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063:勇者と助手

 松の木漏れ日の下。三人並んでゴザに腰をおろし、ちょい遅めの昼食。

 じっくり焼き上げた熱々のサツマイモだ。かぶりつけば、ほくほくと優しい食感が口のなかに広がっていく。


 なめらかな舌触りと上品な甘味。ミレドアが熱心にお薦めしてきただけあって、これはこれでなかなかの美味だ。


「おいしい……! すっごく上等なおイモさんですよ、これ」


 幸せそうにつぶやくルミエル。女って焼き芋好きだよなー、なぜか。俺も嫌いじゃないけど。


「いやー、なんかすみませんねぇ。あたしまで、ご一緒させてもらっちゃってー」


 ミレドアが嬉しそうにイモをかじりながら言う。膝を立てて、ちょこんと体育座りのポーズで。短めのスカートの陰から、ちょろっと、こう、ピンク色の布きれが見えている。だが当人は気にしてないようだ。


「ま、ついでだ。そのかわり、食い終わったら、俺の調査につきあってもらうぞ」

「調査? さっき言ってた、地下のことですかー? でも、どうやって……」

「それは食ってから考える。どうせ店は閑古鳥なんだろ? 今日は店じまいして、俺に協力しろ」

「はぁ、それはまぁ……」


 横からルミエルが言う。


「あのー、私は」


 期待に目を輝かせるルミエルに、俺はあえて非情な宣告を下す。


「こんな馬小屋も何もないとこで、馬車を放っとくわけにはいかないだろう。留守番だ」

「……はい。わかりました」


 ルミエルはちょっぴり不満げにうなずいた。散歩が中止になってしょげる犬みたいな顔だ。俺は笑ってルミエルの髪を撫でてやった。


「そんな顔するなよ。これもひとえに、幻の魚をおまえと一緒に味わうためだ。楽しみに待ってな」


 ぱっと、ルミエルの表情が明るくなる。おまえと一緒に、というフレーズが効いたな。


「は、はい。お待ちしております」


 ルミエルは微笑んで応えた。先を急ぐつもりだったが予定変更だ。今日はここにとどまって、なんとしても、旬のビワーマスを食ってやろうじゃないか。


「あーそういえば、まだお名前とか伺ってませんでしたねー」


 ミレドアが尋ねてくる。


「俺はアーク。こっちはルミエルだ。中央へ行く用事があってな」

「へええ、人間さんが中央霊府へ? いったいどんな……」


 一瞬、ミレドアの挙動が止まった。何か思い出そうとしてるようだ。


「えー……ええと……あっ、ああっ!」


 突然、素っ頓狂な声を出すミレドア。


「ももももしかしてっ! いま巷で、ナウなヤングにバカウケって噂のぉ、あの伝説の勇者さんだったりしますかっ? そ、そーなんですかぁっ?」


 いま巷でナウなヤングにバカウケなのか? 勇者が? いやそれはともかく、こんなとこまで俺様の噂が届いてたか。別に否定する理由もないからカミングアウトしてやろう。


「確かに、俺は勇者だ。バカウケかどうかは知らんがな」


 途端、ミレドアは、ざざっと姿勢を正し、ぺこりと頭を下げた。


「そ、それは、知らぬこととは申せ、失礼をば……」


 妙に芝居がかった態度で言う。いちいち愉快な奴だ。


「気にするな。それより、食ったら調査開始だ。勇者の助手として、しっかりサポートしてくれ」

「はいっ、お任せあれ!」


 話してるうちに、すっかりその気になったようだな。ミレドアはノリノリな笑顔で胸を叩いてみせた。





 まずは住民への聞き込みから。ミレドアを案内役として、集落中を歩き回り、現在は開店休業状態の漁師たちや、水中調査を行った若者たち、集落の古老などから話を聞いた。


「魚がいなくなったのは半年くらい前からだなやあ。地面の揺れ? だいたい同じくらいから始まってたと思うけんども」

「このへんの漁場は全然だどもよぉ、東岸のほうじゃあ、普通に魚ぁ取れるっちゅう話だで。じゃが、わしらがあっちまで出かけるわけにゃあ、いかんでのう。漁師にもシマっちゅうもんがあるからよぉ」

「はー、水ん中は、べーつに何もなかったっぺや。ただ、水草を食う魚やエビがおらんで、湖底は草ぼうぼうになっとったなぁ」

「あぁ、地下? ご先祖の日記かなんかに、そんなことが書いてあったかのー。ここの地下に、なんか空洞っぽいもんがあるっちゅう話じゃが、入口もわからんし、実際に見た者もおらんで、本当かどうかまでは……」


 なんで、どいつもこいつも妙に訛ってやがるんだ。これだから田舎は。

 聞き込みの間にも、二、三度、例の突き上げるような強い振動があった。これが原因だろうとは思うが、さて……。


「ふぃー、さすがに疲れましたよぉ。お店に戻って、一服しませんかー?」


 ミレドアが提案する。聞き込み開始から、まだ二時間くらいしか経ってないぞ。とはいえ、いったん情報を整理する必要があるな。

 俺たちは集落の広場まで歩いて戻った。道すがら、ミレドアの身の上について、少しだけ話を聞くことができた。


 ミレドアの店は、彼女の祖母が開いたもので、当初は移民街から生活用品を仕入れて売る雑貨屋だったそうな。やがて集落を訪れる観光客が増え、地元名産として鮮魚を扱うようになり、ミレドアの母の代になって観光客向けの商売が最盛期を迎えた。


「こう見えてもですねー、わたし、子供の頃からずーっとお店の切り盛りまかされててー、看板娘として結構人気あったんですよぉ。広場のアイドル、なーんて呼ばれちゃってですねー」


 楽しそうに語るミレドア。まー、少なくとも見た目は超美少女だし、さらに朗らかで人懐こい性格とくりゃ、そりゃ人気者だったろう。


「んで、色々あって、母が亡くなって。正式にお店を継いだのは、わりと最近なんです。さあこれからだ! って矢先に、こんなことになっちゃってー……」


 そこまで語って、ミレドアはしょんぼりと俯いた。まったく起伏の激しい奴だ。見てて退屈せんわ。


「他に家族はいないのか」

「ええ。母と、二人でやってきたんですけどねー。祖母は、わたしがまだ小さい頃に亡くなってますので」


 つまり父なし子か。まあ、エルフはそれが普通らしいんだがな。ルミエルから聞いた話だと、マナ一家のような家族構成は珍しくて、エルフの女は、どこかで適当に子種を授かって、一人で子を産んで育てるのが基本らしい。父親が誰かというのはあまり問題にならんそうだ。それ以前に、男も女も大半がガチのあっちばかりで、まともな婚姻関係が成立しにくい土壌があるんだろう。

 店に着いた。まだ日が落ちるまでには時間があるし、少し一服させてもらうか。


「ささ、どうぞおあがりください、勇者さまっ」

「うむ、苦しゅうない」


 俺はミレドアに招かれるまま、靴を脱いで店の奥へあがり、畳の小部屋に通された。小さな木製のちゃぶ台に、ミレドアが湯呑みを置き、急須から熱い番茶を注いで、俺にさしだしてくる。


「粗茶ですがー」

「おお、すまんな」

「いやー、うちに商売以外でお客さんが来るのなんてー、もう百年ぶりぐらいですよー。あ、くつろいでてくださいねー。すぐにお茶菓子お持ちしますんでー」


 ミレドアはやけに嬉しそうだ。かいがいしく接待してくれる。

 部屋の中はわりかし清潔だ。ただ、相当古い建物のようで、柱や壁はすっかり色褪せてしまっている。畳だけは比較的新しい。


 待ってる間、ふと、腰にさげてるアエリアが目をさました。


 ──ハニーフラッシュ。


 いきなり意味不明だよ!


 ──ハニー。ココ、カンジル。シタ……。


 下? 下に何かあるのか?


 ──アエリアト、ニテル。オナジ。アエリアト、オナジノ、イル。


 アエリアと同じ……つまり、魔剣が、ここの地下に?


 ──タブン。


 おお。さっきのアエリアの謎の挙動は、そういう理由か。もしそれが本当なら、調べてみる価値がありそうだ。ひょっとしたら、異変の原因とも何か繋がりがあるかも。


 そこへ、盆に干し芋を載せて、ミレドアが戻ってきた。


「お待たせしましたーっ」

「なあ、ミレドア。つかぬ事を聞くが……この家に地下室はあるか?」


 尋ねると、ミレドアはあっさりうなずいた。


「ありますよー。それが何か?」


 よし。それなら、さっそく調査開始だ! 干し芋いただいた後でな。



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