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662:外道勇者の冒険


 ツァバトが語る「勇者アークといわれる存在」の物語――。

 すでに後半戦に入っている。


 魔王城において、神魂ことシャダイが召喚したトラックに轢き殺され、俺はウメチカの赤子……将来勇者となるアンブローズ・アクロイナ・アレステルへと転生を果たす。


「幼少期のアークは、魔王としての記憶を封じられ、ごく普通の子供として養育された。しかしながら、その性格はいささかねじくれており、表面上は穏やかで礼儀正しいが、同年代の少女をいじめ倒して平然としている一面もあった。しかも本人は相手を傷付けている自覚も、それが悪事であるという自覚もまったくない……サイコというやつだな。結局、その少女はアークにひどく歪んだ性癖を植え付けられてしまい、長じるや、逆に刃物を持って大好きなアークを追い回すという地獄絵図が展開されることになった……」


 あの幼馴染の娘か……。小さい頃は、まっとうな関係だったんだがな。十歳を過ぎたあたりから、お互いギクシャクしだして、あんなことに……いやでも、これくらい、よくある話だと思うんだがな。男の子なら誰だって、思春期の頃には好きな女の子を池に突き落として溺死寸前まで追い詰めるくらいはやるだろうし、こっちが刺されて死にそうな目にあわされることも一度くらいはあるんじゃないか? ないか? ……ないか。


「そのような性格となったことにも理由がある。アークに限ったことでなく、歴代の勇者はいずれも生来、人格的な歪みを抱えていた。大精霊シャダイが作り出した、聖痕という封印システムによって、人として大切な感覚の一部……共感能力を封じられていたからだ。そのため、他人の感情や感覚をどうしても理解できず、喜びも悲しみも痛みも、他者と共有することができない。他人を傷付けても平然としていられるのは、そんな理由からだ。ただし、本来ならば、聖痕の封印解除によって人格の歪みは一気に矯正され、以後は、ごく善良な人物となるのだが……アークの聖痕には、例外的に転生以前の記憶が封印されており、つい数ヶ月前、聖痕の解除によって、魔王だった頃の人格に戻ってしまった。歴代勇者で唯一、おせじにも善良とはいえぬ外道勇者が誕生したのは、このような経緯による」


 外道か。そいつは俺にとって最上級の賛辞だ。この世界において、俺は無数の人命を踏みにじってきた存在。それを罪だとも悪だとも思わんが、決して忘れてはならない。どこまでも、その業を背負い、あえて正道より足を踏み外しながら、なお堂々闊歩することをやめない。ゆえに外道というのだ。

 ……にしても、勇者として覚醒してから、まだほんの数ヶ月しか経ってないんだな。色々な出来事がありすぎて、もう五、六年くらい過ぎてるような感覚がある。


「勇者としての能力と、魔王としての記憶を持つ、特異な存在と化したアークは、故郷のウメチカを出発し、エルフの森へ向かう。目的はむろん、エルフの森を征服すること。だが……魔王だった頃から抱いていたその野望、その執拗なまでの目的意識、それ自体が、シャダイの思考誘導によるものとは、本人も気付いていなかった」


 ツァバトの指摘は、残念ながら事実であったようだ。長いこと――具体的には、人間との戦争が終結した後ぐらいから、俺の思考はシャダイに干渉されていた。意識すべてを乗っ取るほど強烈なものではなく、俺がもとから持っている願望や欲望を、うまい具合に膨張させて、俺の意思と行動を巧みに誘導してきた形跡がある。

 なぜそれが今になってわかるのかというと……つい先ほど、エロヒムの本体を俺の中に取り込んだことで、俺自身が大精霊と同等以上の存在になってしまったからだ。いま、俺はシャダイの思考誘導を完全に跳ね除け、本来の人格に近い状態を維持できている。……エロヒムから伝染した性的嗜好を除いて。


 とはいえ、俺が魔王としてこの世界に呼ばれた際に実行された、魂のインプリンティング――魔王としての責務、世にあまねく昏き霊魂どもを導く責任、魔術法則の守護者、世界の破壊と再生を司る覇王たらんとする意識――などは消えてないので、やっぱり基本的な性格はそう変わらないんだが。今更正気に戻ろうとも、外道はやっぱ外道のままというか。


「ウメチカから地上へ出た後のアークの活躍ぶりは、すでに世に広く知られている通りだ」


 ツァバトは、ちょいと人の悪い笑みを浮かべて、さらに語り続けた。


「移民街上空での竜退治を手始めに、湖賊討伐、酒賊の懐柔、ルザリクでは悪代官エンゲランを成敗して自らルザリク市長となり、中央霊府では悪の魔法技術者フィンブルを打ち倒し、襲来する魔族を撃退した。さらに長老と会見して婚約を結び、中央霊府から離反した北霊府軍を瞬時に殲滅。東霊府の長ボッサーン率いる遠征軍をも降してのけた。むろん、それら派手な表の活躍とは別に、いかにも魔王らしく、水面下では魔族や翼人を操り、様々な謀略を仕掛けている。たとえば現在の東霊府や北霊府は混乱の極みにあるが、それらはアークが仕掛けた陰謀の結果であり、もはやアーク本人が赴かねば収拾がつかない状況に陥っている……」


 いや北霊府軍を殲滅したのはアズサだけどな。たまたま上空を通りかかったので、俺はちょいとアズサをけしかけてやっただけで。

 でもって、東霊府の混乱ってのは、俺の愛人フェイドラを送り込んだことで生じているであろう政治と宗教の問題だな。フェイドラはルミエルの直弟子として、ほとんど洗脳レベルの信仰心を叩き込まれている。俺様を神と崇める新興宗教の東霊府支部長とでもいうような立場で、いまごろ全身全霊で布教活動にいそしんでいるはずだ。詳細はいずれ、あそこへ潜入させたリリカとジーナから聞き取る手筈になってるが……まだ調査中だろうな。


 北霊府の混乱とは、スーさんと翼人の国境守備隊、そしてバハムートのクラスカとイレーネが仕掛けた壮大なマッチポンプ劇、その結果として生じた内紛のことだろう。現在の北霊府は、軍隊を中心とする親翼人派と、官僚を中心とする対翼人強硬派のまっぷたつに分裂し、激しい内部抗争の真っ只中であるという。いずれ、そっちもなんとかせねばなるまいが……。今はまだ、そこまで手が回らん。

 ……っと、そういえば、そのクラスカとイレーネは、今頃どうしてるんだろうか? 空間戦車の整備のために、俺の城を拠点として使っていたはずだが……いま、あの近辺丸ごと凍っちまってるからな。チーは何も言ってなかったが、もしかして、あいつらもスーさんみたいに凍っちまったか?



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