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661:唯一無二の語り部


 大精霊ツァバトは、この世界における、あらゆる知識と記録を司る、叡智の守護者。

 この俺様――勇者アークの事績来歴についても、ツァバトは微に入り細に渡って、すべてを把握しているという。ただし、ツァバトが知りうる事象は、あくまでこの世界の内側で起こった出来事に限られるため、俺がこちらの世界に転移してくる以前のことまでは、さすがに知りようがないのだとか。


「事の起こりは、今よりおよそ七十七年前……はるか北の魔族の城砦にて、魔族の宰相たるリリスが、八百八体の魔族の霊魂を供犠に捧げ、魔王召喚の秘儀を執り行ったことから始まった……」


 ミレドアの家の居間。黒髪オッドアイ幼女な大精霊ツァバトは、ちゃぶ台の上に立って、ノリノリで語りはじめた。お行儀悪い。


「秘儀は成功した。捧げ物とされた魔族の霊魂たちが、さまよえる異界の魂を捉えて、連れ帰ってきたのだ。召喚魔法陣から現れた魔王は、歴代のいずれとも異なる、きわめて禍々しい姿を持っていた。ただでさえ恐ろしげな顔つきに加え、頭髪が無いことで、余計に異形ぶりが際立っていたのだ……」


 そこ異議ありぃ! 当時でも、ちゃんと頭頂部に毛が三本あった! ゆえに断じて無毛ではない!

 ……と内心叫んではみたものの、俺はともかく、ツァバトの巧みな語り口につり込まれて、いつしかリネスとミレドアが興味津々という顔で聞き入ってしまっている。ここで話の腰を折るのは不粋――遺憾ながら、俺はあえて黙っておくことにした。だがハゲではない。断じて。


 ツァバトは俺がこの世界に召喚されてからの出来事を、簡略に、しかし要点はきっちりと掴みながら解説してみせた。その語り口は、さながら講談師の名調子でもあるように、ときに粛々淡々と、ときに軽妙洒脱に、あるいは諄々と熱を込め、懸河の波濤のごとく、うなりをあげて押し寄せるイメージの奔流となって、聴く者を圧倒した。しかも内容は、すべて俺の記憶と合致した正確なもの。俺の頭髪の件を除いては。

 居ながらにして、世界のあらゆる出来事を知る――それがツァバトの権能のひとつ。つまりツァバトは、この世界で唯一無二の語り部でもあるわけだな。それだけに、語りっぷりも堂々たるものがある。


「かくて王都メギシオーネは壊滅し、王は自害した。軍隊は全滅し、民衆の大半も死に絶えた。生き残ったわずかな人々は、一部を除いて魔族の捕虜となり、身分の貴賎にかかわりなく北方へ連行されることとなった……」


 あー、そうか。人間の王国って、正式国名がメギシオンで、王都がメギシオーネって名前だったか。当時の俺は、人間どもの国名なんぞ、いちいち気にも留めなかったな。ただ、何もかもぶっ潰して皆殺しにする――それしか考えていなかった。

 スーさんあたりは、人間どもを一方的に蹂躙する俺の姿勢に、むしろ時々引き気味だった。口に出しては何もいわなかったが、内心では、やりすぎだと思っていたのかもしれない。俺としては、それが魔族を滅亡寸前まで追い込んだ人間どもに対する正当な報復だと思っていたため、王都を壊滅させるまで、その手綱を緩めることは一切なかった。それに、下手に仏心を出せば、思わぬところで足をすくわれかねない。徹底的にやりきる以外に選択肢は無かった。


 ツァバトの語りが続く。


「魔王のやりようは、人間たちには暴虐そのものと映ったことだろう。だが、魔王のほうにも言い分はあった。結局、どちらが正しいというものではない。食うか食われるか、種族間の争いとは、そういうものだ」


 六十年に渡る大戦において、俺はおそらく数百万単位の人命を直接間接に、この手にかけている。それをくよくよ悔やんだり、罪悪感を抱いたことは一度もない。ただし、王都を壊滅させた後で、無人の廃墟をスーさんとそぞろ歩いたときばかりは、やりすぎたと感じたことも事実だ。皆殺しにするより、役に立ちそうな奴らはもう少し生かしておいて、魔族のために働かせるべきだった――という意味でだが。その反省を、後の翼人との戦争に活かした結果、翼人という有力種族を丸ごと魔族の傘下におさめることに成功している。魔王とて、ときに反省もするし、それによって成長もするのだ。


「翼人の国に攻め込み、これを属領とした際、魔王はひとつの重宝を手に入れた。外見はちっぽけな水晶球にすぎなかったが、そこには大きな力を持つ存在が封じ込められていた。それこそ、大精霊シャダイ――この我、ツァバトと同格の存在であり、ひそかに魔王の意識を誘導し、操ってきた黒幕でもある」


 このあたりから、シャダーンすら息を呑んで、ツァバトの姿を凝視するようになってきた。星はなんでも知っている……とはいかず、俺が魔王から勇者へ転生した事実は知っていても、その前後の事情までは、さしも星読みのシャダーンでも把握していなかったようだ。

 というか俺自身、魔王としての思考誘導を受けている自覚はあっても、それが大精霊シャダイ……神魂の仕業とまではわからなかった。ツァバトにその事実を明かされて初めて、ようやく色々と思い当たる節が見出せたくらいだ。


「翼人の国を傘下に収めた魔王は、入手した水晶球の解析に乗り出す。それがシャダイの当初からの計画であるとも知らずに……」


 ツァバトの講談はなお続く。ミレドアもリネスも、その名調子にすっかり引きこまれて一言も発しない。シャダーンも興味深げに目をかがやかせている。俺としては、どんどん秘密のヴェールをひっぱがされて丸裸にされていってるようで、少々複雑な気分ではある。しかし自分で説明する手間が省けるのは有難い。せっかくだから、このまま最後まで語り尽くしてもらおうか。



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