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621:七仙の評価


 山麓の林を抜けて、下山ルートの終点にあたるキャンプに辿り着いたのは夜半頃。

 東霊府へ向かって伸びる細い街道の脇。小さな湖の畔に、いくつも篝火が焚かれ、立ち並ぶ天幕を照らしていた。これはビワー湖とは別に、ザグロス五湖と呼ばれる湖沼のひとつらしい。ちょうど山の懐に抱かれるように、松並木の向こうに暗い湖面がのぞいている。


 登山の出発点はザグロスの西側の山裾だったが、ここは出発点から山脈を挟んでほぼ反対の位置、南東の山裾にあたる地点だ。この夜中に篝火を焚いてるってことは、もうサージャたちもこっちに移動して来てるんだろう。

 夜空には細い冬月が星々を従えて冴えざえと輝いている。空気が澄んでいるからか、無数の星のひとつひとつがやけに大きく、くっきりと光を連ねているように見える。どこか遠くで、ホー……ホー……と、梟が鳴いている。おだやかな風は颯々と松の枝影を揺らして湖畔を吹き抜けてゆく。


 キャンプに入ると、まずレグルスとアクイラの老夫妻が俺を出迎えた。レグルスはサージャの曽叔父、アクイラはその妻で、今回の試練の立会人を務めている。


「いやー……お早かったですなぁ。さすがは伝説の勇者さま。もちろん新記録でございますぞ」


 老いた顔に感嘆を込めて、レグルスは深々と息をついてみせた。そりゃ早かろう。なんせエルフの森の最高峰を、たった四日で制覇して戻ってきたんだから。間違いなく史上最速記録のはず。ルール上、飛行は禁じられてたが、自然落下はセーフってことで、山頂から身投げして下山ルートの八割ぐらいショートカットできたのが大きい。俺以外にそんな真似をやらかす馬鹿は、まず他におるまいが。


「ミルサージャは寝ておりますが、いま、うちの者を天幕に遣わしましたので、じきに起きて参りましょう。その間に、試練の成果を検分させていただきます」


 と、アクイラが告げる。そりゃいま夜中だしな。サージャも寝てるか。

 篝火に囲まれたキャンプのど真ん中。老夫妻は家僕を呼んで、地面に蓆を延べさせ、そこに並んで腰をおろした。俺もそこにどっかと座り込み、ザックの中から、七仙の本体――仙丹の欠片たる七つの小石を取り出し、蓆に並べてみせた。色とりどり、形も不揃いだが、こうしてずらり並べてみると、なかなか趣きがあるな。鉱石コレクションって感じで。


「どうだ?」

「おお……これは確かに」

「まさしく七仙の石……!」


 老夫妻はそろって目を輝かせた。レグルスがおごそかに小石どもへ語りかける。


「七仙の皆様。それぞれ申告をお願いしたい。この度の試練、対象者への評価はいかがなものであったか」


 まず火仙アグニの声が応えた。


「合格です。肉体の強さもさることながら、私に心を読まれても、まるで動じない精神の強靭さには、目をみはるものがありましたね」


 続いて土仙キャク。


「なんかアタイ、ずいぶん酷い扱いだった気がするけど……」


 いや気のせいだ。最弱最地味の土属性だからって、ちょっとイジってみただけだ。


「まーいーや。強かったし。合格!」


 えらい大雑把だなオイ。


「次は俺だな。……といっても、たいして語ることもねえが」


 これは鶏ゴボウこと風仙ビョウ。


「まっ、なんつーの? 勇者どののコブシは、間違いなくロックンロールだったぜ。俺のトサカにエイトビート刻んだ熱いロック魂、確かに受け取った。合格ってことで、そこんとこヨロシク」


 何言ってるかよくわからんが、合格らしい。エイトビートってなんだ?


「次はアタシっスねー。もちろん合格っスよ。強さも人外レベルっスけど、アタシの美貌にまったく惑わされない鋼の精神はさすがッスね」


 水仙メビナのコメント。確かにメビナの外見は絶世の美女だったが、そうはいっても無機物ではなぁ。惑わされようがないと思うんだがな。

 続いて金仙マテル。


「とても衝撃的で、刺激的な出会いでしたね……」


 なんかうっとり呟いてる。出会いって、あれか。パンツか。ピンクの。パンツだな。パンツ。


「できれば、あのまま私に襲い掛かってくだされば……いえ、でもそうなると試練が……あ、一応、合格です」


 一応ってなんだ一応って。まるでコメントになってねーよ!


「ケッ、合格に決まってんだろ。どうせなら、もっと強烈な病毒を用意しとくんだったぜ」


 光仙アンジェリカが吐き捨てるように言う。いまは荒ぶる冬の日本海モードか。


「なあ、勇者さんよ、今度マジでもういっぺんチャレンジしてみねぇ? 五千種類くらいの病毒魔法をガッツリ凝縮ブレンドしてやっからよ。錠剤一個で象百万頭殺せるくらいキッツイのを用意しとくぜ」


 象が百万頭も死んだら絶滅しちまうんじゃねーか? いや突っ込みどころはそこじゃねえけど。


「最後は拙者でござるな。ニンニン」


 ニンニンじゃねーよ! もう邪気眼だかなんだか、さっぱりわけわからんキャラになってるな。


「それはですねえ」


 いきなりアグニが横から応える。まだ俺の思考読んでたのかこいつ。


「マテルやアンジェリカは、メモリ領域の改竄は受けているものの、正常に機能しています。しかしデモーニカのメモリ領域だけは、改竄ではなく、一部が破損しているようです。かろうじて機能は保っていますが……」


 つまり謎の精霊によって、文字通り、メチャクチャにされてしまったと。本来の性格が邪気眼で中二病というのは一応聞いてるが、その時点でろくでもねえのに、故障したことで輪をかけておかしくなってるわけだな。


「フッ、たとえこの身が傷つき壊れようとも、使命は全うする。それが闇にうごめく忍者の掟……」


 ああ面倒くさい。コイツのせいでどんだけ面倒な状況に追い込まれたことか。仙丹にも、でっかい借りができちまったし。ニンジャ殺すべし慈悲はない。


「ともかく、拙者を一撃で斬り伏せた実力だけは、まあ一応認めてやらんでもないでござるよ。合格ということにしといてやるでござる。今後もせいぜい精進するがよかろうでござるよニンニン」

「なあ、コイツ砕いちまっていいか?」


 つい口走ると、レグルスとアクイラが大慌てで俺を制止した。



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