654:消去者ルード
エロヒムの権能に手も足も出ず、いまや絶体絶命の危機――。
そこへ涼やかな風のごとく、颯爽と現れた、黒髪の美青年。
あるときは謎の吟遊詩人。
あるときは睡眠強盗。
あるときは金持ちの町長。
あるときは謎のマッドサイエンティスト。
またあるときは下町ヤクザの組長兼高利貸し。
しかしてその正体は……造物主から分かれた四分霊のひとつ、「消去」の権能を擁する大精霊、ルード。
「ルー……ド? あ……?」
その唐突な出現によほど驚いたのか、エロヒムは右手を差し出した変なポーズのまま、あからさまな動揺の声をあげた。
「な、なんで……? なんでっ、オマエが、ここに……」
「いや、ここであらかじめ、待ち合わせをしていたのですよ。そちらのツァバト先輩に脅され……いえ、頼まれましてね」
いかにも人畜無害そうな笑みを浮かべて、ルードは悠然と応えた。ツァバト先輩て。いや、四分霊の誕生順ではルードは最も新参らしいから、それで間違ってないんだろうけど。
「はぁっ? ツァバトぉぉ? ……え、ええ?」
エロヒムは、ぐいと首をひねって、俺の隣に立つ黒髪幼女にぎらつく眼光を向けた。
「ふ……バレてしまっては仕方ない」
その幼女先輩――ことツァバトは、両手をぱっと開いて、小悪魔っぽく微笑んでみせた。途端、ツァバトの全身から、目には見えざる不思議な存在感――今までほとんど感じなかった、あの上位存在特有の圧力というかオーラっぽい何かがほとばしり、周囲に漲りはじめた。俺が先日、地下書庫でツァバトと相対した時に感じたやつだ。どうもここまで、エロヒムを欺くために、ずっとこのオーラを抑えていたらしい。
「このっ、気配は……! そんな、バカなあぁ!」
ツァバトの上位存在オーラを知覚し、大いにうろたえるエロヒム。そこへ、ツァバトが意地悪く声を投げかけた。
「おぬし好みの可憐な美少女だと思ったか? 残念、我はツァバトでしたー! ふふふ、我の迫真の演技にまんまと騙されおって、このお馬鹿め。ほーれエロヒム、いまどんな気持ち? どんな気持ち? いうてみ? ほれ、いうてみ?」
アンタのその言動が残念だよ!
これまでのやりとりからも、なんとなーく、そんな片鱗は見えてたが、まさかこうまでエキセントリック大精霊だとは。森ちゃんのあっ軽さにも驚いたが、この世界の大精霊って、どっかネジのぶっ飛んだ奴しかおらんのか。
「なんて、ことだ……! あれがっ、ツァバト……な、ならば……まさか、これ、はっ……!」
よほどショックだったのか、エロヒムは顔面の筋肉をぷるぷる震わせつつ、しばし幼女ツァバトの姿を凝視していたが、やがて何かに気付いたように、高らかに狂声をあげた。
「こっ、これぞぉ、合法ロリぃぃ! キタァァー!」
は?
「見ためは美幼女! 頭脳は精霊! 子宮いらずのロリ担当! おおおっ、もも萌えるっぅぅー! ブヒャハハヘヘェー!」
……あれれー、おかしいぞー?
ルードは、つい昨日、ツァバトの依頼を受け、俺たちがここまでエロヒムを釣って来るのを待ち受けていたという。
「私個人としては、べつだんエロヒム先輩と争う理由はないのですけどね。ただ近頃の状況を鑑みるに、どうもエロヒム先輩はアークさんの敵に回りそうな気配でしたので。アークさんには、今後是非やっていただきたいことがありますので、ここでエロヒム先輩に消されてしまっては困るのですよ」
優雅に微笑みながら事情を語るルード。相変わらず爽やかなイケメンっぷりだ。
「あ、ところで、ルードというのは仮の名前なんですよ。ゆえあって、真名はまだ隠しておりまして。ツァバト先輩だけは私の真名をご存知ですが」
ついでとばかり、心底どうでもいい情報を追加してくるルード。そんなもん興味ないわ。真名を明かせば必殺技の封印が解かれる――とか、どこぞの聖杯戦争みたいなギミックでもあるなら別だが。ツァバトがそれを知ってるってのは、さしもイケメン詐欺師ルードも、叡智の大精霊に隠し事はできないということだろう。
ともあれ、エロヒムの権能すら瞬時に消し去ってしまう「消去者」の出現。これにより、形勢は一気に逆転した。
「ふふふ、だから言ったであろう。手はすでに打ってある、とな」
俺の傍らに立つ幼女ツァバトが、どやぁぁ! といわんばかりに鼻を鳴らした。
「ルードの権能ならばエロヒムにも対抗可能であろうと踏んで、あらかじめ呼んでおいたのだ。どうだ、少しは我を見直したか?」
「うむ、偉い偉い。さすが叡智の大精霊様、すべての事態は掌の中ってか。ほーら偉い偉い」
俺は言いつつ、ツァバトの黒髪を撫で撫でしてやった。ツァバトは、いかにも不満げに、ぷくりと頬をふくらませた。
「むむ……汝、さっぱり我のことを敬っておらんな。ここは我の先見と叡智に驚愕感嘆し、畏れおののきつつも、我への尊敬と思慕と愛情に激しく身を打ち震わせ感涙を流す場面であろうに」
いや全然そんな風には微塵も思えないが。尊敬はともかく思慕と愛情ってなんだよ。
「さて、アークさん。エロヒム先輩の権能は、私がすべて打ち消してさしあげましょう。あとはあなたのお仕事ですよ」
ルードが悠然と告げてきた。なるほど、そういうことなら、今度こそ全力でエロヒムをブン殴ってやろう。
で、当のエロヒムは。
「ふへへへ、ごっ、合法ロリ……合法ロリィ……ひひ非合法の背徳感も、やはり捨てがたい味がっ……いやでもごご合法なら、もっとこう……」
まだ状況の整理が追いつかないのか、わけのわからないことを独りブツブツ呟き続けていた。
「ツァ、ツァバトたんの(自主規制)を(自主規制)したらっ……もう最ッ高の(自主規制)が……ぐふふふ、合法ロリの(自主規制)なら(自主規制)(激しく自主規制)しても、ゆっ、許される、よね……」
ツァバトたんて。ダメだこいつ。一刻も早くなんとかしないと。




