664:風雲急を告げる者たち
空間戦車。
異世界における支配種族、巨龍バハムートの科学技術が生み出した大型兵器。
全長百メートル超、全幅及び全高およそ四十メートル。一見、長方形の車体に旋回砲塔を背負った現代戦車をちょっと丸っこくして、レトロフューチャー風にまとめたようなフォルム。キャタピラは無く、かわりに車体下部に左右一基ずつ、計二基の重力制御装置が組み込まれ、自在に空中を飛び回る。主砲はいわゆる荷電粒子砲らしいが、威力がどの程度のものかは、まだ実際に撃ったところを見ていないので、なんともいえない。だがおそらく広域破壊魔法クラスの破壊力はありそうだ。
その空間戦車が、遥か夕空の彼方から、急速にダスクの上空へと接近しつつある。それにともない、集落の連中も、上空の異変に気付いて騒ぎはじめた。
「わわ、降りてくるよ? なにあれ、すっごい! でっかい!」
ベランダの欄干から身を乗り出しながら声をあげるリネス。そりゃ驚くよなー。こうあらためて見上げると、さながら空飛ぶ城塞のごとき威容だ。もっとも、中で操縦しているのは、もともと巨体のバハムートたち。連中にとっては、ちょっと大きめの乗り物くらいの感覚だろうけど。
「湖のほうに降りるようだな」
ダスクはほんの小さな集落にすぎず、あんな大きな物体を着陸させるほどのスペースはどこにもない。いっぽう、湖岸には桟橋があり、小さなボートや漁船がみっしりと係留中。となれば、桟橋から離れた湖面に着水させるしかあるまい。……あれに乗ってるのがクラスカたちだとして、わざわざこんな場所に降りてくる必要があるとも思えんが、なんか事情があるのかもしれない。
ふと、自分の右手にはめている小さなブレスットに視線を落とす。いわゆる陛下トレーサー。小さな金属板から電波っぽい何かを常時発振しており、俺の現在地を魔王城に知らせるという代物だが、その基礎技術を提供したのはクラスカだという。とすれば、あの空間戦車にも俺の現在位置を示す受信機があるのだろう。でなきゃ、ピンポイントでこんな田舎集落に飛んで来るはずがないからな。
「ねえアーク、あれって何なの? もしかしてアークの知り合い?」
「多分な。見に行ってみるか?」
「え、ホントに知り合いなんだ? じゃあボクも行く!」
「よし。行くぞ」
俺はリネスをひょいっと抱きかかえた。定番のお姫さま抱っこ。リネスも慣れたもので、当たり前のように俺の腕に身を委ね、胸もとへ、すりすりっと頬を寄せてきた。なんだ、そんなに嬉しいのか。
「くんかくんか」
……なぜ嗅ぐ。
「はふぅぅん……☆」
……なぜヘブン状態。さっきツァバトも同じことをやってたが、俺の匂いにいったい何があるというのだ……。
リネスを抱えて、ベランダから空中へと舞い上がる。アエリアではなく俺自身の魔力で飛行し、まっすぐビワー湖を目指す――。
――ハニー、ひどい。もうアエリアいらないんだ。飽きたらポイなんだ。婚約破棄されてパーティーから追放されちゃうんだー。
いきなり脳内に響くアエリアの声。また人聞きの悪いことを。俺は後でざまぁされる王子様役か。飛行能力はともかく、切れ味は天下無双、いくら斬っても刃こぼれひとつしないうえ、形状変化能力まで擁する最高級魔剣を俺様が手放すわけなかろう。
……というか、以前よりアエリアの言葉が明瞭になってるな。カタカナでしか喋れなかったのに。いや、そういえば亜空間で直接対面したときは、アエリアは普通に話せていた。今はあのときと同じ状態になってるようだ。
――それはねー、ハニーがガチで精霊になっちゃったから。幽霊のアエリアと、ちょっとだけ近い存在になったからだよー。
そういうものなのか。エロヒムを取り込んだことで、俺は本格的に精霊と化してしまった……と。いわれてみれば、肉体にはこれという変化は無いものの、霊的な進化という点で、確かにそれなりの実感がある。ガワはそのまま、中の人だけ大幅にランクアップ、みたいな。それにともない、魔力も魔王時代とは比較にならないほど向上している。具体的には魔王65535人分ぐらい。
もっとも、力があるからといって、無闇に振り回すつもりはない。今の俺が本気を出せば、おそらくこの大陸そのものが一瞬で吹っ飛ぶ。今後はこれまで以上の自制と自重が必要になりそうだ。
ダスクの桟橋から湖岸にかけての湖水上に、突忽と出現した、白銀の城砦――。
上空から眺める空間戦車は、そんなふうに見えた。すでに湖面に着水しており、穏やかな波の上に、ゆらりゆらりと浮かんでいる。
湖岸や桟橋には多くのダスクの住民どもが野次馬に押しかけ、指さして声を交わしたり、何事か喚いたりしている。これはおそらくダスク……いやエルフの森始まって以来の珍事。大騒ぎになるのは仕方ない。
俺はリネスを両手に抱えて、ゆっくりと高度を落とし、接近していった。
ほどなく、空間戦車上面の円形ハッチが、パカン! と開いた。中からのっそりと姿を現したのは……。
「おっ、もう来たのか。こちらから呼びかけようと思っていたが、話が早くて助かる」
重厚な声を響かせながら、黒龍クラスカの巨体が車上にあがってきた。
「ええええー! りゅ、竜っ?」
クラスカが出てくるや、俺の腕の中で、リネスが素っ頓狂な声をあげた。そりゃ驚くわなー。なんせ体高二十メートルにも及ぶ特大ドラゴンが、いきなり喋りかけてくるんだもんな。湖岸のほうからも喚声があがっているのが聴こえてくる。
「心配するな。コイツらは味方だ。リネスを取って食ったりはせんよ」
「え、そ、そうなの?」
「詳しい説明は後でな」
俺がリネスを宥めるのへ、横からクラスカが声をかけてきた。
「ははは。驚かせてしまったかな。私はクラスカ。そちらの王とは昵懇にさせていただいている」
いや、昵懇ってほどの間柄でもないだろ。便利な奴らだとは思ってるけど。
「は、はあ……えっと、ボクはリネス……」
「うむ。王の娘さんか」
「違うよ!」
「ちげーよ!」
リネスと俺は同時に応えていた。
「それよりクラスカ……おまえ、普通に喋れるのか?」
以前は思念波で会話していたはずだが、今のクラスカは明確に人語で会話している。それもかなり流暢に。
「きみの城にいる間に、チーどのから、この世界の言語を教わったのだよ。最初は発音に苦労したが、慣れれば意外と簡単に話せるようになった」
なるほど、チーが教えたのか。しかしそれだけであっさり会話できるようになるとは、器用なもんだなバハムートってのは。
クラスカに続いて、今度は白龍イレーネが、のそのそと車上へあがってきた。
「わたしは結構苦労したけどね。構造がわたしたちの思念語と全然違ってたから」
「わっ、今度は白い竜?」
リネスがまた声をあげた。イレーネは軽くうなずきながら、その声に応えた。
「わたしはイレーネ。よろしくね、リネスちゃん」
「うん、よろしくね。アークの知り合いなんだよね?」
「ええ。いろいろ複雑な事情があるけど、わたしとクラスカは、そこのデコ……じゃない、アークとは同盟関係を結んでいるの」
いまデコっていったー! まだ言うかこのアマァ! イレーネも普通に話せるようになったのはいいが、余計な単語まで覚えやがったようだ。
……ともあれ、なぜこの二人が、いまこのタイミングでここに現れたのか。事情を聞かねばなるまい。
「我々がここに来たのは、王よ、急いできみの耳に入れておきたいことがあるからだ」
クラスカが告げた。
「きみの城とその周囲の状況は、既におよそ知っていることと思うが……それに加え、数日前から、ゴーサラ河……だったか。あの河川の上空あたりに、オーロラのような磁気障壁が出現している。この戦車でも接近できないほど強烈な力場が形成され、ちょうど大陸の南北がまっぷたつに遮断された格好になっているんだ」
極低温の次は障壁だと? 北のほうで、いったい何が起こってるんだ……?




