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677:転がる大精霊


 大精霊シャダイの魔力により、極寒冷に覆われ凍て付いた魔王城。

 その危機的状況を一時的に食い止め、魔族を救出する――目下、魔王として俺が果たすべき急務は、ひとまずやり終えた。


 もはや、俺が城でやるべきことは無い。ただ、久々に畑中さんの食堂でメシ食っときたかったんだが、仕込みやら調理にかかる時間を考えると、今日のところは断念せざるをえなかった。これだけは心残りだ。当の畑中さんは普通に元気そうだったけどな。

 ともあれ、諸々の後始末をスーさんとチー、エナーリアに押し付けると、俺は早々に魔王城から飛び立った。一応、例の陛下トレーサーはまだ腕に付けているため、いつでも城内と連絡は取れるようになっている。当面、俺のほうは、これという用事もないが、城内で何か変事があれば知らせるように、とスーさんたちには告げておいた。


 城の直上、高度二百メートル付近。暮れなずむ夕陽をバックに、白銀の要塞のようなボディを真っ赤に染めて、空間戦車は静かに浮かんでいた。

 ハッチへ近付いてみると、主砲塔付近の甲板上に、リネスとミレドアの姿があった。ハッチは開いたままになっている。魔王城周辺の天候が回復し、気温も上昇しているため、二人して外へ出て、空の眺めを楽しんでいた様子。


 二人は俺の接近に気付くと、元気に両手を振って、笑顔で俺を迎えた。


「アーク、おかえりー! 用事は済んだー?」

「おかえりなさい、勇者さま! ゴハンの用意できてますよー」


 甲板に着地するや、リネスが勢い良く俺の胸に飛び込んできた。それを楽しそうに眺めつつ、ミレドアも声をかけてくる。もうすっかりオカン役が板についてるなミレドア。


「ああ、ひとまず用事は済んだ。魔族は健在だ。被害は大きいし、後始末は大変だろうけどな」

「そっか。ボクも見てみたかったなー、アークのお城。こうして上から眺めてても、すっごい大きさだよねー」


 リネスはそう軽く嘆息をついてみせた。俺としても、リネスに城を見せてやるのはやぶさかでないが、今回ばかりは、そう悠長なことをやってる場合ではない。それにリネスはともかく、他の連中まで付いてきたら話がややこしくなりかねん。特にシャダーンはチーと旧知で、因縁のある相手らしいし。ゆえに今回、同行者の面々にはまとめて空で待機してもらった。北方での用事が無事に済んだら、あらためて魔王城に招待してやってもいいかもしれん。無事に済めば、だが。


「なに、でっかいだけで、中身はスカスカだけどな」


 俺は苦笑しつつ応えた。外殻部まで含めた王城市街の面積はルザリクより何倍も広いが、人口はほんの数万ほど。魔族の最大拠点でありながら、規模は地方都市レベルといっていい。王宮にしても、壮麗さと威圧感を重視した外観だけは立派ながら、実際に使われてる区画は少なく、無駄なスペースだらけだ。いずれミーノくんが手がける新たな魔王城は、もう少しそのへん考慮した設計にしてもらわんとな。


「ところでミレドア。今日の晩メシはなんだ?」

「はい、おイモさんの煮物に、おイモさんのソテーに、おイモさんのお刺身、おイモさんのカルパッチョです!」


 俺の問いかけに、ミレドアはにこやかに応えた。イモづくしはまだ良いとして、料理の内容が謎すぎる。どういうことだ。カルパッチョって。やっぱ無理してでも畑中さんとこでメシ食っとくべきだっただろうか。





 あれこれ話しながら、三人連れだってハッチから車内へ降りると、黒髪幼女なツァバトが、なにやら床でごろんごろんと転がり悶えていた。


「……おい」


 と、俺が声をかけると、ツァバトは転がるのをやめ、がばと身を起こした。


「むむ。アークよ、やっと戻ったか」

「戻った。で、何やってんだ貴様は」


 そう問うや、ツァバトはいきなりガッシと俺の手を取って、居住区の片隅までひっぱってきた。なにやら内密の話のようだ。

 ツァバトは、ジト目で俺を睨みつつ、こそこそと囁きかけてきた。


「アークよ……汝、お楽しみであったようだなあ……あのオーバーロードと、しっぽりやっていたのであろうが」


 オーバーロード? ……って、チーのことか。確か先日もそんなことを言ってたが、どういう意味だろうか。どうしても、どっかの骨だけの元ブラックリーマンなあの御方を想像してしまうが……いやそれはともかく。こんにゃろう、俺が地下で何をやってたか、きっちり把握してやがるのか。腐っても叡智の大精霊様ってか。


「むぅぅ。この我が、わざわざユーワクしてやっても、いっこう応じぬくせにー。我とあやつと、肉体的にはそう大差なかろうに。我の何が気に食わぬのだ」


 ちょい恨みがましい目を向け、口をとがらせるツァバト。これはこれで、なんとも子供っぽくて可愛いらしい表情だが……。


「……なあ。もしかして、おまえ」


「ち、違うぞ! これは嫉妬ではない! 我は妬いてなどおらぬ、 妬いてないからな! 断じて!」


 ツァバトは慌てて声をあげ、ぱっとその場から駆け去っていった。つまり、やきもちだと。なんとわかりやすい。大精霊にもそんな感情があるものなのかね?



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