623:さらば山脈
酒宴は朝から夜更けまで続いた。
最終的にはほとんど無礼講となり、名も知らぬ家僕どもが酔っ払って俺に絡んできたり。それを酔ったサージャがけらけら笑いながらぶん殴って気絶させたり。うわようじょ強い。
さらに夜更けともなれば、皓々燃える篝火のもと、レグルスが赤裸で粗末なもんをぷらんぷらんさせるわ、アクイラも素っ裸で二つの萎みをぶらんぶらんさせるわで、もはやこの世ならざる地獄のごとく、いと見苦しき様相とはあいなった。誰かモザイクかけろモザイク! ボカシでも謎の光でもいいけど!
やがて俺を除く全員がすっかり酔いつぶれたのを見届けると、俺はサージャを抱えて天幕に戻って寝た。
……で、翌朝。おそらくみんな二日酔いで死屍累々だろう……と、天幕を出てみると、レグルスとアクイラはキリリと表情を引き締めて、家僕どもにあれこれ指図しており、皆それに従ってキビキビと片付けに立ち働いている。二日酔いで倒れてるような奴など一人もいない。
「あ、勇者しゃまー。起きたでしゅかー」
先に起き出していたらしいサージャが、これまた元気そうに駆け寄ってくる。まったく酒は残っていないようだ。
……そういや、アクイラが何か言ってたな。酒精を分解する魔法がある、とか。しかもこれ、サージャの一族の秘伝で、エルフのなかでもごく一部の者しか知らない特殊な術式だそうな。多分、早朝のうちにサージャかレグルス夫妻が全員にその魔法を掛けておいたんだろう。
「今後の予定はどうなってる? この後、中央霊府に向かうってのは聞いてるが」
サージャと二人で朝食をとりながら、そう訊ねてみた。
「はい、ルザリクからここまで来たときと同じように、わたしを抱えて中央霊府のほうへ飛んでほしいでしゅ。今からなら、たぶん、途中で先代しゃまと合流できると思いましゅよ」
あー、そういや、俺がメルと別れてルザリクを出発したのは五日前。メルは俺が用意した輸送用の大型馬車で街道を進み、中央霊府へ向かっている。俺からの依頼を受けて、ある秘密の大荷物を運んでいるため、どう急いでも一週間はかかる道のりのはず。これから俺が飛んでいけば、半日くらいでメルに追いつけるだろう。登山の試練が想定以上に早く終わってしまったからな。メルの驚く顔が今から目に浮かぶわ。
朝食後、俺はレグルスとアクイラの老夫妻に別れを告げ、ザックに七仙の小石を放り込んで、サージャを抱えて空へ舞い上がった。
「おおじっちゃー! おおばっちゃー! 今度は中央霊府で待ってるでしゅよー! さっさと追ってくるでしゅよー!」
空中、俺の腕の中で、地上に並ぶ老夫妻へ、ぱたぱた手を振るサージャ。
「おお、今度はもっと腕を磨いておきなさい!」
「まだまだ防御が甘いですよ! 今後の課題としなさい!」
口々に応える老夫妻。なんの話かと思ったが、あれか。エルザンド拳法とかのことか。エルフの長老で天才魔術師で拳法も強いってもう完璧超人だな。
「うるせーでしゅよ! 二人とも、もういいトシなんでしゅから! 拳法なんかやってないで、縁側で日向ぼっこでもしてればいいでしゅ!」
ほんと、身内には口が悪いし、容赦もない。だが子供って割とそういうところがあるな。逆にいうと、長老サージャが本来の年齢相応に振舞い、遠慮なく悪態をつけるほど、あの老夫妻はサージャから深く信頼されてるってことでもあるんだろう。
ほどなく俺たちは地上を離れ、ザグロス山脈から一路、中央霊府へと向かった。
「それで、勇者しゃま」
上空三百メートル。比較的ゆっくり飛んでいるためか、北から吹きつけてくる逆風に少々煽られ気味だ。しかしサージャは平気な様子。順応早いな。そのサージャが、俺の胸にしがみつきながら訊いてきた。
「次の試練については、何か聞いてましゅか?」
「ああ、メルとムザーラから、大体のことは聞いてる。自家用馬車でレースをやるんだろ?」
より詳しくいえば、自前で用意した馬車を中央霊府に持ち込み、サージャの実家側が用意した馬車と競いあうというもの。中央霊府内にあらかじめコースが決められており、それを一周して先にゴールしたほうが勝ち。コース一周あたり、標準的な二頭立ての中型馬車だと、早くてもおよそ五時間くらい掛かるという。それをノンストップで駆け抜ける。ちょっとした耐久レースだな。
「そうでしゅ。ルールは、馬車以外の乗り物は禁止、あと魔法の使用も禁止でしゅ。それ以外はなんでもありありでしゅね」
つまり、魔法さえ使わなければ相手の妨害をしてもいいし、コース上にあらかじめ罠を張っておくことすらできる。そうなると、最初から中央霊府にいて事前工作が可能なサージャの実家側は圧倒的に有利であり、俺にとってはアウェイということになる。おそらく、かなり厳しいレース展開を余儀なくされることになろう。……普通に考えれば。
だが問題ない。こんなこともあろうかと、すでに切り札は用意してある。ひとつ、中央霊府の市民どもの度肝を抜いてやろうじゃないか。




