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672:魔王神宮


 スーさんを連れて庭園を離れ、しばし街路をそぞろ歩く。

 ……といっても、王宮周辺をのぞいては、ほとんどの区画が泥土の上に広がる廃墟と化していた。


 いま俺たちが歩いてるあたりは、もともと南方から強制連行してきた人間の奴隷どもが住んでいたダウンタウンだ。ほとんどの建築物は粗末な木造。零下百五十度の環境に耐えられるようなものじゃない。極低温下で完全に凍りついた物質というものは、ほんのわずかなショックでも粉々に崩壊する。大半の建物は、まさに跡形も無く消えてしまっていた。

 一部の石造りの建物のなかには、まだ比較的、原形をとどめているものもあるが、おそらく構造物としての強度は皆無。城郭を囲む高さ二十メートルの防壁も、あちらこちらに痕跡が残ってはいるものの、ほとんど崩れ落ちている。もはや再利用は無理だろう。一から建て直すか、あるいは……。


「王宮とその周辺には、チーどのの物理結界が作用しておったはずです。いささか損害も緩和されておりましょう」


 と、スーさんが事情を説明した。なるほど、王宮が以前と変わらぬ姿で今なおそびえているのは、チーが守っていてくれたからか。いつぞや本人が言っていたとおりに。

 ……とはいえ、こんな有様では、ここはもう廃都にするしかないな。チーたちを地上に引っ張り上げたら、遷都の準備にとりかかってもらうか。王宮が無事なら、当面、生き残ってる連中を全員そこに収容して、引越し作業を手伝わせればいいし。ミーノくんが新たな魔王城を築いている間に、準備も整うことだろう。





「おお、あの建物は……」


 ふと、スーさんが骨の手を前にかざし、彼方の建物を指差した。

 街路の脇に、石造りの神殿っぽい建築物がある。規模はさほどでもなく、せいぜい田舎の神社の社殿くらいの大きさだが、がっしりした灰色の円柱と屋根は、ほとんど損壊もなく、場違いなほどキッチリ原型をとどめている。円柱に囲まれた内部中央の石床に、仏壇っぽいものが安置されている。何かを祀っているようだが……。


「ここです。この奥に、地下への出入口がありまする。どうやらここも、結界で守られていたようですな」

「というか、何だこりゃ。どういう建物なんだ?」

「魔王神宮でございます」


 俺の質問に、スーさんは当然のように答えた。

 なんだ魔王神宮って。この市街に、そんなものがあるなんて初耳だぞ。


「もともとは、ここに住んでいた人間どもが勝手に始めたものだそうで。あの戦争の後、多くの人間がここに連行され、奴隷の身とはなりましたが、みな陛下のお慈悲によって無事に生かされ、何不自由なく暮らしていた者どもです。彼らは陛下への感謝のしるしとして、ここに小祠を建立し、陛下の御姿をかたどった像を安置し、日夜欠かさず礼拝しておったとか。それがいつしか、このような立派な神宮となりましたようで」


 本当かよ。そりゃ、奴隷どもを手荒には扱わぬよう、一応そういう法令を布いてはいたが。貴重な労働力を保護するのは当たり前のことだしな。……いやしかし、そんな程度で俺を拝むまでになるとは、ちょっと考えがたい。誰かわからんが、おそらく、そういうふうになるよう、こっそり人間どもを唆した奴がいるな……。あのルミエルも、同じようなことを今ルザリクでやってるわけだし。だが今はそのへん追及している場合じゃない。後でちょっと詳しく調べてみるとしよう。


「……で、なんでここが、城の地下と繋がってるんだ? 俺が城にいた頃には、そんな工事を命じたおぼえは無かったが」

「着工は、つい最近のことでございますゆえ。急激な寒冷化への備えとして、万一という際、すみやかに住民と物資を地下へ収容すべく、工事を急いだものでございます。もとはチーどののご提案で、奴隷も陛下の財産、なるべく数を減らさぬよう、大切に扱うべきであると……そうした理由から、ここだけではなく、市街四箇所に、同様の出入口が設けられておりまする。突貫工事ゆえ、いささか雑な造りではありますが、いずれも城の地下へと繋がる階段と通路が備わっております」


 これもチーの仕事か。どうも近頃、チーの活躍っぷりが目立つな。直接の出番は一切無かったのに。


「私めなどの目から見ても、チーどのは本当によく働いておられます。陛下ご不在の間、あの方がおられなければ、このお城を保つのは困難だったでしょう」


 スーさんがしみじみと述懐する。確かにそうだろうな。スーさんも無論、俺のサポート役として忙しく飛び回ってくれているが、それもチーが普段から城をしっかり把握しているからこそできたことだ。もう少し状況が落ち着いたら、俺のほうからも、チーにはなにかしら酬いてやらねばなるまい……。

 ともあれ、魔王神宮とやらの奥殿へと踏み込む。少し進むと、祭壇手前の石床の一部が、取手の付いた四角い金属製の板のようなものに覆われていた。


「これか」

「はい。スライド式の蓋になっております」

「なるほど……」


 俺はそこへしゃがみ込むと、取手を掴んで、ぐいと左側へスライドさせた。金属の蓋はするりと動き、その下から、地下へと続く小さな階段が現れた。


「いくぞ。チーたちが待っているはずだ」

「はっ」


 俺とスーさんは、連れ立って、暗い階段へと降りていった。まさか全員、手遅れで凍死なんてことになってなきゃいいんだが。チーだけは殺しても死なないだろうけど……。



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