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655:決めろ、必殺シュート


 ルードの出現により、形勢は一気にこちらへ傾いた。

 エロヒムが俺の行動をキャンセルするより先に、ルードがエロヒムの権能を打ち消してしまう。


 エロヒムの憑依体も多少は常人より強化されてるようだが、もとより勇者の身体能力にかなうべくもあるまい。

 つまり、殴り放題だ。


「まずは軽くいってみようか」


 俺は問答無用でエロヒムの顔面をぶん殴り、二十メートルほど先の彼方までぶっ飛ばした。

 全力にはほど遠い、小手調べ程度の一発だが、並のエルフなら、これだけで挽肉になるぐらいの威力は込めている。


 が、そうはならず、エロヒムの身体は居並ぶ森の若木を何本もへし折り薙ぎ倒しつつ地面スレスレをすっ飛び、ほどなく彼方の大樹の幹に真正面から頭を打ち付け、なんとも表現しがたい奇声をあげながら、その場に倒れ転がった。


「ぐがぐっ! いいっ、いぎゃあああぁぁー! ひぎいいいいぃー! ああああああぁー!」


 情けない悲鳴をあげつつ、打ち付けた頭を抱えて、地面をごろんごろん転がり回るエロヒム。他人の肉体に憑依するというのが、具体的にどういう感覚なのか……経験の無い俺にはわからんが、五感は共有しているはず。そうでなきゃ、わざわざ他人の身体で幼女に(自主規制)なんかする意味もないだろうし。当然、快感だけでなく不快感も痛覚も人並みにあるだろう。

 となれば――そりゃもう、めちゃくちゃ痛いハズ。まだまだこれで決着とはいくまいが、ともあれ一発ブン殴って、悶絶するエロヒムの姿を見てると、多少は溜飲下がってきたかな。


 だがまだ足りん。

 さらに追撃するべく、大きく前へ踏み込む。地に臥すエロヒムに馬乗りになり――。


 殴った。

 殴った。

 さらに殴った。


 ……だがまだ死なない。なかなかしぶとい。ならば。

 俺はいったんその場から離れ、再び助走をつけて踏み込んだ。


「いっけー! ドライブシュートぉぉ!」


 俺の右足が唸りをあげて、地に転がるエロヒムの胴を盛大に蹴っとばす。

 まばゆい陽光の下、エロヒムの肉体はいったん高々と宙を舞い、いわゆるループシュートを思わせる鮮やかな放物線を描いて、森の木々の間へと落っこちていった。


「さすがアークさん。いまのひと蹴り、常人なら百回は死んでますよ。文字通りの必殺シュートでしたね」


 俺を追ってきたルードが、悠然と歩み寄りつつ、爽やかな笑顔で言う。考えてみりゃ、必殺シュートって結構物騒な響きだな。毎回吹っ飛ばされる森崎くんはたまったものじゃないな。どうでもいいことだけど。





 俺とルードは肩を並べ、彼方へ落ちていったエロヒムのもとへと歩いた。


「いくら俺が殴ったところで、肉体はともかく、エロヒムの本体にダメージはないだろう。もともと実体は無いって話だし」

「ええ、確かに。そもそも精霊に物理的な攻撃は通じませんから」

「なら、最終的には、どうやって倒すんだ?」

「それはまあ……これから、ツァバト先輩が一例を見せてくださると思いますよ」


 ほう、それは楽しみだ。

 と言ってる間に、俺とルードは、土まみれで七転八倒しているエロヒムのもとに辿りついた。さらに幼女ツァバトも後から追いつき、楽しそうに駆け寄ってきた。


「ヒイイイッ! いいいっ、ぐぎいいいいィ! ああああがああァ!」


 いまだ苦悶の叫びをあげて転げ回るエロヒムに、ツァバトが声を投げかけた。


「そんなに痛いなら、さっさと肉体を捨てればよかろう。本来、おぬしに痛覚など無いのだから」

「ああああァ! そっ、そうか、そうだったァ!」


 ひた、とエロヒムの動きが止まる。たちまち、その全身から、青い靄のような輝きがゆっくりと立ちのぼりはじめた。

 ほどなく、哀れなエルフの肉体から離れた青靄の塊が、空中に燃え盛る青白い炎のような姿をとった。これは――地下遺跡で初対面したときのツァバトと同じだな。紛れも無く、大精霊の本体そのもの。さらに、ツァバトと同様、きっちり例の上位存在のオーラ的なアレっぽい独特のプレッシャーも発散させている。それもかなり峻烈な。


(ちっ、ちくしょおおお! いまのは痛かった! 痛かったァァ! よくもッ、やってくれたなァー! 勇者ぁぁぁぁ!)


 まさに怒り心頭の絶叫が、俺の意識に響き渡った。物理的な声ではなく、精霊本体から周囲に放たれた精神波のようなものだが、これがまた、俺の脳をビリビリ震わせるほど強烈な圧力を伴っている。さすが大精霊というべきか、常人ならこの精神波を浴びただけで即死しかねんレベルだ。

 ――ともあれ、エロヒムはさっさと肉体を捨てて、本来の姿に立ち返った。実体の無い相手をブン殴るような芸当は、俺にはできん。ここから先は、ツァバトやルードに任せるしかあるまい。


「何を言っておる。まだまだ汝の出番は終わっておらぬぞ?」


 ツァバトがニヤニヤ顔で囁いてきた。なんだよ、まだ俺に何かさせようってのか?

 ……と、見る間に、エロヒムが浮かんでいる付近の空間が、ぐにゃりと歪曲した。


(勇者アアァ! オマエだけはッ! こここ殺すぅ! ゼッタイ、ゼッタイ、殺してぇぇやぁぁるぅぅぅー!)


 再び俺の意識を揺さぶる激怒の波動。

 ほぼ同時に、空間の歪みの彼方から唐突に黒い影が出現し、爆音をあげつつ、こちらめがけて飛び込んできた。


 この爆音、あのシルエット……銀に輝く、ぶっといバンパー。頑丈そうなフロントマスクには、とあるブランドの刻印が。四つのタイヤが地を蹴って、土煙とともに猛然、俺のもとへ突っ込んで来る、そいつは――。

 すなわち、超古代の神器。暴走トラック。



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