064:地下室の謎
ミレドアの店の地下室へと続く階段。周囲は真っ暗だ。ミレドアが魔力で光球をつくリ出してカンテラに入れ、それを前へかざしつつ先行する。
「足もと、気をつけてくださいねー」
「お、おう……」
ミレドアの後について、やけに急な木造階段を下っていく。一歩ごとにギシギシ危なっかしい音が響く。大丈夫かこれ。
ほどなく、ミレドアが足を止め、なにやらつぶやいた。開錠の呪文らしい。
「──ラ・ヨダソウ・スティアーナ。大事なことなので二回いいましたー」
ガチャリ、と音がした。地下室への扉が開いたようだ。いや一回しか言ってないっていうか、それ以前にどういう呪文だ。
地下室は、広させいぜい十メートル四方、高さは三メートルもない、ごくささやかな空間だ。
四方は土壁、木の柱と梁で補強されている。床材も木の板だ。奥のほうは、なにやら木箱がギッシリ積み上げられている。空気はひんやりと涼しげ。
「それにしてもー、急に地下室が見たいだなんて。本当にここに、なんか手がかりがあるんですか? ごらんの通り、空箱と漬物壷くらいしかないですよぉ。あ、そういえば、梅干がぼちぼちいい感じに漬かってる頃なんですよー。後で味見していただけませんかー?」
「梅干か……いいな」
俺は南高梅が好きだな。とかいってる場合じゃない。脳内でアエリアに語りかけてみる。おい、本当にここで間違いないか?
──ハニーニオマカセ。
俺に任せんな! てか微妙なネタ出すな!
──シタ。カンジル。チョット、トオイ。
……そうか。では探ってみよう。
意識を集中し、肌に当たる空気の流れを感じ取ってみる。かすかに、下から、スゥーッと、微細ながら異質な空気が流入してくるのがわかる。床下に、さらに空洞かなにかあるようだ。
俺はその場にしゃがみこんだ。床板を軽く叩いて、音の反響具合を調べてみよう。
「な、なにしてるんですかぁ?」
ミレドアが怪訝そうに尋ねてくるが、俺はあえて無言で、コツ、コツと、くまなく床を叩いていった。
「……これだ」
一枚、あきらかに音が違う板がある。隙間に指を突っ込んで、くいっと持ち上げると──板はあっさり外れた。
「え……えー? なんですか、これ?」
ミレドアがカンテラをかざして、驚きの声をあげた。外れた床板の下には、さらなる地下へと通じる細い階段が伸びていたのだ。
「こんなものが、うちの地下にあったなんて……!」
「どうやら、事態の核心へ近づけそうだな。ちょっと行って調べてくるから、おまえはここで待ってろ」
なんとなくだが、危険な予感がする。無理にミレドアを連れていくことはないだろう。
と思ったんだが。
ミレドアは首を横に振った。
「なに言ってるんですか、おつきあいしますよー。なんてったってぇ、わたし、勇者さまの助手! なんですからっ!」
満面笑顔で言い切るミレドア。そりゃ確かに、俺がそう言いつけたんだが……。
「おまえ、たんに面白そうだから、ついて来たいだけだろ?」
「あ、バレました? だってだってぇ、まさか我が家の地下にこーんな秘密があったなんてぇ、ビックリですよぉ。母からも、こんなの聞いたことありませんでしたし。何があるのか、ぜひ見てみたいって思うのは、人情ってもんじゃありませんかー。連れてってくださいよぉー」
期待に目を輝かせつつ訴えてくるミレドア。仕方ないなー。
「いいだろう。ならば、最後まできっちりサポートしてもらうからな」
「はいっ、わっかりましたー!」
ミレドアは、なぜかビシィと敬礼しつつ応えた。
ここからは前後交代だ。俺が先に立って光球入りのカンテラをかざし、階段を下りてゆく。ミレドアはその後をついてくる。
この階段は石造りで、細くて狭いが、しっかりしている。エルフの建造物にしては珍しい。
「長い階段ですねぇー……」
ミレドアが嘆息まじりに言う。確かに、先が見えないほど長い。それに壁の表面は相当に風化が進んでいる感じだ。ひょっとしたら、ここに店が建つ以前から、この階段はあったのかもしれない。遺跡、という表現がぴったりくる。
「案外、超古代の遺跡とかに通じてたりしてな」
「うわー、うわー、それってロマンですよねー。本当にそうだったら、大発見じゃないですかー。あっ、これって、新しい観光スポットになるかも? そしたらそしたらー、思い切ってお店を改装してぇ、入場料ガッポシ取ってぇー、大儲けできちゃいますねー」
妄想全開、すっかり大はしゃぎなミレドア。子供じゃあるまいし、もう少し緊張感が欲しいとこなんだが。言うだけ野暮か。
どれくらい時間が経ったろうか。視界の先に、ぼーっと明るい光が見えはじめた。こんな地下深くに? 何が光源かわからんが、あれが階段の終着点のようだ。
ついに階段を降りきる。いきなり視界がひらけ、広い通路に出た。
大型馬車も楽に通れるほどの道幅と高さ。石造りの壁。地面も石畳でしっかり舗装され、はるか前方へと、一直線にまっすぐ伸びている。
「こりゃまた……えらいもんを見つけちまった」
さすがの俺も驚きに目を見張った。
「す、すごい……! どうなってるんですか、これ!」
ミレドアも目をぱちくりさせている。
この構造。あのウメチカとエルフの森を繋いでいた石造りの地下通路とそっくりだ。天井には例の魔法の照明光が輝き、通路内にはじゅうぶんな明度がある。もうカンテラは必要ないな。
どうやら、ここが通路の始点になっているようだ。ということは、ここからさらに奥へと踏破せにゃならんわけか。一本道ならいいが、あの地下通路と同じような迷路構造になっていたら厄介だな。
──アエリア、ワカル。カンジル。
アエリアが脳内にささやいてくる。なるほど、アエリアに案内させれば問題ないか。
よし。そういうことなら、頼むぞ。
──イイノヨ?
いきなり脱力すんな!
ともあれ、俺とミレドアは、通路の奥へ向かって歩きはじめた。




