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068:魔王とは

 俺としたことが、巨大半魚人が放った不意打ちの衝撃波をかわせなかった。魔法ではなく、純粋な物理攻撃だ。

 ダメージはほとんどない。常人ならあっさり吹っ飛ばされてただろうが、俺にとってはそよ風みたいなもんだ。


 だからといって、気分がいいはずもない。この魔王様に向かって、随分な挨拶をかましてくれるじゃないか。少々イラッときたぞ。


 ──エナーリア……ウゴケナイ。カベ。ケッカイ……。


 アエリアの声が響く。結界? そうか、あいつの周囲に何らかの結界が張られてて、動けないってのか。

 巨大半魚人ことエナーリアは、甲高い咆哮を響かせつつ、さらに俺めがけ、続けざまに衝撃波を叩き込んできた。だから効かねえってのに。俺を近づけまいと躍起になってるようだ。敵だと勘違いしてるんだろうな。ぶっ殺すのは簡単だが、アエリアの旧知ということだし、ここは少し観察してみようか。


 俺が歩みを止めると、エナーリアも攻撃をやめた。

 静寂のなか、しばらく睨み合いが続く。エナーリアは無言だ。見たところ、そこそこ知能は高そうだから、意思の疎通くらいはできるはず。話したくないのか、それとも理由があって話せないのか。俺もあえて声をかけず、状況を伺ってみる。


 俺が近寄ってこないことを確認すると、エナーリアは少々身じろぎしながら、魚の頭をぐいっと真上へ向けた。はるか上方、青く輝く球体を、魚の目でじっと睨み据え──再び甲高い咆え声をあげ、衝撃波を放つ。俺に向けてきたものより格段に強烈な衝撃波だが、球体は小揺るぎもしない。よほど頑丈なのか、物理的な干渉が通じない物質なのか。衝撃波そのものは、さらに上、この空間の天井にまで届いたようだ。ズズ……ン、と鈍い振動が、こちらにまで伝わってくる。

 そうか。地上にいたときに何度も経験した、あの突き上げるような振動の正体が、これか。ということは、それ以前に感じた微細な振動も、このエナーリアの巨体が引き起こしていたんだろう。あの球体を壊そうとしてるんだな。おそらく。


 どういう事情があるのかわからんが、こいつのせいでダスク近辺の魚がいなくなってしまった可能性が高いな。どうにかしてやめさせんと。


「おい、エナーリアとやら」


 とりあえず声をかけてみる。はたしてまともに会話できるかどうか。

 エナーリアは、ゆっくりと、顔をこちらへ向けた。魚のほうではなく、胸から突き出した、人間っぽい顔のほうだ。人間の老婆に近い顔つき。白髪のばあさんだな。特に敵意みたいなものは感じられないが、ちょっと驚いてるというか、意外そうな表情を浮かべている。


「……なぜ、我が名を知っている。汝は、何者だ」


 そのばーさんが、しわがれた声で応えてきた。どうやら普通に話せるようだな。ここはちょいと、ハッタリをきかせてみようか。


「──痴れ者め」


 俺は表情をキリリッと引き締めて応えた。


「余をなんと心得る。余こそは、汝ら魔族を統べるもの。すなわち魔王である。控えい!」


 いつもとは違う重厚な声と口調でもって、ビシィッ! と言い放つ。うむ、決まったな。

 エナーリアは、溜息まじりに呟いた。


「封神玉の影響で、頭がおかしくなったか。なんと哀れなこと……」


 いや、違うから。俺、正真正銘、魔王だから。だからそんな憐れむような目で俺を見るな。見るなったら。

 ええいもう。普通に話すか。





「……信じられぬ」


 俺はあらためて名乗った。かつて魔王であり、今は人間の勇者に転生した身であることを。エナーリアは、なお胡散臭げな顔をしている。


「確かに、汝はそこらの人間とは違うようだ。しかし、にわかには……汝が三代目の魔王などと。それに勇者というのは、大昔の伝説上の存在ではないか。本当にそんなことがありえるのか。そも、それが本当なら、二代目はどうなったのだ……」


 エナーリアは当惑している。その反応からして、エナーリアは二代目魔王に仕えた、古参の高位魔族のようだ。魔王が代がわりした事実すら知らないとは。どうも二代目勇者のことすら知らないっぽいし。かなり長い間、ここに閉じ込められていたようだな。


「とりあえず、そっちへ行っていいか? アエリアが、おまえと話したがっている」

「な、なに……? 先ほどから、なにやら懐かしい気配を感じておったが……まさか。いったい、どこに」

「ここさ」


 俺は腰のアエリアの柄を撫でさすった。


 ──アァン。アエリア、イッチャウウゥゥン。


 それはもうええっちゅうに。


「剣……?」


 エナーリアが不思議そうに魔剣へ視線を注ぐ。


「そうだ。魔族にのみ伝わる霊魂封入術式による鍛造剣。すなわち魔剣だ。かつてアエリアがどんな姿だったか、俺は知らん。だが、その魂は、この剣に封じられて生きている」

「……!」

「こいつに触れてみれば、すべてわかるさ。その上で、そちらの事情をきかせてもらいたい」


 俺が言うと、エナーリアは、表情をあらため、問い返してきた。


「汝がまことの魔王であるならば、答えてみよ。魔王とは、そも、何ぞや」


 一瞬の沈黙。エナーリアの眼──人間のほうと、魚のほうと──その両方が、俺を凝視している。

 その問いの答えを、俺は知っている。誰かに教わったのではなく、この世界に転生してきたその瞬間から、ごく当然のこととして、俺は自分の存在意義をはっきりとわきまえてきた。今もなお、それは変わらない。あれだ、勇者の良心回路と似たような仕組みだ。


 俺はおごそかに答えた。


「冥闇に落ちし諸霊を拾い集める救済者。昏き諸魂のあまたを統べる魔法の王者。それが魔王だ」


 この世界における魔族というのは、他のまともな種族に生まれそこなった、落ちこぼれの魂たちの依り代なのだ。それら、彷徨える昏き諸魂を、巨大な魔力によって現世に引き寄せ、闇の生命を与えて、導き統べる。それが魔王という存在の、本来の意義。魔王の存在なかりせば、できそこないの魂たちは、行き場を失い、永遠に彷徨い続けねばならない。それは新たな魔族が生まれなくなるということでもある。かつて、魔王の不在によって魔族が衰退したのは、こういう理由からなのだ。

 こんな身体になって、魔力の大半を失ってしまったため、俺が今もなお、その意義に沿った存在といえるのかどうか、自分でもよくわからん。が、スーさんの説明を聞く限り、まだ魔族は以前と変わぬ勢力を保っているようだし、器となる肉体は変わっても、魔王としての魂の本質さえ変わらなければ、問題はないのかもしれない。


 エナーリアは、老いた口元を歪ませ、笑った。


「あの坊やと、一言一句にいたるまで、まったく同じ返答とは。認めざるをえぬか」

「坊や?」

「かつて、我が仕えた主……二代目の魔王よ。見た目も、中身も、ほんの小さな子供だった。我は、坊やが成長した姿を見てみたかったのだが……いったい、坊やはどうなったのだ」

「二代目勇者に討たれ、滅びた。だから、俺が今ここにいる」

「……そうか。のう、その話、詳しく聞かせてくれぬか」


 エナーリアが手招きしてくる。やっと信用してくれたようだな。


「いいだろう。こちらからも、訊きたいことが山ほどある」


 一歩踏み出しかけて、ふと思い出した。

 すっかり忘れてたが、ミレドアが死んだままだった。……ま、いいか。後回しで。



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