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665:ドラゴン・バーベキュー


 大陸の中央付近に磁気嵐の壁が出現し、南北の往来が遮断されている――。

 そうクラスカに告げられた直後、背後から「おーい」と呼ばわる声が響いてきた。


 振り返って見やれば、夕陽の下、手漕ぎの釣り船が湖面を蹴立ててこちらへ近付いてくる。オールを振るって船を漕いでいるのは黒髪幼女ツァバト。それにミレドアとシャダーンも同乗している。


「おや、彼女らは?」


 クラスカが訊ねる。


「一応、俺の身内……ということになるな。わざわざ駆け付けてきたらしい」


 ミレドアは俺の愛人ってことで、まず身内といっていい。シャダーンやツァバトはそのへん微妙なところだが、一応味方ではある。細かいことはこの際どうでもよろしかろう。


「こらー、汝ら! なにゆえ我をさしおいて、そんな面白そうな集まりに参加しているのだ! 我もまぜよ!」


 ボートの上からツァバトが声をはりあげた。子供か貴様は。いや外見は幼女そのものだが。


「はぁー、凄いねえ。まさか空飛ぶ船なんてものを、この眼で見ることになるなんて。長生きはしてみるもんだねぇ」


 シャダーンは空間戦車の威容に感心しきりという様子。


「勇者さまー、リネスちゃーん、晩ゴハンできてますよー。お弁当にして持ってきましたから、みんなで食べましょー」


 ……ミレドアはちょっと違う用事で来たみたいだ。そういや、そんな時間だよな。

 その後、俺とリネスは空間戦車の旋回砲塔の前へ舞い降りた。戦車の上といっても、そこはバハムートの乗り物。大型フェリーの甲板くらいの広さがある。そっとリネスを降ろしてやると、車上にそびえる主砲……巨大な旋回砲塔を、不思議そうな顔して見上げていた。全体になだらかな丸みを帯びたデザインで、現代の戦車と比較すると、ボディーと砲塔が一体化している印象もあるが、きっちりボディーからは独立して旋回する構造になっている。


「ねーアーク、あれなに? すっごい大きいけど」

「兵器だ。あの先端から、目標へ向かってエネルギーを射出する仕組みだな」

「へぇー。下手な魔法より威力ありそう」


 こう間近で仰ぎ見ると、かなりの迫力だ。主砲口径は四十センチくらいだろうか。荷電粒子砲ってことだから、貫通力のあるエネルギー弾を撃ち出す仕様になってるんだろう。

 そうこうするうち、ツァバトらの釣り船が空間戦車のもとまで漕ぎ寄せてきた。ツァバトはミレドアとシャダーンの手を引っ張ってフワリと空中浮遊し、俺たちのそばへ降り立った。さっきまで魔力切れでろくに動けなかったツァバトだが、今は短時間飛行できる程度まで回復しているようだな。


「ほおー、広いねえ! まるで鉄の城みたいじゃないか」


 あらためて車上の情景を見回しながら、普通に感心しているシャダーン。ノリがそこらの観光客のオバハンと変わらんな。


「ほほー、これが巨龍の機動兵器……ふむふむ、高粘性鋼板と超硬度セラミックの複合装甲か。わが世界の先史文明時代とほぼ同等の技術水準に達しているようだな」


 ツァバトは足元の装甲版をコンコン叩きながら、興味津々という態度で呟いている。そういや先史文明なんてものが、この世界にはあったんだったな。現代ではとっくにその技術も歴史も失われ、この世界の文明は中世レベルにまで衰退している。それも一応、理由があってのことだが……今はそれはどうでもいいか。


「はい、勇者さま、お弁当ですよー。ここで食べちゃいますか?」


 ミレドアは、両手に大きな風呂敷包みを抱えて、にこにこ微笑んでいる。この珍事の真っ只中にあって、こいつだけはまるで動じていない様子。いや、実は動揺を通り越して、日常性バイアスが発動しているのかもしれん。


「クラスカ、イレーネ。先にメシを食っておきたい。説明を聞くのは後回しでかまわんか?」


 車上に並ぶ黒龍クラスカ、白龍イレーネへ向けて、そう訊ねると、クラスカが小首をかしげた。


「ここで食事を? いや、かまわないが……」

「へえ、ピクニックみたいで楽しそう。わたしたちもご一緒していい? あ、もちろん、わたしたちも食事は用意するから」


 イレーネが興味深げな眼差しを向けてくる。巨大ドラゴンもピクニックなんかするのかよ。そういやイレーネはローンで買った自家用車を持ってるんだったな。バハムート世界にも家族サービスなんて概念があったりするんだろうか。週末は家族を車に乗せて山までピクニックに出かけたり、川辺でバーベキューしたり……。





 日はいまにも暮れなんとしている。

 湖上はすっかり夕闇に閉ざされつつあるが、空間戦車の車上は、クラスカが設置した三基の大型カクテル灯で昼間同然にライトアップされている。さらにイレーネが車内から巨大なバーベキューセットを持ち出し、ナーガ肉の塊を手際よく串に刺して、固形燃料に点火して網焼きをはじめた。まさかこんな場所で、バハムートがバーベキューを始めるとは思わなかった……。


「このお肉はね、あんたのお城を包囲していたナーガたちよ。わたしたちが群れを撃退した後、死骸の一部を解体して冷蔵保存しておいたの」


 イレーネが機嫌よさげに説明する。串を網の上にひっくり返しながら。確か、クラスカとイレーネが初めて魔王城を訪問したとき、ナーガの大群が城を囲んでて、それを二人が撃退したって話だ。いまバーベキューしてるのは、そのときのナーガの肉ってことらしい。

 いっぽう、俺たちは車上にゴザを広げて、ミレドアが持ってきた弁当を楽しんでいるところ。イモは当然のように入ってるが、他にキャベツの漬物や佃煮、羊肉と山菜の煮付けなどもあり、意外とキチンとしたメニューになっている。味も悪くない。ミレドアの頑張りが伝わってくる。


「ほぉー、あの燃料は不思議だな。熱が周囲に向かわず、直上に扇状に広がるようになっているのか。燃料自体はかなり高純度な炭素とわかるが、どういう仕組みなのか?」

「うむ、それはだな……」


 ツァバトは食事のかたわら、黒龍クラスカを質問攻めにしている。叡智を司る大精霊とはいえ、この世界の外からやってきた技術までは把握していないらしく、好奇心がうずきまくっているようだ。クラスカもイレーネが焼いた串肉をバクバク食いながら、楽しそうに質問に応じている。説明するのが好きなんだな。技術者気質というか。

 リネスとミレドアは、イレーネが焼いたナーガ肉を分けて貰い、その美味に揃って目を丸くしていた。この二人、まだいわゆる竜肉を食ったことがなかったそうだ。近頃は俺が大量のナーガを仕留めて売り捌いたせいで、かなり市場価格も下がっているが、それでも相当な高級食材だしな。おかげでリネスもミレドアも、すっかりイレーネに気を許した様子。


 シャダーンも、ミレドアが持ってきた焼酎を竹製のコップであおりつつ、やけに機嫌よくクラスカに声をかけている。空間戦車の内部はどうなってるのか、自分たちエルフも中に乗り込むことができるのか。もしそうならば、自分もぜひ一度、乗せて貰いたいが――といったような話だ。そこにミレドアとリネスも全力で便乗してきた。


「ふむ、あなたがたも同道したいと? 王さえよければ、我々は構わないぞ。内部には充分なスペースがあるしな」

「そうね。あなたたちのサイズなら、ちょっとだけ改装すれば、数日過ごすぶんには、まずまず快適な空間を作れるはずよ」


 クラスカとイレーネは、この申し出をあっさり受け入れた。

 俺は少々困惑した。ツァバトはどのみち俺と一緒に邪神退治に赴かねばならない。リネスも勇者パーティーの一員ってことで付いて行く気満々だし、それはいいが……。


「シャダーンとミレドアも付いて来るのか? 二人とも、それぞれ仕事があるだろうに」


 シャダーンはからからと笑った。

「なに、南霊府はまだ当分、リューリスに任せておけば問題ないよ。こんな機会は滅多にあるもんじゃないしね」

「リネスちゃんとシャダーンさんがいなくなったら、どうせお店はまた閑古鳥ですよー。ですから、しばらく休業ってことでー」


 ミレドアもにっこり微笑んで、うなずいてみせた。

 そんな顔されたら、とても駄目とはいえんな……。


 ……かくて。

 その日、深夜。食事の後片付けと清掃、食料品や生活用品の積み込みなどを終え、俺様御一行を車内に収容して、空間戦車は悠々と湖面を離れた。


 星々またたく夜空へと舞い上がる、白銀の要塞。目指すは遥か、北方の空――。



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