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671:環境チート


 火風青雲扇。

 その正体は、気象環境を司る領域に割り込みをかけ、データアドレスの数値を任意に上書きする、という……一種のプロセスメモリエディタ。まさに掛け値なしのチートツール。これなら真冬に東南風を呼ぶくらい楽勝だろう。そりゃ曹操百万の大軍も焼かれるわ。インターフェースもタッチパネルで意外とハイテク。スマホ感覚で操作できる。


 ただし、誰でもそう簡単に扱えるものではないらしい。まず起動そのものに、かなり大きな魔力を必要とする。また、最大効果範囲や効果持続時間の設定も、使用者の魔力によって上限が増減する。

 たとえば老い衰えた現在のシャダーンの魔力程度では、かろうじて起動はしても、せいぜい半径数百メートルの気温を数度上下させるのがやっとという。俺を除けば、いまエルフの森でコイツの威力を十分に引き出せるのは、リネスやサージャぐらいのものだろうな。


 ともあれ、この気象チートツールを駆使し、俺の現在地を中心とする半径百キロほどの領域を、無風、気温二十六度――という状態に書き換え、固定してみた。その効果は驚嘆すべきものだった。

 視界を覆っていた冷気の靄は、ほとんど一瞬で消え去り、たちまち鮮やかな晴天が一面に広がった。それまでの極寒地獄の惨状が嘘のように、眩しい陽光が沖天から燦々と降り注ぎ、肌を刺すようだった冷気が、ほわほわと生暖かい春のような陽気へと変わっている。


 眺めおろせば、眼下には銀床のごとき大地が広がり、その一角、まるで象牙細工のように凍て付いた白い構造物が、陽光を浴びて、雪原の野に影を投げかけている――。ってあれ魔王城じゃねえか。またなんとも見事に凍っちまったもんだな。

 しかし、それら地上の氷雪も、急速に溶けかかっている。二十六度といえば夏日だ。だいたい五月から六月あたりの気温ということになるか。この陽気の下、既に氷床の一部が溶け流れて、茶色の地肌が見えはじめている箇所もある。


 どうやら火風青雲扇による気象操作は成功したようだ。あとは、この状態を当面維持する必要があるが……気象操作は火風青雲扇の宝玉を起点とする一定範囲の領域にのみ適用されるため、このまま俺が持っておくのは具合が悪い。俺が移動すると、それにつれて操作領域も移動することになるからだ。俺はこの後、旧魔王城上空にあるという空間断裂を目指して、さらに北上せねばならない。火風青雲扇は魔王城に置いていくべきだろう。

 ただそうなると、現状維持のため、誰かが俺に代わり、火風青雲扇に魔力を注いで、操作を続けなければならない。少なくとも、元凶である異次元の邪神とやらを退け、シャダイが空間断裂に施しているという絶対零度の防壁を解除させるまでは。


 ……となれば、チーにやらせるべきだろうな。魔力量は魔族の中でも魔王時代の俺に次ぐレベル。おまけに魔法アイテムの使用法にも通暁している。問題は、あれが素直に言うことを聞いてくれるかどうか……変な条件とか付けられると困る。うまく言いくるめねばなるまい。





 魔王城とは、より正確にいえば、王宮を中心に、周囲約五キロ四方の領域を占める広大な城都の名称。

 外周は高さ二十メートルの石造りの環状外壁に囲まれ、四方の大門には頑丈な鉄扉と跳ね橋が備わっている。その内側には各種の政庁と居住区を擁する市街地や庭園がある。上級魔族の居館や警備部隊の宿舎、魔族に使役される人間や翼人の奴隷どもの住居などがひしめくその中央部に、ひときわ壮麗な城壁に囲まれた、白亜の大宮殿がそびえている。それこそが俺の住む王宮であり、一般に魔王城といえば、この王宮のことを指す。


 かつてライル・エルグラード率いる反魔王軍が攻め込んできたとき、俺様率いる魔族側は、城都の外殻部、南壁沿いの庭園に軍勢を集めて、これを迎え撃った。そこが魔王城のいわゆる前庭と呼ばれる区画。

 俺はゆっくりと高度を落とし、その前庭へと舞い降りた。


 チーの話では、確かここのど真ん中で、スーさんが凍ってしまったということだが……。

 すでに庭園を覆っていた氷は溶けはじめているが、本来ここに広がっていた緑の芝生は枯れ果て、あたり一面、黒泥に埋め尽くされた無残な有様。ここの維持整備には結構な費用をかけてたんだがなあ。今はそんなしみったれたことを言ってる場合でもないが。零下百五十度という環境のなかで、長いこと吹きっさらしだったのだ。おそらく庭園だけでなく、城都の大半、もはや原型をとどめておるまい。むしろ王宮が凍り付きながらも当たり前のように突っ立ってるのが驚きだ。


 ……その変わり果てた庭園の真ん中に、白い骨格標本のごときものが、ぽつねんと立ちつくしていた。ちょっと中腰で、両手を前に突き出した、なんとも面白いポーズで。まだ凍ってるんだろうか。

 歩けば足元にまとわりつくような泥の感触。まばゆい陽光が照りつけるなか、俺はその骨格標本……スーさんのもとへ、ゆっくり歩み寄った。


 ――と、スーさんの頭蓋骨だけが、突如、ぐりんっと回って、こちらへ顔を向けた。変なポーズはそのままに。


「お。おお……! 陛下……!」

「事情は聞いてる。大変だったな。具合はどうだ?」

「はっ……。ま、まだ、手足の関節が動きませぬが……、しかし、すぐに回復いたしますゆえ」


 俺が声をかけると、スーさんは頭蓋骨をカタカタいわせつつ応えた。よくわからんが、喜んでいるらしい。

 やがて、凍てついていた関節も動くようになり、スーさんは静かに俺の前に拝跪した。泥で汚れるのも厭わずに。


「陛下、お帰りなさいませ。このようなお出迎えとなったこと、誠に申し訳ございませぬ。まさか私めが凍ってしまうとは……不覚でございました」

「なんの、気にするな。スーさんが無事でいてくれて何よりだ」


 この状況で、まだ平然と生きてるのはさすがだ。最上位アンデッドは伊達じゃないな。


「もったいないお言葉を……。陛下、なんなりとお申しつけくださいませ」

「よし。では供をしてくれ。チーたちを迎えに行くぞ」

「ははっ。お供つかまつりまする!」


 俺とスーさんは連れだって歩きはじめた。チーをはじめ、城内の大勢は、いまだ地下深くで避難生活をしているはず。早く行ってやらんと。まずは地下への出入口を探そう。



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