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658:昼下がりの再会


 エルフの森は二千里四方――という。

 それなりに広い領域ではあるが、大精霊の力をもってすれば往来は自在だ。


 中央霊府からダスクまでの道のりも、馬車で街道を進めば何日もかかるところ、飛んで移動すれば、ものの十数分で済む。

 上空百メートルからのぞむビワー湖――きらめく湖面の彼方に、少々雑然と茶色い屋根をひしめかせる小集落、漁村ダスク。


「どうだ、身体は。まだ動けないか?」


 ビワー湖上空をのんびり移動しつつ、そう声をかけると、ツァバトは俺の腕の中でモゾモゾと身を寄せてきた。


「むむ……どうやら、少し動けるぐらいには回復しているな。歩行は問題ないであろう」

「そうか。もうすぐダスクだ。そろそろ降りるぞ」

「よかろう。着いたらすぐベッドに直行して(自主規制)するのだな? 初めてだから、優しく頼むぞ」


 真顔で無茶を抜かすツァバト。叡智を司る大精霊なのに、初めてなのか……。

 って、そうじゃなく。


「……ベッドには行かんし、(自主規制)もしないぞ」

「ふふふ、我慢は心身に負担をかけるぞ? 今も、我の魅力にクラクラきておるくせに」


 なんでそんなノリノリなんだよ貴様は。そもそも、こいつを異性と捉えること自体……どうにも抵抗がある。ロリだから倫理的にどうこう、ではない。外見ロリでも中身ババアのチーやメルは、もともと俺のストライクゾーン下限一杯あたりになんとか収まっていたしな。ツァバトの場合……いくら外見が限りなく人間に近くとも、所詮は人造のガワにすぎず、生身であって生身でない……そんな存在だ。

 これは本物じゃない――俺の深層意識っぽい何かが、ツァバトをそういう目で見ることを全力で拒否している。だが、それでも打ち消せない情動が、今なお俺の理性を揺さぶっている。エロヒム本体から伝染した無節操なロリコン性癖のおかげで、ストライクゾーンの下限が大幅に拡張され、余計な葛藤を強いられて、ほとほと参っている――というのが俺の現状だ。


 ほどなくダスク上空へと辿り着く。俺はゆるゆる高度を下げて、湖岸の桟橋付近に降り立ち、ツァバトをおろしてやった。

 ツァバトは可愛らしい赤いサンダルをつっかけて地面に立ち、湖岸の砂利の感触を確かめるように踏みしめながら呟いた。


「よし、歩けるぞ。しかしどうも、空腹感がきつくて、力が出ないようだ。カロリーの補給が必要だな」


 大精霊で人造人間でも、一応ハラは減るのか……。


「もう少しだけ耐えろ。……あいつの店まで行けば、なにか食えるものくらいあるだろう」


 そう応えつつ、あらためて周囲を振り仰ぐ。

 日は少し西へ傾いている。爽やかな晴空の下、湖岸の松並木が春風颯々と緑の枝をざわめかせている。いかにも田舎らしい閑寂な昼下がり……。


「あぁー! 勇者さまだ! 勇者さまー! ゆーしゃさまぁぁー!」


 その静けさを打ち破るように、彼方から絶叫を響かせ、砂利を蹴散らしながら猛然、こちらへ駆け寄ってくる人影がある。わざわざ確認するまでもない。俺の愛人、ダスク一番の美少女、雑貨屋のミレドア。いつものことながら、無駄に元気だ。

 眩しい笑顔とともに、迷いなく、まっすぐ俺の胸へと飛び込んでくるミレドアを、俺は落ち着き払って優しく受け止めた。


「出迎えご苦労。会いに来たぞ、ミレドア」

「えへへ。今日あたり、勇者さまが飛んでいらっしゃると聞いてたので。朝からずーっとお空を見てたんですよ。リネスちゃんと二人で」


 そうか。今、ミレドアの雑貨屋に、リネスが居候してるんだった。仲良く過ごしていたようでなにより。


「……聞いたというのは、シャダーンか?」


 と訊くと、ミレドアはこっくりうなずいた。


「ええ、星読みのシャダーンさん、いまウチに寝泊りなさってるんですよ。とにかくなんでも占ってくれて、それがすっごく当たるので、もう集落のみんなが毎日ウチに押し寄せてきちゃって大変なんですよー」


 なにやってんだあのババアは……。ツァバトの話によれば、シャダーンは俺がダスクに立ち寄ることを予見して、先回りをしていたってことらしい。


「あのー、ところで、その子は……」


 ミレドアは、俺の脇に寄り添う……というか、いつの間にか俺の太股にガッシとしがみついているツァバトの姿を、まじまじと見つめた。オマエも何やってんだよツァバト。だから嗅ぐなっつーに!


「……色々ややこしい事情があってな。見ためはこんなだが、中身は精霊だ」

「精霊? って、えっと、神様……?」


 俺の説明に目を見張るミレドア。


「うむ、そう考えて間違いないぞ」


 その精霊様は、ぱっと俺のもとを離れるや、ミレドアに向かって、ぐぐっと胸をそらしてみせた。


「我はツァバト。いにしえの叡智を司る者、この世のあらゆる知識と記録の番人たる精霊である。雑貨屋の娘ミレドアよ。我に食料を捧げるがよい」


 ドヤ顔で自己紹介。その面白いポーズと表情、見るのはもう何度目だろう。気に入ってるんだろうか。素直にハラ減ったからなんか食わせてくれって言えよ。


「食料……ですか? えっと、もうお昼を済ませちゃったので、すぐ用意できるのは干しイモくらいですけど……いいですか?」

「うむ、それでよい。すぐに用意せよ。されば代価として、いにしえの叡智を汝に授けよう」


 干しイモと等価。えらい安いな、いにしえの叡智……。





 ミレドアの店の前に、行列ができていた。ほんの先日まで閑古鳥が鳴いてた店とは思えん盛況っぷり。シャダーンの占い目当ての連中らしい。

 ツァバトとミレドアをともない、その行列へ近付くや、誰やらが俺の姿に気付いて声をあげた。


「ああ! 勇者さまだー!」

「おおっ、救世主様!」

「ほんとだー! 本物だー!」


 たちまち行列の衆は列を解いて群集と化し、俺たちを取り囲んだ。


「うほ、やっべ! 超イケメン! やっべ!」

「ああ、ありがたやありがたや……」

「はあ……勇者様のお尻いいよね……」

「いい……!」


 一応、俺はここダスクの救世主様ってことで、住民どもは俺の顔を見るや騒ぎだす。放っとくと、この場に蓆を延べて勝手に宴会を始めそうな勢いだ。だからなー、俺の尻をなー、おまえらなー。


「み、みなさん、通してくださーい。勇者さま、急ぎのご用なんですよー」


 ミレドアが慌てて群集を宥めにかかる。その間に、店のほうから、小さな人影が駆け出してきた。

 そのまま群集の中をすり抜け、まっすぐ俺のもとへ飛び込んでくる――。


「アークぅぅ! 待ってたよー!」


 長い金髪の三つ編みをなびかせ、満面の笑顔とともに、俺の胸にしがみついてきたのは――ボッサーンの娘、リネス。

 相変わらず元気そうだ。約束どおり、迎えに来てやったぞ。



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