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673:地下避難所


 魔王神宮とやらいう施設の床から、地下へと伸びる階段を降りてゆく――。

 照明も何もないので、スーさんが小さな魔力球をつくって前方にかざし、俺の前に立って歩いている。実際のところ、スーさんは完全な真っ暗闇でもとくに困らないらしい。光源を必要とする物理的な視力ではなく、魔力によって「観て」いるからだとか。そりゃスーさんは動く骸骨だもんな。眼球無いし。


 俺も一応、しっかり感覚を研ぎ澄ませば、視力に頼らずとも問題なく行動できるが、この状況でわざわざそんなことをする必要もない。スーさんの魔力球が照らし出す階段は、壁の補強もろくに施されていない、本当にただ地中を斜めに掘って石段を据え、かろうじて階段に仕立ててあるだけという代物。突貫工事にもほどがある。ただ、地上の寒気の影響はほとんど受けていないように見える。

 スーさんがいうには、あの魔王神宮に安置されている俺の彫像に、チーが結界魔法をかけていて、その効果は魔王神宮の周囲五十メートル前後までの空間を冷気から保護するものであったという。地中にもその効果が及んでおり、おかげで階段や出入口が凍り付いて崩壊するような事態には至らなかったらしい。


「ところで、陛下」


 と、スーさんが語りかけてきた。


「あれほど酷かった寒さが消えて、今やすっかり温かくなっておりますが……これはどうした理由でございましょうか? もしや陛下のお力で……?」


 あー、そういや、まだその説明をしてなかったな。どうせあとでチーにも聞かせることになるだろうが、道中の徒然、かいつまんで語っておくか。


「火風青雲扇というのがあってだな――」


 エルフの森の先々代長老サリミールが製作した魔法アイテムのひとつだが、その作製過程には、森ちゃん――森の大精霊も関与しているという。そのおかげか、とんでもなく高性能なチートアイテムに仕上がっている。おそらくサリミール単独では、これほどのものは作れなかったはずだ。


「あの賢者の石の機能を、気象条件に限定したようなもの……と考えればわかりやすいな。これを使って、このへんの天候を変化させてみたわけだ」

「おおお、なるほど! そのようなものがございましたか」


 スーさんは頭蓋骨をかくかく前後に動かした。感嘆しているらしい。


「それは、今度の件に限らず、様々に応用が利きそうですな。兵器としても非常に有用でございましょう。これまさに、陛下をして万能の君たらしめる至宝というも過言でありますまい」


 感心しきりという態で、スーさんはそう述べた。

 そりゃ確かに、火風青雲扇の応用分野はかなり広範に渡るだろう。農業、土木、軍事、そのいずれにおいても、アイデア次第で万能に近い力を発揮できるはず。ただ、俺としては、コイツに頼りすぎるのも危険な気がするけどな。気象ってのは、世界を構成する様々な要素の一部であり、たとえ局地的にでも、その一要素をいじくりすぎると、どこかでバランスが崩れ、手酷いしっぺ返しを食らうのではないか――と、そんな気がしている。


 あと、なにより、コイツの製作には、あの森ちゃんが関わっている。俺が個人的欲望で無闇に悪用しようものなら、おそらく森ちゃんは黙っておるまい。いくら俺が大精霊化して絶対的な魔力を手にしたといっても、時間を操る森ちゃんにだけは勝てん。あれは絶対に敵に回してはならん女だ。

 そうした事情も踏まえて、今後の火風青雲扇の使用については、少しばかり慎重を心がけたほうが良さそうだな。





 暗く長い階段の底から、さらに暗く長く伸びる通路……というか横穴へと進む。さすがに、どこぞの地下通路とは違って、ごく単純な一本道で、まっすぐ王宮の地下へと通じているそうだ。

 地上の住民の避難経路というだけでなく、食料や衣料、燃料、飲料水など生活物資の運び込みにも用いられていたそうで、横幅は意外と広く、壁や天井にも木材の梁を渡すなどして、多少なりと補強が施されている。


 現在位置は地下六十メートルほど。東京の地下鉄よりさらに深い地面の真っ只中。空気はややひんやりとしているが、寒いというほどではない。王宮の地下深くには温泉があり、その地熱によって、避難民どもはかろうじて暖をとっている……と、チーは言っていた。確かに、地下でもこれくらいの気温が保たれているのなら、そうそう凍死者が出るようなことはなさそうだ。


「おお、見えてまいりましたぞ。あの扉でございます」


 スーさんが声をあげた。魔力球の光がかろうじて照らし出す彼方に、貧相な木製の扉が見えている。

 俺とスーさんは、やや足を早めて扉へ歩み寄った。スーさんが骨の手を伸ばして、勢いよく木扉を左右へ開け放つ。そのまま中へ踏み込んでみると――。


 おそろしく広々とした空間が、視界にひろがった。ウメチカほどじゃないが、それでも相当に広大なスペースだ。地面は舗装もされておらず、ごつごつとした灰色の岩肌で、飾り気も何もあったものじゃない。だが広さだけは充分すぎるほどだ。天井も高い。ウメチカの壁際あたりの区画とよく似た雰囲気がある。内部を見渡せば、無数のいかにも粗末な天幕がずらりと並んでいる。空気は澱んでおり、蒸し暑さすら感じる。

 これが地下避難所……か。王宮の地下ではあるが、本来は何も無い空洞だった。それを突貫工事で大拡張し、避難民をかき集めて収容したと聞いている。おそらくあれら天幕が避難民どもの仮設住居になっているのだろう。チーの話からの推測だと、王宮や市街から避難してきた連中だけで最低でも四、五万人くらいはここに収容されているはずだ。しかし、その暮らしぶりはどんなものだろうな。いかにも不自由してそうだが。


 扉のそば、小さな天幕がひとつ、他から離れた場所にぽつねんと佇んでいる。位置からいって、出入りを見張る番小屋みたいなもんだろうか?

 ふと興味本位で、ちょいと歩み寄って、中を覗き込んでみた。


「うひゃぁー! だっ、だれ?」


 響く奇声。中の住人と、いきなり目があってしまった。それも素っ裸のお子様と。どうやらお着替え中だったらしいが……。


「……えっ、あれ? もしかして?」


 ぼさぼさの黒髪を打ち振って、お子様は驚いたように目をこらし、俺を見つめた。俺も思わず目をみはった。


「魔王……ちゃん?」

 魔族最高の技術者にして御年六百余歳のアンデッドロリババア、リッチーのチー。

 そのご本人が、俺の目の前に立っていた。


 全裸で。



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