667:そびえる障壁
改装を終えた空間戦車の内部は、快適そのもの。
空調がしっかり効いていて、暑くもなく寒くもなく、ふかふかの絨毯とクッションに身を委ねながら、皆でちゃぶ台を囲んで熱い番茶を啜ることができる。シャダーンとリネスが組み上げた煉瓦の竈で、イモも焼ける。煮炊きも可能で、簡単な料理くらいはここで作ることができる。
料理も、ただ加熱するだけなら魔法でやったほうが手っ取り早いが、焼きイモのように温度管理がきわめて重要になる調理は、やはり本物の火を用いるべきだろう。
「それでー、いま、どのへんなの? あふっ、おいひい」
その焼きイモを幸せそうに頬張りながら、リネスが訊いた。ちゃぶ台の周りには、他に、俺とシャダーンとツァバトがいる。ミレドアは竈のほうでひたすらイモを焼いている。シャダーンはさっきまで、ひとり上機嫌で焼酎をあおっていたが、すっかり酔っ払った態で寝っ転がっている。浮かれてるなー。観光旅行中の農協のオバハンかコイツは。
「いまはカンニス江の中流域あたりだな」
俺は応えた。いわゆる旧王都の北方、広大な平原地帯をうねるように流れる大江カンニス。かつて、俺様率いる魔族軍と、人間の旧王国メギシオンの大軍勢とが最終決戦を繰り広げた古戦場でもある。現在は廃墟と化した家屋が点在するだけの荒野であり、河原にネコマタ数匹と大勢の猫どもが住み着いて細々と暮らしているはず。あのネコマタども、元気でやってるかな。
「この江から北側は、しばらく何もない平野部だ。ゴーサラ河の南岸にさしかかるまで、あと数時間ってところだな」
説明すると、リネスは何か思い出したように呟いた。
「ゴーサラ河? そっか、レンドルの墓碑があるとこだよね?」
レンドル……というのは、エルフの伝説の大魔術師。先代魔王の時代、自ら編み出した新生属性魔法をひっさげ、二代目勇者パーティーの一員として魔族との大戦に参加し、活躍したという。水魔将軍エナーリアを封印した魔術師集団の生き残りであり、ミレドアの先祖であり、またリネスの魔法の師匠筋の始祖にもあたるという、なんとも逸話の多い人物だ。最後は、当時の魔族最強の天魔将軍ことアエリアにぶっ刺されて、あっさり死んだそうだが。その後、レンドルの死を惜しんだ二代目勇者が、ゴーサラ河のほとりに小さな墓碑を立ててやったという。
「先にいっとくが、それを見に行ってる暇はないからな。だいたい、ゴーサラのほとりといっても広い。どのへんにそんな碑があるか俺は知らんし」
「ちぇー。せっかくだから、レンドルの墓碑の前で、ルミナリィ・ノヴァをぶっ放してみたかったのに。きっとレンドルもびっくりするよ」
そりゃ驚くかもしれんけどな。まさかレンドルも、自分のオリジナル魔法がこんな幼女に継承されているとは思うまい。ルミナリィ・ノヴァは、対象物を問答無用で亜空間に放り込む凶悪な魔法。もとはレンドルが編み出した新生属性魔法といわれるものに、リネスが勝手に名前を付けただけだが、その正体は瞬間移動魔法のできそこないであり、移動先の座標が亜空間に固定されているという酷いシロモノだ。
「え、ご先祖様のお墓があるんですか?」
と、横から訊いてきたのは、大皿一杯に焼きイモ抱えて戻ってきたミレドアだ。香ばしい匂いとともに、紫色のイモが、ほこほこと暖げな湯気をたてている。レンドルはこのミレドアの曽祖父にあたる。現在ダスクにあるミレドアの店を建てたのもレンドルだ。本来は、出身もさだかでない流浪の魔術師だが、あらためて検証してみると、けっこう大小様々な事績を後世に残しているものだな。
「もし本当にお墓があるなら、わたしもお参りしたいです」
ミレドアがにこにこ微笑んで述べると、ツァバトがさっそく大皿のイモをひとつ掴みながら答えた。
「その墓碑の場所なら、我が知っているぞ。なんなら、連れて行ってやってもよいが」
「え、ほんとに?」
「ぜひ行ってみたいです!」
と、リネスとミレドアが同時に声をあげた。
あー、そうか。この世界の内側のことに限っては、ツァバトに知らないことは無いんだった。なにせ叡智の大精霊様だしな。
「……わかったわかった。行きは無理だが、帰りに寄ってやるよ」
二人の懇願するような目を前に、俺は溜息ひとつ、そう云ってやった。どうせ何もない場所に、ぽつねんと小さい石が立ってるだけの、寂しい墓だろうけどな。
それから数時間後。
「見えてきたぞ。王よ、こちらへ来てくれ」
クラスカが呼んでいる。俺はリネスとツァバトを連れて居住スペースを離れ、操縦席へと歩いていった。
前面の大スクリーンには、すでに極彩色の巨大なオーロラが天地を覆う情景が映し出されていた。時刻は宵にさしかかるあたりだが、周囲はまるで白夜のように薄明るい。
「あれが電磁障壁よ。ただの磁気嵐じゃなくて、おそろしく密度の濃い未知の電磁波が、物理的な壁となって空間を覆っているの」
と、イレーネが説明する。
「ふわー、でっかい、すっごい、キレイ……!」
リネスは、すっかり圧倒された態で、スクリーンを凝視している。
「……あれって、ものすっごい大きな魔力のカタマリだよね。あんなの、どうやって突破するの?」
「ほう、さすが賢者の娘。ひと目であれの正体を見抜いたか」
ツァバトが感心げにうなずいた。
「いかにも、あれはシャダイの魔力放射だ。我ら四分霊の中でも最大の力を持つシャダイならではの芸当といえる」
「はー、大精霊ってスゴいんだね……!」
と、リネスも感心しているが……実際のところ、俺の見立てだと、あれは派手に見えるだけで、物理的な干渉力はさほどでもない。それを上回るだけの魔力、もしくは物理攻撃を叩き込めば、打ち破ることは可能だ。具体的には、かのザグロス山脈を丸ごと粉砕するぐらいの威力の攻撃ってことになるが……今の俺ならば、造作もない。
「クラスカ、ハッチを開けろ。出るぞ」
「よかろう」
天井の円形ハッチが、パカンと開く。俺はふわりと身体を宙に浮かせ、そのままハッチをくぐって、車上へ出た。




