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639:四分霊


 デモーニカのデータ領域に刻み付けられていたというテキストは、こちらの想像の斜め上をいく不気味さだった。

 他人の趣味をどうこう言うつもりはないが、こうも偏った趣味を赤裸々にぶっちゃけられてはな。近頃書類送検された、とある剣客漫画の作者より一段上級者のようだ。なおテキストの詳細は自主規制により公開できません。


「ねーねー、なんて書いてあるんでしゅか?」


 サージャが横から訊いてくる。俺は深く深く溜息をつきながら応えた。


「……子供には見せられないようなことが書かれてるんだよ」

「そうなんでしゅか? ……あ、もしかしてー、わたしのパンツを(自主規制)したいとかー、そんな感じでしゅかー?」


 なんでわかるんだよ! 本当にそう書かれてるし!


「……まあ、それに近いことだ」

「え? 冗談のつもりだったんでしゅけど、マジなんでしゅか?」

「う、うむ」

「いやぁん! それってヘンタイさんじゃないでしゅかぁー!」


 ヘンタイだな。確かに。


「わたしのパンツを(自主規制)できるのは勇者しゃまだけでしゅ! 他の人はイヤでしゅー!」

「それだと俺がヘンタイみたいじゃねーか!」

「勇者しゃまはいいんでしゅよ。イケメン無罪でしゅ」

「どこでそんな言葉覚えてくるんだよ!」


 ……と、そんなやりとりをしつつも、俺の脳裏にはちょっと何かが引っ掛かっていた。


「なあ、仙丹よ」

「はい、なんでしょう? ミルサージャちゃんとの(自主規制)は新婚初夜まで我慢してくださいね?」


 我慢も何もねーよ! 結婚しようが幼女をどうもしねえよ!


「いや、そうじゃなくてだな。これ、本当にエロヒムとやらが書いたのか?」


 たしかに文末に、自分はエロヒムだとわざわざ書き付けてあるが、どうも信じられん。別の何者かがそう名乗ってるだけという可能性もあるんじゃなかろうか? しかも仙丹自身、エロヒムと直接の面識は無いそうだし。


「いえ、エロヒム本人で間違い無いと思いますよ。たしかに面識はありませんが、ツァバトから、エロヒムの行状について色々聞いてまして」


 そう仙丹は応えた。ツァバト――地下書庫の番人を自称し、そこへ訪れた者に、いにしえの叡智を授けるという精霊。仙丹の中の人とは、古くからの盟友であり、関係は良好だったとか。現在は幼女の姿で地上に出てきてるらしい。


「どんな話だ?」

「はぁ、それが……」


 俺の質問に、溜息まじりに説明する仙丹。


「エロヒムは本来、肉体を持ちませんが、人間に憑依して、その肉体を乗っ取ることができるそうです。そのうえで、人間やエルフの高貴な血筋の子供を狙って誘拐し、ここではとても言えないような(自主規制)や(自主規制)とか(自主規制)(自主規制)をするという、真性のアレだそうで……」

「あ。それもう決まりだわ」


 俺はあっさり前言撤回した。


「でしょう?」

「ツァバトがそう言うなら、疑う余地はなさそうだな。……つまりエロヒムは、サージャを狙ってるわけか。それで俺が邪魔だと」


 ツァバトは知識の守護者ともいうべき上位存在。そのツァバトが、わざわざ仙丹に虚言を吹き込むとは思えない。つまり事実なんだろう。

 ……精霊というか上位存在も、色々あるみたいだな。そもそもあのルードも四分霊のひとつを名乗っているが、実際やってることは人体実験にヤクザの組長に高利貸し。ろくなもんじゃない。ならば同じく四分霊のエロヒムが真性ロリコンだったとしても、そう不思議な話ではあるまい。


「うぅー、そんなの困りましゅー!」


 俺の隣りで、サージャが頭を抱えた。


「仙丹しゃま、わたし、そんなワケわかんない相手に(自主規制)(自主規制)されちゃうんでしゅかぁぁ?」


 うーむ、本来なら子供には聞かせられないような話を、結局、仙丹がハッキリと本人の前で説明してしまったからな。そりゃショックだろう。


「だ、大丈夫ですよミルサージャちゃん。わたしも、アークさんもついていますから。何者であろうと、ミルサージャちゃんに不埒な真似など決してさせませんから。安心してください」


 仙丹が宥めるように告げる。


「そ、そうでしゅよね……でも……」


 呟きつつ、サージャは、ゆっくり俺のほうへ顔を向けた。なにやら決然たる意志を蒼い瞳に秘めて、俺をキリッと見据える。


「勇者しゃまっ。こうなったら――」


 こうなったら、何だ?


「――こうなったら、他人に手出しされる前に、勇者しゃまに、わたしを(自主規制)してもらいましゅ! さあ、一刻も早く、わたしに(自主規制)してくだしゃい!」


 しません。





 俺たちがこのエリュシオンに踏み込んでから、ぼちぼち半日くらいになるだろうか。はるか天井の彼方から降り注いでいた、陽光そのもののような不思議な照明光――何らかの魔力による光源がどこかにあると思うが、仕組みがさっぱりわからん――が、次第に弱くなってきたようだ。青空のような天井もだんだん暗くなってきている。


「そろそろ夜時間が近いようですね。お二人と話すのが楽しくて、つい時間を過ごしてしまいました。あ、でも、もう少しだけ、ここで待っててください。いま七仙の復活作業をしていますので」


 仙丹が言う。俺たちがここでやるべきことはもう何もない。あとは仙丹が七仙を復活させた後、その七仙を引き連れて、この地下空間から地上へ戻れば、儀式の全行程は完了。その後、長老公邸で身内だけのささやかな祝言を開き、七仙を見届け人として、互いの愛を誓い合う。それで正式に婚姻成立となるそうだ。もっとも、その祝言の正式な日取りはまだ決まってないらしいが。

 サージャは疲れが出てきたのか、今はすっかりおとなしくなって、床に座り込み、眠そうな顔して俺の腕に寄りかかっている。


「ここにも夜時間があるのか。サカエドと同じだな」

「ああ、アークさんは、あそこにも立ち寄られてましたね。ここの仕組みは、基本的にサカエドと同じですよ。サカエドはツァバトが、ここエリュシオンはシャダイが作った特殊な空間なんだそうです。先史時代の話ですけどね」

「シャダイ……」


 どこかで聞いた――と思ったら、ツァバトが何か警告してたったけな。シャダイを信用するな、とかなんとか。


「シャダイってのは、何者なんだ? 精霊か?」


 と訊くと、仙丹からは「へ?」と、少々間抜けな声が返ってきた。


「あのー、もしかして、気付いてなかったんですか?」

「何をだ」

「シャダイって、ずーっとあなたのお城にいたじゃないですか」

「城? ……魔王城のことか?」

「ええ。あなたがた魔族が、神魂と呼んでる存在のことですよ」

「えっ」

「エロヒムやツァバトと同じく、造物主から分かれた四分霊のひとつです」

「なにそれこわい」

「…………」

「……マジで?」

「マジですよ?」


 なんと……! あの神魂がシャダイ。四分霊のひとつ。そりゃ精霊っぽい何かだろうとは予想してたが、まさかそこまでお偉いさんだとは。

 しかも今は魔王城から忽然と姿を消して、行方がわからないとくる。あれは今どこで何をやってるのか?


 ……油断できんな。何か嫌な予感がする。



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