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641:大陸を統べる者


 この俺を、エルフの王に。

 長老制を終わらせ、五大霊府を統べる権力を持つ専制君主となる。俺が。


 つまりは、このエルフの森を、新たな王国へとつくり変えるということ。これはまた、大きな計画をぶち上げたものだな。発案者はメルか?


「この話は、私めのほうから、先代様へ持ちかけたものでございます」


 と、ムザーラがなぜか得意気に告げてきた。ほう、それは意外な。辣腕の能吏とは聞いていたが、あくまでサージャの腹心だとばかり思ってたんだが。


「そうそう。わらわも最初に聞いたときは、耳を疑ったぞ。まさかこのジジイが、こんな大それたことを考えておったとはのう」

「私めがジジイなのは否定しませぬが、先代様にだけは言われたくありませぬな」


 ムザーラは年齢三百六十歳ぐらいらしい。エルフの平均年齢が四百歳前後というから、年寄りであることは間違いない。とはいえメルは八百年以上の歳月を生きるレジェンドレア級ロリババア。そのメルにジジイ扱いされるいわれはないわな。


「ふふん、わらわは永遠のぴちぴちギャルじゃからの」


 むふん、と鼻息荒く胸を張るメル。ほとんど無いけどな、胸。なんせロリババアだから。


「毛皮だけ若くとも、中身が古狸であることに変わりはありませぬぞ」


 ムザーラはメルの発言を軽くあしらい、あくまで眼光鋭く俺の顔を見据えた。メルは「ぐぬぬ」とムザーラを睨みつけている。この二人、本当に仲良いのか悪いのかよくわからん。面白いコンビではある。


「私めにせよ、とくに前々からそのような考えがあったわけではありませぬ。ただ誠心誠意、サージャさまにお仕えし、補佐の任を全うすることが、わが天命なりと、そう長いこと信念してきたものですよ。ゆえに、事ごとにサージャ様を軽んじ、傀儡とすらなさってきた先代様と対立するのは、いわば自然の成り行きでございました。それが――」


 普段は飄々呼として、いまいち掴みどころが無い印象のムザーラが、かくも諄々と自分語りをするとは。ちょっと珍しいかもしれない。しかし、どこまで本音を言ってるのやら、あまり鵜呑みにすべきではないな。誠心誠意って。絶対そんなこと思ってねえだろコイツ。


「――その先代様が、近頃では勇者どのを支持なされて、こちらにはすっかり寄り付かなくなられた。これは何故のことかと不思議に思っておりましたが、先日、とある人物と会って、ようやくその疑問が解けましてな」

「とある人物?」

「よくご存知でございましょう。ルード卿でございますよ」


 ルード。ムザーラがその名を口にしたということは――あのルードと直接会う機会があった、ということか。そういえば先頃、サージャからもそんな話を聞いたな。ルードには無認可の高利貸しとして脱税の疑いがあり、出頭を命じたところ、あっさり長老公邸に出向いてきた、という。


「あいつと会ったのか」

「左様で。かの御仁、われこそは勇者どのの無二の大親友である、と申しておりましたな」


 全然親友でもなんでもねーよ! あの野郎、息をするように法螺を吹き回りやがって。天性の詐欺師かよ。


「……知らぬ仲ではないが、いささか大袈裟だな。で、あいつが何と」


 俺はかろうじて内心のツッコミを抑え込み、話を続けさせた。ルードめ、本当にどこまでも人を食った野郎だ。


「勇者どのが、当代の魔王その人であり、十数年前、魔族の肉体を脱して勇者に転生なされた御方であると――そう申したのです」


 あんにゃろう、サージャだけでなく、ムザーラにもバラしてやがったのか。俺の正体を。

 ルードは、ムザーラに対しても、先にサージャに聞かせたのと同様に、自分の高利貸し業が旧王都復興のための資金稼ぎの一端であり、いずれ魔王たる俺が、その復興した王城の玉座につくことになる――という先の計画まで明かしてみせた。……ようするに、こういう事情だから脱税を見逃してくれ、っていう趣旨の話だが。


「さらにルード卿は、より詳細を知りたくば、先代様とシャダーン様に訊かれよと――そういい残して、去ってゆかれました」


 当初、ムザーラはルードの言葉を鵜呑みにはしていなかった。そらそうだ。常識的な目線でいえば、告発や追徴を逃れるための、その場しのぎの与太話くらいにしか思えまい。とはいえサージャも同じ話を聞かされているうえ、ルードは二人が見ている前でいきなり「造物主の分霊」を名乗り、公邸の庭にあった「ししおどし」を瞬時にきれいさっぱり消し去るという不思議な力を見せ付けている。そこでムザーラは、まずシャダーンのもとへ伝書鳩を飛ばして連絡を取った。当時、シャダーンはまだ大軍を率いたまま、南霊府へと帰還する途中だったらしいが、数日後には返報があり、ルードの言う――勇者と魔王は同一人物である――との主張が事実であるとの裏付けが得られた。ムザーラが言うには、シャダーンの返報に目を通したサージャは、とくに驚く様子もなく、むしろ納得顔であったという。それサージャ本人も言ってたなぁ。やっぱ日頃の行いが悪かったかな。反省する気は微塵もないけど。


「ちょうどその頃、先代様が、かのストルガを捕らえて、この公邸へやって来られましてな。念のため、先代様からも確認を取らせていただきました」


 おお、その時期だったのか。中央霊府の反逆者ストルガには、銀塊三百斤という莫大な懸賞が掛かっていたため、メル自らストルガを捕らえて中央霊府へ乗り込んでいる。その道中にはハネリンも合流していたはずだ。

 メルは苦笑を浮かべて、しみじみと当時の様子を述懐した。


「このジジイ、わらわの顔を見るなり、ストルガのことなんぞどうでもいいといわんばかりに、いきなり訊いてきおっての。勇者どのが魔王というのは本当か、とな。話の出元はルードで、シャダーンの確認も取っておるというし、それではわらわが隠す意味もない。だからあっさり認めてやったのじゃ。認めたところで、今更コイツらが勇者に敵対するはずは無かろうと思うたのでな」


 たとえ中身が魔王であろうと、俺は間違いなく当代の勇者でもある。その事実は変わらない。しかも俺はこれまで長老サージャや、それを取り巻く勢力とは良好な関係を築いている。少なくともサージャが勇者を排除するような行動に出ることはありえない――というのがメルの判断。たしかにその判断は正しかった。サージャはあっさり事実を受け入れながら、それに対するリアクションは一切無し。排除どころか、俺との結婚も予定通り行うと明言している。

 いっぽうムザーラは、こう考えた――現状、勇者にして魔王たる俺は、すでに魔族と翼人を統べており、移民街の人間たちからも全面的な支持を取り付けている。そのうえで、俺をエルフの森の王に推戴できれば……。


「それはすなわち、大陸統一が成るということ。大陸の四種族が勇者どのの旗の下、大同団結するということです。それは結果として、エルフの森にもさらに大きな変革をもたらすでしょう。――ゆえに、どうあっても、勇者どのには我らの王になっていただかねばなりませぬ」


 ムザーラは眼光に厳しさを込め、そう言い切った。



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