674:帳内秘話
チーは外見こそ幼いが、中身は現代の魔族でもトップクラスの高齢者。
リッチーというものは、人間の魔術師が、特殊な術法によって肉体の構成を魔族寄りに変化させ、自らの魔力を生命力に変換して無限に生き続けるという最上位アンデッドの一種。当然、並大抵の魔力ではまず到達不可能な境地であり、この世界の歴史をひもといても、過去の記録上、リッチーはわずか三体しか出現していない。そのいずれも初代魔王の時代に、人間の高名な大魔術師がリッチー化して魔族に迎え入れられ、数千年を生きたものの、初代勇者との戦いに敗れて死亡したとされている。その外見は干からびた骨と皮だけの動くミイラであったとも。
記録上、チーは四体目のリッチーということになる。過去のリッチーたちと決定的に異なるのは、その魔力の膨大っぷり。魔王時代の俺にすら匹敵するほどの魔力を生まれながらに保有し、その大半を常時、自らの肉体の維持に回している。そのため、六百年という時間を過ごしてなお、その肉体はぴちぴちと若々しい……どころか、お子様そのものである。リッチー化したときの実年齢はすでに四十路近かったそうだが……リッチー化の術法を自らに施した際、ちょっと加減を誤って、お子様の姿になってしまったらしい。
そんなチーの……つるんぺたんな全裸を眼前にして、俺の理性は瞬時にぶっ飛んでいた。
もともとチーは魔王時代から俺の愛人だった。その幼い容姿は、むしろ当時の俺のストライクゾーンからは外れていたが、中身は相当なエロ熟女であり、妙な色気を漂わせていたものだ。まして現在、俺はエロヒムの本体が及ぼす副作用により、ストライクゾーンの下限が爆発的に拡大している。チーの姿は、今の俺にはド直球。しかもここ数日というもの、ツァバトの誘惑にひたすら耐えて自制を続けていたため、それはもう辛抱たまらず、迷わずチーめがけまっしぐらにダイビング――(以下自主規制により誠に遺憾ながら割愛)
時間にして半刻ほど、俺はチーとともに、小さな天幕にとどまっていた。
スーさんには他の天幕へ声をかけてもらっている。避難者どもに地上の現状を伝え、避難生活を切り上げさせるためだ。本当は俺とスーさんで手分けすべき仕事だが、そこはスーさんも空気を読んでくれたというか何というか。
「もー、魔王ちゃんたら。いきなり激しすぎだってー」
帳内、チーは俺の腕の中で、そう囁きながら、くすくす微笑んだ。全裸で。
「……色々あってなぁ。つい、そのな」
「いいっていいって。アタシにしてみりゃー、魔王ちゃんが帰ってきてくれただけで嬉しいからねー。しかも帰って早々、こんなに強烈に愛してくれちゃってさ。こりゃもー、アタシ、魔王ちゃんのお嫁になっちゃうしかないよねー?」
甘い囁きに紛れて、相変わらず黒い野望を滲ませるチー。こいつは俺の一愛人という立ち位置には満足しておらず、ずっと魔王妃の座を狙ってるからな。
だが……。
「……そうだな。すぐというわけにはいかないが」
俺は、あえて答えた。
「今抱えてる厄介事を片付けた後なら、正式に俺の妃に迎えてやってもいい」
「へっ?」
意外な返答だったのだろう。チーは、目をぱちくりさせて、少なからず驚いたような顔で俺を見つめた。全裸で。
「まっ、またまたー。魔王ちゃんたら、そんなっ、冗談いっちゃって。ほ、本気にしちゃうよー?」
なんか慌ててる。ちょっと可愛い。
「いや、本気だ。いま言ったように、少々先のことになるが」
「ええええー? いきなりどーしちゃったの魔王ちゃん? ひょっとして、人間に生まれ変わって頭イカレた?」
いやなんもそこまで言わんでも。
俺が人間の勇者に転生して以降、この魔王城をしっかり掌握し、スーさんとともに魔族の秩序を保ち続けてきたのがチーだ。その功労に報いる……いや、それもちょっと違うか。ようするに、俺はチーには多大な借りがある。臣下で愛人だから当然……とは思わない。なにせチーは魔王そのものに匹敵する魔力の持ち主なのだ。その気になれば、人間になってしまった俺の存在など無視して、自分が魔王を名乗り、魔族丸ごと乗っ取ることすらできた。それでもチーは、俺の帰還を待つことを選んだ。
そんなチーに、俺がしてやれることといったら……その望みをかなえてやることくらいだろう。あと、俺の好みがチーの容姿と完全にマッチするようになってしまったことで、チーを嫁にするのに抵抗感が無くなったというのも、ないではない。以前はほとんど、そんなふうには感じなかったのに、今はもうチーが可愛らしくて仕方ないくらいだ。
もっとも、それら感情面ばかりでなく、チーを正妃に迎えることには、少しばかり政治的な意味合いもある。
「ふふふ。そっか。魔王ちゃんてばー、アタシに、魔族のこと、全部押し付けるつもりだねー?」
「……お見通しか」
チーの瞳が、妖しく俺を見据える。俺は素直にうなずいた。
「知ってると思うが、俺はサージャと婚約している。それはあくまで勇者として、エルフの森の長老の婿になる、という意味だ。ならば、魔王の妃については、これはまた別の問題ということになる。そこで……」
「アタシを、そこに座らせてくれるってわけだねー。うんうん。そういうことならー、魔王妃として、喜んで魔族の面倒見てあげるよ」
チーは、嬉々たる様子で、きゅっと俺の腕にしがみついてきた。
「魔王ちゃんは、やりたいこと、やらなきゃいけないこと、まだまだ、たくさんあるみたいだね」
「ああ」
「んでも、魔王としては、魔族の将来も色々心配しなきゃいけないんだねー」
「そうだ。だから、魔族の舵取りを、お前に任せておきたい。頼めるか?」
「ん、大丈夫。アタシがいるからには、魔族の存在は、決して魔王ちゃんの重荷にはならないよ。だから安心して、厄介事でもなんでも、思いっきり、ぶっとばしてきなよ」
そう言って、チーは俺の上に覆いかぶさってきた。
「んじゃー景気付けに、もういっぱつ、いっとこー」
鼻息荒く、アンデッドのくせに暖かい柔肌をぴっとり合わせて、しがみ付いてくる。まだやるんかい……。




