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625:切り札到着


 次なる試練は明後日開催予定の馬車レース。

 当事者はもちろん俺だが、メルは今回、サージャの実家側の立会人として、この中央霊府に来ている。山さんとスニーカーは、警備本部のロビーでいかにもヒマそうにぶらぶらしていたのを、たまたまメルが見かけて、御者兼雑用係として連れ出して来たらしい。本人らもむしろ大喜びで同行に同意したというから、よっぽどヒマだったんだろう。


 ……実は、もう一人、影の同行者がいる。今回の試練において、俺を勝利に導く鍵ともなりうる重要人物であり、現在はある場所に身を隠している。

 俺たちはレースの開催まで待機ということで、まとめて長老公邸内の客館に押し込められた。外出は自由らしいが、どうも以前と比べて、扱いがぞんざいな気がするな。


 その客館のリビングで、俺はメルと夕食をともにした。


「前より扱いが悪いというのは、気のせいではないぞ。実際、ムザーラは、今回の出迎えではミルサージャ以外の者には礼をほどこしておらぬからな。ただ、ムザーラも、本心でああいう態度を取っておるわけではなかろう。どこから元老どもに見られておるかわからんから、慎重に振舞っておるのじゃろう」

「それだ。その、元老ってのは、なんだ?」


 と、俺はあらためて訊ねた。馬車レースについては、すでにこちらは必勝の算段を立ててのぞんでいる。ゆえに、とくにその内容については気にもとめていないが、少々気になったのは、さっきムザーラが口走った元老会議とやらいう団体。


「ここの地下には、仙丹をご神体とし、森の大精霊を祀る神殿がある。それはおぬしも知っておるな?」

「一応な」


 メルの問いに、俺はうなずいた。


「で、そこに仕えておる神官たちの元締めにあたる年寄りどもが、元老会議じゃ。政治には関わらぬが、祭祀にまつわる儀式作法や古典教義の解釈、神殿の運営などでは長老以上の発言力と影響力を持っておる。もっとも、年寄りというても、わらわから見れば全員、ハナ垂れのクソガキどもじゃが」


 そりゃメルは八百歳越えの超級ロリババアだからな。メルより年かさのエルフなんて現世には生存しておるまい。


「あやつらは、おぬしとミルサージャの婚姻を歓迎しておらん。そもそも以前、わらわがミルサージャを次期長老に指名したときも猛反発しおった連中じゃ」


 ほう、そんなことがあったのか。それでもメルは反発を押し切ってサージャを長老に据え、自分はさっさと引退したと。


「反発する理由は単純至極じゃ。あやつらは、ただひたすら古い慣例を守ることのみを尊び、新しい物事を受け入れようとはせん。変化や進歩といったものを忌み嫌い、害悪とすら考えておる。保守の権化とでもいうか、ようするに、揃いも揃って、コッチコチの偏屈どもなのじゃ」


 あー。なんか、わからんではない。現実に、そういう頭の固いジジイババアは割といる。まして宗教や思想が絡めば厄介さは何倍にも膨れあがることだろう。古い宗教は往々にして、保守的・排他的になりがちだ。


「どうせ今回の試練でも、色々といやらしい妨害工作を仕掛けてくることじゃろう。今頃、ここの地下で額を集めて、ひそひそと悪だくみをしておるのではないかのう」


 メルはニヤニヤ笑いながら言った。もちろん、元老会議とやらが今後いかなる策を弄そうとも、俺の圧勝はもはや動きようがない。すでに切り札は俺の手許にあるのだから。メルもそれを承知しているからこそ、こうも余裕のある態度なのだろう。

 俺の切り札、それは――。





 二日後。

 早朝、中央霊府の空は一朶の雲さえ見えない爽やかな快晴。


 長老公邸の大門前では、いよいよ婚姻の儀の第二の試練、馬車レースが始まろうとしていた。

 サージャの実家側からは、メルとムザーラが立会人となり、すでにレース用の二頭立ての馬車が門前に引き出されている。小さめの御者台は洗練された流線型で、いかにもレース向けというデザインだ。かなりがっしりした金属製のサスペンションまで完備している。御者をつとめるのは、サージャのまた従兄弟にあたるという若いエルフの男で、なんでも、馬車の扱いにかけては、エルフの森でも屈指の技量を誇るスペシャリストらしい。わざわざそんなもんを呼んでくるあたり、あちらもやる気満々のようだな。馬二頭のほうも、よほど鍛えられてる良馬とひと目でわかる。


 その相手側の馬車のそばには、白いフード付きのローブ姿の集団が居並び、何事かひそひそ囁きあっている。全員、かなり年のいったエルフのジジイババア、総勢八名。あいつらが噂の元老会議とやらだろうな。ときおり俺のほうをチラチラ盗み見ながら、眉をひそめたり、ヒヒヒヒッと笑ったりしている。おまえら、内緒話をしてるつもりだろうが、俺の聴覚はきっちり全部聞こえてるからな。倫理の破壊者とか秩序を乱す者だとか、言いたい放題だ。誰がロリコンだこら。だが、今はあえて何も知らぬふりをしておいてやる。


「遅いですな。勇者どのの馬車はまだ来ませぬか」


 ひとり佇む俺へ、ムザーラが声をかけてくる。


「慌てるな。ほれ、来たぞ」


 彼方から、四頭立ての大型馬車が、こちらめがけて爆走してくる。二日前、俺たちと別れてメルの私邸へ向かった荷馬車だ。車のほうは、なんの飾り気もない特大の鉄製コンテナに車輪を付けたような、きわめて武骨なつくりになっている。


「おお、あれですか。ずいぶんご立派な。……しかし、重そうですな。あれをレースに?」

「なに、あれくらいでちょうどいいんだ」


 ほどなく、大型馬車は大門前に到着し、ひたと制止した。ひとりで四頭の馬を完璧に制御してみせる技量はさすがだ。

 その御者台からひらりと舞い降りたのは、スニーカーでも山さんでもない。ぽわぽわふわふわした雰囲気を漂わせるエルフの美少年。


「勇者さま! ただいま到着いたしました!」


 シャダーンのところからルザリクへ引き取った馬飼い少年アル・アラム。こいつこそ、今回のレースにおける、勝利の切り札だ。

 こいつはルザリク出発後、大型馬車のコンテナ内に身を潜めて、ひそかに中央霊府の門をくぐり、その後、大型馬車の御者となってメルの私邸に入り、今朝までそこで待機させていた。わざわざそんな面倒な手続きを踏んだのは、ある目的のため、アル・アラムと、コンテナの「中身」の存在を、相手側の目から秘匿する必要があったからだ。もっとも、御者はあくまで俺がつとめるので、アル・アラムはいわばセコンド役だが。


 俺は鷹揚にうなずき、アル・アラムの労をねぎらった。


「ご苦労。それで、中身のほうはどうだ?」

「ええ、バッチリですよ。いつでも走り出せるよう調整してあります」

「中身?」


 と、横からムザーラが聞いてくる。


「そう、この荷台の中身だ」


 俺は短く応えて、アル・アラムへ、コンテナを開くよう促した。

 元老会議やムザーラらが、いったい何事――と注視するなか、アル・アラムは、慣れた手つきでコンテナ後方の閂を外し、鉄の扉を大きく左右に開け放った。


 巨大な黒い影が、コンテナの中から、ぬっと姿を現す。たちまち、元老会議のジジババどもも、相手側の若い御者も、ムザーラさえも、あんぐりと口を開けた。

 コンテナから進み出てきたのは、巨躯十尺、青黒い毛並みに爛々たる赤い眼光、逞しい八脚八蹄に青い炎のような燐光をまとわせ、口から濛々と瘴気を吐き散らす伝説の魔獣――スレイプニルの雄姿だった。



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