666:最後の試練
バハムート製空間戦車の内部。
本来はだだっ広い鋼鉄の要塞内みたいな空間に、巨大なドラゴン用の座席と操作用のコンソールが並んだ、きわめて武骨なつくりになっている。もともと軍用兵器だし、そういうものだろう。
現在は、その内部空間の一角に改装が施されている。座席のひとつを撤去し、二十メートル四方くらいの面積を木製の衝立と蛇腹カーテンで仕切って、その内側の床に絨毯を敷き、人間サイズの簡易居住スペースが出来上がっている。ミレドアの家から持ち出した座布団やちゃぶ台も配置してあり、皆でのんびりお茶を楽しむこともできる。布団と毛布もきっちり人数分を積み込んである。
座席の撤去についてはクラスカとイレーネが行い、あとはミレドアが中心になって作業を実施したものだ。俺もその指図に従って衝立を運んだり四隅にトンカンと釘を打ち込んだりしている。シャダーンとリネスはスペースの一角に煉瓦を積んで簡易調理台を組み上げていた。ツァバトは……特に何もしていない。
「我は本来、頭脳労働専門であるから」
とか云いつつお茶を啜っていた。いや別にどうでもいいけどな。
こうしている間にも、空間戦車はエルフの森の上空を飛行北上し、既にその領域を離れかけていた。現在位置は、かつての人間の王国……メギシオンの旧王都跡付近にさしかかっている。
魔族軍の撤退後、その旧王都には複数の小勢力が割拠していたが、現在では旧王国の貴族エヴラール子爵とやらの勢力が大半を制圧しているらしい。一方、新魔王城建設の使命を帯びたミーノくん率いる流民軍二千は、今も旧王都へ向かって行軍中のはず。なんせ徒歩の集団だからな。到着にはまだ時間がかかるかもしれない。辿り着きさえすれば、ミーノくんなら、いかなる障害も力づくで排除してくれるだろう。近頃はすっかり情にほだされて人間どもの仲間になっちまってるが、あれでも魔族最強の猛将。人間の貴族残党ごときに遅れはとるまい。
旧王都の様子も気になるが、現時点で干渉する必要はなかろう。俺たちの目的地はさらに北、大陸中央を流れるゴーサラ河南岸。クラスカによれば、そのあたりに巨大なオーロラのような見えざる壁があり、大陸北方へ進むことができなくなっているという話だ。
そのクラスカは、前方の操縦席にどっかと腰を据えて、前面のモニターをしきりに注視している。イレーネもその脇でコンソールを前肢の爪でつんつん突っついて、なにか内部データのチェックをしている。
俺は巨龍コンビの大きな背中へ歩み寄りつつ声をかけた。
「こっちの改装は済んだぞ。そちらの状況は?」
クラスカとイレーネは、同時にこちらへ振り向いた。妙に息が合ってるな。
「車体の状態は問題ない。巡航速度で順調に飛行中だ。あと半日もすれば、例の電磁障壁が見えてくるだろう」
「内蔵兵装の点検も終わったわ。パルサーカノンは問題なく使用可能。ただ、レーザー機銃用のエネルギーが若干不足気味ね。あまり長時間の弾幕は張れないわ」
パルサーカノンってのはこの空間戦車のぶっとい主砲のことらしい。先頃、性能について軽く説明を受けたが、荷電粒子を撃ち出す貫通砲モードと、中性子レーザーを放出する拡散砲モードがあるそうな。装甲目標には前者、非装甲目標には後者という具合に使い分けるんだとか。レーザー機銃ってのは近距離用の装備で、艦船でいう対空機銃みたいに左右両舷に八基ずつ、計十六基が配置されている。ほぼ死角は無く、上下左右、全周囲にレーザーによる弾幕を張ることができるそうだ。他に超遠距離目標用の極低周波ミサイルまで装備されてるとか。なんだこの途方もない超兵器。これ一両でこの大陸のほとんどを制圧できそうなレベル。
近々、こんなのが何百とバハムート世界から攻め込んでくるんだな……。むろん現在の俺にかかれば玩具に等しいが、この世界の普通の住民らにとっては大きな脅威になりうる。数が多いぶん、俺の手が回らずに被害が出る地域もあるかもしれん。こいつの迎撃プランも少しは考えておかねばならん……まだ先の話ではあるだろうが。
それはともかく――。
「主砲だの弾幕だの、何と戦う気だおまえらは」
俺は苦笑しつつ云った。少なくとも現時点で、この空間戦車の交戦対象となるような敵性存在はどこにもいないはず。せいぜい野良ナーガが少数ウロついてる程度だろう。しかもナーガの移動速度は音速以下。空間戦車よりずっと遅い。
「きみの言うとおり、今はまだ、武器を用いる相手はいないだろう。だが、いつ何事があるかわからんからな。備えておくに如くはないさ」
「そうそう。意外なところで、意外な形で役に立つことだって、あるかもしれないしね」
クラスカとイレーネは口を揃えて兵器の準備とその重要性を強調した。確かに、兵器も使いようではある。ビームサーベルで湯を沸かして風呂を作ったりな。
……とかいう話は置いといて、状況の確認を進めねば。
「周辺の大気の状態はどうだ? 気温とかは」
「ふむ。まだそう大きな変化は無いな。……いや、この近辺に限れば、以前より若干、気温は上昇傾向にあるようだ」
「上昇? 下がってるんじゃなくてか?」
「ああ。これは推測だが……この大陸の中央を遮断するように出現した電磁障壁が、断熱効果を発揮しているのかもしれない」
クラスカは、そう推論を述べた。つまり、その忽然と出現したオーロラっぽい壁が、大陸北方を覆う極低温現象の南下を阻んでおり、おかげで大陸南方は北方の影響を受けず、本来の自然な気温に戻りつつあるのかもしれない……と。
「ほう? なんの話をしているかと思えば」
まったく唐突に、俺の背後から、ツァバトがぬっと顔を出してきた。いつの間に。コイツは外見は人間の幼女だが、中身が中身なもんで凡人と違って気配を察知しづらい。だから俺の太股にギュッてしがみつくのはやめなさい。
「障壁のことなら、あれはシャダイの仕業だ。そこの巨龍がいうように、一時的な断熱のためというのも理由のひとつであるが……」
得々とツァバトは語りはじめた。そういや現在のツァバトは、一応、シャダイと協力関係にあるんだったな。ならば事情を知ってて当然か。
「その障壁は、シャダイから、大精霊となった汝への、最後の試練という意味合いが大きい」
「試練だと?」
「汝を異次元の神にぶつけるにあたり、その力を試す最後の機会としてな。……具体的には、汝の腕力でもって、直接、巨大な壁を、叩いて砕け、ということだ」
ほう。つまり、その巨大障壁は、シャダイからの挑戦状ってわけか。
……正直、俺の力で本当にそんなことが可能なのか、そう自信はないんだが。やらねば北方へ行けない。全力でやるしかあるまいな。




