637:ネームエントリー
俺とサージャの協力体感パズルは見事コンプリート。これは婚姻の儀における締めの作業であり、この儀式において俺たちがやるべき手続きは、これですべてやり終えたはずだ。
「……それで、この後はどうなるんだ?」
緑と花の楽園が広がる不思議な地下空間エリュシオン。その中央部にそびえる白亜の巨大台座、さらにその直上に浮かぶ大怪球……いや直径六メートルの球状をなす完全物質、仙丹。
俺は変身の解けたサージャとともに、台座上に並び立ち、仙丹の朱色の輝きを頭上に仰ぎ見ながら、そう訊ねた。
「はい。ええと、少し待っててくださいね。いま、七仙のデータ領域を走査している最中ですので」
仙丹の中の人、すなわち森の大精霊は、やけに軽い口調で応じてきた。よくわからんが、パソコンのウィルスチェックみたいなもんかね?
「……あっちゃー、こりゃー、やられちゃってますねえ……ここのアドレスIDをずらして……こちらの予期せぬバグを誘発……仕様の隙を突かれちゃいましたか……ダミーの領域に強引に干渉して、乱数の操作を……本来ありえない挙動で……まるでこちらの仕様を逆手に取ったような……ここのバックアップは……ああっ係数がでたらめに……ええっ、文字化けってどういう……うわキモっ、なにこれ……」
何言ってんのかサッパリわからんが、七仙のデータがよほど手酷くイジくられてたであろうことは想像がつく。マテルやデモーニカの言動とか、完全にバグってたしなあ。アンジェリカなんて別人格が形成されて二重人格になってたぞ。
仙丹が、ああでもないこうでもない、と唸るなか、傍らに立つサージャが、ふと声をかけてきた。
「ねえ、勇者しゃまぁ」
「なんだ?」
「えっとね、わたしたち、もうじき結婚するでしょ? そしたらぁ、そのー……」
ちょっぴり恥ずかしげに上目遣いを向けてくるサージャ。妙にモジモジしてる。小動物的な仕草がなんとも愛らしい。いったい何事だ。
「ゆ、勇者しゃまのことー……名前で、呼んでも……いい……でしゅか?」
ああ、そんなことか。そもそも今の時点でも、ルミエルやリネスは俺のことをアークと呼んでるし。細かいことだ。
「好きに呼べばいい」
そう応えてやると、サージャはにっこり微笑んだ。
「わかったでしゅ! じゃあ、じゃあ……結婚したらぁ、ああああって呼ぶでしゅよ!」
名前ってそっちかよ!
「それだけは却下で」
俺は即答した。
「えぇー? なんででしゅかぁー? せっかく、いいお名前なのにぃー」
サージャは不満げに訴えた。どこがいい名前だよ……。これもエルフ独特の感性ってやつか?
そもそも、この世界における、魔王としての俺の本名、魔王ああああ。
なんでこうなった。
これが例えばゲームの話なら、ネームエントリーをさぼったせい、とかでこうなっても不思議ではない。その場合、もょもと、とか、とんぬら、とかになってた可能性もあるが。とんぬらはイヤだな。とんぬらは。
だが俺がかつて現代でトラックに轢かれて意識を失い、再び目を開けたときには、もう俺は旧魔王城の大広間の召喚魔法陣の上に立っていた。名前も勝手に魔王ああああになっていた。死後の世界で神様が出てきて土下座したり凄いスキルをくれたりするようなイベントは一切無かったし、ドジっ子酒乱女神が手違いで一緒に付いて来たりクールな美少女死神が陰謀めいた微笑を浮かべたりするようなこともなく、当然、自分の名前を決めるような機会も与えられなかった。なんたる理不尽。せめて気の利いた特殊能力のひとつも寄越して欲しかった。他人のスキルを盗んで自分のものにできるとか……いや、この世界にスキルなんてゲーム的なギミックは存在しないからまったく無意味だが……そうじゃなく、名前な。もうちょっとマシな名前があるだろって話だよ。これなら勇者AAAのほうがまだ由来がハッキリしてるぶん少しはマシだ。それでも嫌だが。
「んー、それじゃー……エーエーエーって呼んだほうがいいでしゅか?」
と、横からサージャが新たな提案をしてくる。だから嫌だつってんだろ!
「……それも却下だ。素直にアークと呼べよ」
「それだと、なんかツマんないんでしゅよ。普通すぎて」
「つまらんとか面白いとか、そんな問題じゃなかろうに」
「うーん、じゃあ……アエーで」
「混ぜんな! というか和えんな!」
サージャはどうしても俺を面白名前で呼びたいらしい。困ったお子様だ。俺はホウレン草か。
――と、そうこうやってるうち、仙丹のほうから声が響いてきた。
「おまたせしました。解析と修復を完了しましたよ」
ほう、やっと終わったか。
「それでは、まず解析の際に色々と判明したことを説明しましょう。とくに和えーさんにとっては重要な話ですよ」
さらっと和えるなァ! オマエもサージャの同類か!




