636:瞬間、心、かさねて
俺とサージャ、初めての共同作業。
それは――。
「んー、こっちには、それらしいのはありませんねー。勇者さまー、そっちはどうですかー」
「おお、こっちにちょうど合いそうなのがあるぞ」
「じゃあ、そっち行きますねー」
いま、俺とサージャは、仙丹が作り出した不思議な力場によって、ふわふわと空中浮揚している。どんなカラクリかわからんが、おそらく重力属性の魔力によるものだろう。その状態で仙丹の周囲に張り付き、浮遊しながら動き回って、直径六メートルの巨大球体の表面――半透明の朱色のガラスのような材質で、つやつやと滑らかな質感がある――に開いているという、七つの「窪み」を探しているところだ。
俺のもとへ、浮遊状態のサージャがゆったりと近付いてきた。俺は「これだ」と、仙丹の表面をさし示す。そこには小さな長方形の「窪み」が、ぽっこりと開いていた。
「あ、これですね。この形なら、マテルちゃんが合いそう」
「ふむ。これか」
俺は手に握っている七仙――仙丹の欠片のうち、金仙マテルの本体たる黄金の小石をつまんで取り出してみせた。
「よし、では、はめ込むぞ」
「はい」
サージャが、つと手をのばし、その白い指先で、俺と一緒にマテルの本体をつまむ。その状態のまま――二人で一緒にマテルの本体を仙丹の表面の窪みへ、ぐっと押し込んでゆく。まるでパズルのように、マテルの本体は仙丹の窪みにピッタリとはまり込んだ。
不意に、ぴんぽーん! と、どこかでチャイムのような音が響き渡った。おお、なんだこりゃ。
「はい、正解です。この調子で、どんどん行きましょう」
仙丹……森の大精霊の上機嫌な声。正解だとチャイムが鳴るのかよ。無駄に凝った演出を入れおって。
二人の初めての共同作業とは、このように、俺とサージャが協力して、二人一緒に、七仙の本体を仙丹にはめ込んでゆく……というもの。サージャは以前、長老に就任する際にも、この体感パズルゲームみたいな作業を経験したらしい。その際は一人でクリアしたそうだが、今回のような婚姻の儀式の場合は、カップルでこなさなければならないのだとか。
この巨大体感パズルに本来、制限時間は無い。しかし今回に限っては、仙丹こと森の大精霊が、なぜか制限を課してきた。
「ミルサージャちゃんが大人に変身している間にクリアしてください。もしうまくできたら、お二人にご褒美をさしあげましょう」
現時点で、サージャの変身持続時間はだいたい七分強だという。前に聞いたときより少し伸びてるな。いまはサージャが変身してから、もう二分近く経過している。あと五分で、このパズルをクリアしなければならない。……いや、別に時間オーバーしてサージャの変身が解けても、とくにペナルティーは無いそうだが、ご褒美とやらが少々気になるしな。ここは本気を出すしかあるまい!
協力パズルは、途中までは順調に進んだ。まず分散してそれぞれ窪みを探り、見つければ、互いに呼びあって合流し、二人で一緒に欠片をはめ込む。長方形の小さなのべ棒みたいなマテル、真珠のような球状のアンジェリカ、正三角形のデモーニカは、対応する窪みが一目瞭然で、とくに悩むこともなかった。
問題はそれ以外の連中。左右非対称の、歪な形状の小石ばかりだ。対応する窪みのほうも、当然それに合わせた歪な穴になっていて、一見しただけでは、どれが正解かわからない。
「これかな?」
「これでしょう」
と、二人で適当な小石をつまんで押し込んでみる。はまらない。ブブー! と耳障りなブザー音が響いた。
「はい、不正解でっす! ペナルティーとして、いったんこの窪みは閉じまーす」
仙丹の楽しそうな声。なんか口調がどんどん軽くなってきてるな。エルフの森の守護神ともいうべき存在が、そんなんでいいんだろうか。
不正解になると一定時間、対象の窪みの周囲がみょみょみょんっとゼリーみたいに動いて、穴をぴったり塞いでしまう。そういうルールらしい。もちろんこちらは、止まってる時間などない。また別の窪みを探さねばならない。
あれでもない、これでもない、と、二人して大急ぎで宙をひらひら巡り、ほぼ当てずっぽうで適当な小石をはめ込もうとして、二回連続で不正解のブザーを響かせ、三回目で、たまたま正解を引き当てた。これは風仙ビョウの緑石だ。残りは三つ――。
「あっ、ここはもう覚えています! さっきはメビナちゃんを入れてダメだったから、きっとキャクちゃんですよ!」
最初の不正解でペナルティーとなり閉じていた窪みが、時間経過で再び開いていた。サージャの指示に従って、赤い小石を取り出し、急いで二人ではめ込む。ピンポーン! と、軽快なチャイムが響いた。残りはアグニとメビナの二つ! サージャの変身が解けるまで、あとわずか――。
ここまで来れば、もう何も難しいことはない。時間との勝負だ。残る二つの小石のうち、まずメビナを取り出し、先ほど二度目の不正解を出した窪みの位置まで移動。二人でメビナの青い石を窪みに押し込んでゆく。さっきはここにアグニを押し込んで不正解だった。なら正解はメビナということになる。
ピンポーン、とチャイムが鳴る。ラストスパートだ。
俺はサージャの手を引いて仙丹の表面近くをぐるりと巡った。
「勇者さまっ!」
「行くぞ、サージャ!」
俺とサージャは、しっかと身を寄せ合い、ともに火仙アグニの本体たる白い欠片を指先でつまみ、心をひとつに合わせて、最後の窪みへと突進した――。
ぴんぽーん! と、チャイムが鳴るのとほぼ同時に、俺の腕の中で、急激にサージャの身体がしゅるんしゅるんと縮みはじめた。
タイミングはまったく同時だが、仙丹の判定は――?
「おめでとうございまーす!」
仙丹の祝福が殷々と四方へ響き渡った。おお。なんとかタイムリミットに間に合ったらしい……。
「やったぁぁー! わたしたちの勝ちでしゅぅー!」
変身の解けたサージャが、心底嬉しそうな顔で、俺の胸もとへ、がばと抱きついてくる。おおそうか、そんなに嬉しいか。よしよし、撫で撫でしてやろう。ほれほれ。
「えへへ、頑張った甲斐があったでしゅね!」
サージャは花咲くような笑顔を向けてきた。年齢相応の無邪気な笑顔だ。
……最後にアグニをはめ込んだ、あの瞬間。はからずも、俺とサージャの心は完全に一つになっていた。
たかだかパズルゲームと、当初は少々侮っていたが、なるほど。初めての共同作業ね。なかなかよく出来た「儀式」だった。




