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062:幻の湖魚

 直下から大地を打ち叩くような振動が、足元を襲ってきた。さらにそれが二度、三度と続く。

 一瞬、地震かと思ったが──すぐに衝撃はおさまった。


 周囲を見渡してみる。とくに被害などはないようだ。そこらを歩いてた住民たちも、少々足を止めた程度で、またか、というような顔をしている。どうも、ここでは割とよくある事らしい。


「じ、地震──ですか?」


 ふと見ると、ルミエルが、ひどくビクついた様子で、その場にしゃがみこんでしまっている。さすがの外道シスターも、この手の不意打ちには弱いか。ウメチカには地震の類はほとんどなかったしな。ただ、これは普通の地震ではなさそうだ。

 本物の地震なら、まず突き上げるような縦揺れに続き、大きな横揺れが発生する。いまのには、その横揺れがない。地震の揺れではない。ひょっとすると、ここいらの地下に、何か異変が起こってるのかも。


 とはいえ。わざわざ調べる気にはなれん。面倒事に巻き込まれたくないしな。


「ま、たいしたことはないだろ。俺たちはさっさとメシ食って、ここを離れよう」


 俺が言うと、ルミエルも素直に同意した。


「そうですね。先を急がねばなりませんし」


 ルミエルが馬車のそばに薪を並べる。木漏れ日の下、俺たちは地面にゴザを敷いて、イモを焼いた。直火じゃなくて、薪を炎の魔法で一気に燃やし尽くし、その残り火にうずめて一時間ほど待つ、というやりかただ。

 イモが焼けるのを待つ間に、地図を広げ、今夜の野営場所のあたりをつけておく。順調にいけば、日暮れ頃には次の駅亭に着けるはず。


「イモもいいが、ビワーマスってのも食ってみたかったな。取れないんじゃ仕方ないが」

「ビワーマス?」


 俺の呟きに、なぜかルミエルが鋭く反応した。


「もしかして、幻の美味といわれる、あのビワーマスですか?」

「幻……? そんな有名な魚なのか? ここの名産だったらしいが」

「ええ、私も、食べたことはないんですが、以前、サントメール伯爵さまから聞いたことがあるんです。ビワーマスは漁獲量が少ないうえに、大半が北のルザリクや東の中央霊府のほうに出荷されてしまうので、西のほうでは、ほとんど流通していないそうです。ビワーマスの塩焼きは、鮎よりも香わしくて、脂の乗った白身はじんわりと甘くて、それはそれは味わい深いということです」


 そ、それは旨そう……そんな話を聞いちまったら、一度くらい食ってみたいと思うのが人情。


「東や北で流通してるなら、ここにはなくても、ルザリクに着けば食える機会があるかもしれんな」


 俺がそう呟いたとき、どこからか「あまーい!」と、声が響いた。

 同時に、馬車の脇から、ひょこっと姿を現すエプロン少女。ミレドアだ。


「……まさか、追いかけてきたのか?」


 問いかけると、ミレドアはこっくりとうなずいた。うーむ、やはり見事な美少女っぷり。太陽の光を浴びて、笑顔がキラキラ輝いてやがるぜ。


「ビワーマスはですねー、このダスクで取れた旬のもの以外は味が落ちるんですよー。ぶっちゃけ、ビワーマスの真骨頂は、この土地でしか味わえないんですっっ!」


 ビシッ! と指さしポーズを決めてくるミレドア。この異様なテンションさえなけりゃ、本当に可愛いのになぁ。そもそも、なんでわざわざ追いかけてきたのか。


「お釣りですよー。イモ四個に大銀貨なんて多すぎです。小銀貨でじゅうぶんですからー」

「……そうなのか」


 エルフの森で流通している銀貨にも、いくつか種類があるが、俺の財布には最も価値の高い大銀貨しか入ってない。そういや、こまかい買い物はいつもルミエルがやってるからなあ。おかげで、そのへんかなり無頓着になってたようだ。

 ミレドアは、釣り銭の小銀貨を俺に手渡しつつ、「いいですかー? ビワーマスはですね……」と、ビワーマスの生態について説明をはじめた。いや、別にそんなこと訊いてないんだが。





 ミレドアの説明によると。

 ビワーマスというのは鱒の一種だが、ビワー湖近辺の固有種らしい。ビワー湖北方の河川で生まれ、生後数ヶ月でビワー湖へと南下してくるそうだ。その後、湖の低温域へ移動し、数年かけて成長する。成魚となり、産卵の季節を迎えると、生まれた川へと本能的に遡上していく。ビワーマスは成魚となった直後が一番の旬で、それを過ぎて産卵期に入ると皮膚が硬くなり、身の脂も抜けて、大幅に味が落ちてしまうんだとか。この旬のビワーマスの唯一の漁場が、湖の低温域にあたるダスクの近辺なのだという。


「いちおう、東岸のアメンダなんかにも漁場がありますけどー、あそこで取れるのはもう遡上途中の抜け殻みたいなやつなんですよぉ。ルザリクに出荷されてるのも、ほぼアメンダ産なんです。あんなものっ、ビワーマスじゃありませんっ。ぶっちゃけゴミですゴミ!」


 口角泡を飛ばさんばかりの勢いで熱弁を振るうミレドア。ぶっちゃけすぎだろお前。

 しかし──そんなゴミ呼ばわりされる状態ですら、幻の美味とされるほどの魚だ。旬のビワーマス、どれほどのものなのか。ちょっと、いや、ぜひとも食ってみたいぞ。なんとかならんかな。


「なあ、ミレドア」


 俺は尋ねた。


「不漁の原因はわからない、と言ってたな?」


 ミレドアは、不意の質問に、きょとんとした顔で応えた。


「えっ……ええ、ビワーマス以外の魚も、もうサッパリでー……魚のほかに、デュアルシェアーズとかタフスプリングとかまで、とれなくなっちゃってますしー……」


 だからどういう生き物なんだよそれは。


「さっき、地面が揺れただろ。あれと何か関係があるんじゃないのか?」

「あー、それは……集落の人たちも、多分そうじゃないかなー、とは、みんな言ってるんですよ。それで、潜水調査なんかもやってたんですけどねー……」

「何も見つからなかった、と」

「ええ。素潜り名人たちに身体強化の魔法をかけて、湖の底まで調べてもらったりしたんですよー。でも何も変わったところはなかったそうで……魚がキレイさっぱりいなくなってる以外は。水質や水温にも、とくに変化はないっていう話でー……」

「ふーむ。じゃ、湖じゃなくて、ここの地下そのものに、何かあるのかもしれん」

「地下……ですかー? それはまだ、調査してないですねぇ。というか、手がかりもないのに、調べようがないっていうかー」


 そうか、地下は未調査か。ならば、あの不自然な揺れの震源を突き止めて、そこを調べれば、あるいは……。


「あのー」


 ふと、それまで黙っていたルミエルが、横から声をかけてきた。


「おイモさん、そろそろ焼けますよ? まずはお昼にして、それから考えませんか?」


 そういや、イモ焼いてる途中だった。

 俺たちは素直にルミエルに同意し、三人そろってゴザに座り、焼きたてのイモをほおばった。



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