663:魔王がいないなら邪神を倒せばいいじゃない
大精霊ツァバトの講談。そろそろ俺についての赤裸々暴露話もおよそ語り尽くし、最後のまとめに入っている。
「ここまで、アークの行状について長々と語ってきかせたが、そのほとんどは枝葉末節。ちょっとした、こぼれ話のたぐいにすぎない。忘れてしまってもかまわない」
まずこう前置きして――。
「要諦として、汝らが覚えておくべきことは、これだけだ。ここにいる男は、もとは異世界からやってきた魂であり、ある目的のため大精霊シャダイによって鍛え抜かれ、さらに大精霊エロヒムを取り込んだことで、神の領域にまで到達した存在である、ということ」
そして、ある目的とは、現在この世界をおびやかす、異次元の神ともいうべき敵対存在を撃退し、この世界を安寧ならしめること。シャダイは、そのために俺を導き、試練を与えて鍛えあげ、様々な力を託してきた――と、先ほど俺に述べた説明を、ツァバトはここで繰り返した。
「過去には魔王であり、つい先ほどまでは勇者であった。だが、いまや、そのどちらでもあり、どちらでもない、ともいえる。この男を測るに、汝ら、その小さな物差しを捨てよ。こやつこそ、世界を命運を左右する大精霊。決戦の神たるアークである」
ツァバトのオッドアイと小さな唇が、ふと、優しい笑みを帯びて、リネス、ミレドア、シャダーンの三人をゆっくり見渡した。三人とも……シャダーンですらも、いささか話についていけてない様子で、ぽかんと口を開いている。いっぽう、俺もあんぐり口を開いている。決戦の神ってなんじゃい。いくらなんでも持ち上げすぎだろ。
「さて。ここまで知った以上、汝らも、もう引き返すことはできぬぞ。すべての事実を知ったことで、汝らは……この我をも含めて、すでに運命共同体となったのだ。今後、我らは、どこまでもアークとともに歩んでゆくこととなろう」
これをもって、ツァバトは講談を締めくくった。やりきった、という満足げな笑顔とともに。
……運命共同体とか、なにをいきなり大袈裟なことを。コイツ、まだなんか妙なことを企んでやがるな?
ミレドアの家、二階に突き出た小さなベランダ。
俺とリネスは、しばし無言で、西の森林の彼方へ暮れゆく夕陽を眺めていた。
穏やかな東南風が、リネスの長い三つ編みを、そよそよ靡かせている。
……ツァバトの暴露によって、リネスとミレドアは、俺が魔王であることを知ってしまった。シャダーンすら知らなかった転生前後の事情まで、それはもう懇切丁寧に解説してみせた。なぜツァバトがこのタイミングでそれらを語る気になったのか、いまいち思惑が見えてこないが、いずれは俺の口からでも告げねばならなかったことだ。手間が省けたと考えるべきか。
ミレドアの反応は、あっけらかんとしたものだった。
「いやー、ほんのちょっと、疑問には思ってたんですよねー。勇者さまって、エナーリアさんとか、人狼の皆さんとか、魔族のお知り合いが多かったじゃないですか。だから今のお話で、あーそういうことかーって。納得できちゃったんですよね」
納得したらしい……。もとは成り行きとはいえ、半魚人の水魔将軍エナーリアとも、人狼グレイセス率いる黒狼部隊とも、ミレドアは偏見なく、ごく自然に接していた。半魚人も人狼も、エルフにとっては異形の魔族。それでもミレドアは当たり前のように仲良くなってしまった。もともとそういう娘なのだろう。大らかというかなんというか、いまさら俺の正体を知ったくらいじゃ動じないってことか。
シャダーンはといえば、ミレドアと対照的に、俺の現状にいたく驚いている様子だった。
「まさか、大精霊を取り込んだなんてねえ。もうこの世界の誰も、アンタにゃかなわないんじゃないかね」
厳密には、俺とエロヒムは完全に一心同体になったわけではない。エロヒムの本体を構成するアストラル体と呼ばれる見えざる肉体が、寄生虫のように俺の中に入り込み、俺の霊基に食い込んで生命を保ちながら、エロヒム本来の霊基を再構築中――という状態だ。オリジナルの霊基が復活すれば、再び俺から離れて自立しようとするだろう。もっとも、それまであと数万年くらいかかるそうだが。
「アタシゃどのみち、アンタにこの世界を救ってもらうつもりだったからね。驚きはしたけど、アンタが強くなればなるほど、救いの可能性も高まっていく。今後もせいぜいアタシらと仲良くしとくれよ」
肥えた顔にニィッと不気味な笑みを浮かべながら、シャダーンは懐中から白羽扇を取り出し、俺に手渡してきた。先日まで六将シュボダイが所持していた気象兵器、火風青雲扇。しばしシャダーンに預けていたが、魔王城の危機を救うためには、こいつが必要になる。そもそも俺がダスクに立ち寄ったのは、これを回収するためだった。シャダーンもそれを知った上で、ここで俺を待ちうけていたのだ。
その後、ミレドアは夕餉の仕度のため台所へ赴き、ツァバトとシャダーンは部屋の隅に寄って、なにやらコソコソ密談をはじめた。
リネスは――無言で部屋を出て、なにやら悄然と、ひとり二階へ上がっていった。
俺はそっとその後を追いかけ、ベランダに佇むリネスの姿を見つけた。
……で、現在、二人並んで、ただ夕陽を眺めているという次第。
「なあ、リネス」
「なに」
リネスの短い返事は、ぶっきらぼうではあったが、特に嫌悪感のようなものは篭っていない。どちらかというと……なんだかスネてるような様子。このぶんなら、きちんと話せそうだ。
「さっきツァバトが言ったことは、すべて本当だ。いずれ俺自身が説明するつもりだったが……」
「じゃあ、アークは、本当に魔王だったんだね」
「そうだ。魔王でもあるし、勇者でもある」
「……そっか」
リネスは、ふうっ、と大きく息をついた。なんとも意気消沈という面持ちで、夕空を眺めている。
「いままで、あえて言わなかったのは、それなりに理由があってのことだ。だが、隠していたのは悪かった」
「……」
「嫌いになったか? 俺のことを」
「んーん、違うよ。そういうんじゃなくて」
リネスは、ふるふると首を振った。
「アークが魔王っていうのは、いわれてみれば、なんか色々思い当たるフシがあったし。そこは納得できちゃったんだよね」
おまえも納得したんかい……。俺の魔王バレについては、サージャもそんな反応だったし、ミレドアもそうだという。よっぽど普段の行いが悪かったんだろうか俺。いや、エルフの森に入ってからは、かなり自制して正義の味方をやっていたはずなんだが。
「たださー……」
リネスは、また残念そうに溜息ひとつ。
「アークが魔王と勇者の両方をやってるんなら、勇者パーティーなんて、いらないってことになるよね。倒すべき魔王はどこにもいないんだから」
勇者パーティー?
……そういや、リネスは初対面のときから、そういう話をしていたな。先代の勇者パーティーに参加した伝説の大魔術師レンドルに憧れてたとか。で、俺とパーティーを組んで魔王退治に行きたい、ってな。
「あーあ。せっかく勇者パーティーの魔術師になれたと思ったのに。アークと一緒に、魔王退治の旅がんばろー、って、張り切ってたんだけどなぁ……」
そう呟いて、リネスは心底がっくりとうなだれてみせた。
いや、落ち込んでたポイントって、そこかい!
だがまあ、そういうことなら、まだ話しようはある。
「リネス」
俺は少々顔つきをあらため、リネスの目をしっかと見据えた。
「確かにおまえの言う通り、魔王退治は無しだ。だが、他に倒すべき敵がいる。さっきのツァバトの説明で聞いただろう?」
「えっ……」
「この世界の外から来たという、異次元の神。つまり邪神だ」
「――邪神?」
「魔王を倒す必要はなくとも……、異次元から来た邪神が、この世界を脅かしている。それを倒すのは、勇者パーティーの仕事じゃないか?」
「……!」
俺の言葉に、リネスは、大きく目を見開いた。小さな薔薇が咲くように、みるみる紅潮してゆく、あどけない頬。
「そ、そっかー! 邪神! 邪神退治かぁ!」
途端にリネスの声が明るく弾けた。俺はちょいと大袈裟にうなずいてみせる。
「そう。勇者パーティーの旅は、むしろこれからだ。ついて来る勇気はあるか?」
「もっちろん! そういうことなら、ボク、頑張ってアークの役に立つからね! 絶対ついていくよ!」
「よし。それでこそリネスだ」
俺はリネスの髪をやさしく撫でてやった。リネスは嬉しそうに無邪気な笑顔を浮かべている。
そう、この笑顔。リネスのこの笑顔が、俺の精神に癒やしをもたらしてくれる。絶対に守ってやらなければ――なぜか、そんな気持ちまでもが湧いてくる。
これは父性……とか、そういうものだろうか? 俺様ともあろう者が、なぜリネスに限って、こんな感情を抱いてしまうのか。正直自分でもよくわからん。
ともあれ、リネスが元気になったなら、今はそれでいい。予定通り、火風青雲扇も回収した。あとは魔王城へ急ぐのみ……。
「あれ?」
ふと、リネスが声をあげた。
「ねえアーク、変なものが飛んでくるよ」
「変なもの?」
リネスが空を指さす。そちらを見上げると。
赤い夕空の彼方から、急速にこちらへ近付きつつある銀色の光点。
いや、光ではない。まだかなり距離はあるが、あのシルエットには見覚えが――。
メタリックな長方形ボデイーに砲塔を背負った、いわゆるエイブラムスとかメルカバとか、そういう近現代兵器の陸上戦車を、ちょっと丸っこくしたようなシルエット。
間違いない。あれはバハムートの空間戦車。
もしかして、クラスカとイレーネ……か?




