今しかない。アークよ、急いで行け。リネスにはまだ少々準備が残っておるゆえ、まずは汝が向かって、状況を確認するのだ」

「さっきも言ってたが、今更なんの準備だ?」

「それは見てのお楽しみだ。ほれほれ、早く行け」


 えーい、しょうがねえな。


「よし、ハッチを開くぞ」


 横からクラスカが告げた。

 ほどなく、空間戦車の天蓋にある巨大な円形ハッチが、バカン! と音を立てて口を開いた。


 平服に革のマントを羽織り、アエリアが腰ですやすや寝てるのを確認してから、俺はまっすぐその場を飛び立ち、ハッチをくぐって、暗い夜空へと身を躍らせていった。いよいよ作戦開始だ――。

 って、こんなときに気持ちよさげに寝てんじゃねーよアエリアァ!



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