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619:夜の林道にて


 すっかり日は暮れて、山麓の林道には夜の静寂が降りている。

 あっちの世界は春三月だったが、こちらはまだ二月。とはいえ体感的にはほとんど気温差は無いように感じる。ここは南国エルフの森、基本的に日本よりもずっと温暖な気候だしな。山頂付近はさすがに寒かったが、麓まで降りてくると、もう地上とほとんど変わらん。


 道々、俺はザックの中で勢ぞろいした七仙どもに、この前後の事情を語って聞かせた。


「はぁー? 異世界に飛ばされてた? アンタ、マジで言ってんの?」


 まず応えたのは七仙最弱にして最地味の土仙キャク。ええ、マジっスよ。マジっス。


「心の中でアタシの口調を真似しないで欲しいっス。それも二回も」


 と俺の思考を勝手に読んで抗議の声をあげる水仙メビナ。いやツッコミどころはそこじゃねえだろ。


「私どもには、詳しい状況はわかりませんでしたが……デモーニカが霧を放つと同時に、確かに一瞬、大規模な魔力が付近に解放されたような感覚はありましたね。あれは魔法陣だったのですか……」


 これは火仙アグニ。


「んでもよ、それはほんの一瞬だったじゃん。魔力は感じたけど、何かが起こる前に、勇者どのがデモーニカをサックリぶった斬った……そんなふうにしか見えなかったぜ? 俺らにはよ?」


 鶏ゴボウこと風仙ビョウが、やけにロケンローな口調で語る。


「森の大精霊に助けられたからな。一瞬の間にカタがついたように見えたのは、あいつが時の流れをそういうふうに操作したからだ。実際には、ここに戻ってくるまでに丸々三ヶ月かかってる」

「ええぇ……!」


 俺が応えるや、意外そうな声を洩らしたのは光仙アンジェリカ。


「森の大精霊様にぃ、お会いになったんですかぁー? わたしたちですら、お声を聞いたことはあっても、お姿までは、見たこともありませんのにー」

「少なくとも、当人はそう名乗ってたぞ。実際、時間を操るのもこの目で見ていた。自分がエルフの始祖だとも言っていたな」

「ええ、それは事実です」


 やけに事務的な口調で肯定する金仙マテル。たぶんコイツ、本来はこういう冷静キャラなんだろうな。なんか色々ぶっ壊れ気味だけど。


「あの御方は、人工種族エルフの最初の一人にして、後に肉体から魔力を昇華させ、時の流れを司る精霊となられた方。ただ、あの御方が、ご自身が祀られている神殿からお離れになった例は、これまで聞いたことがありませんが」

「そりゃあ、それほどの緊急事態だったということだろう。……って、いま何か、聞き捨てならんことを」


 いまマテルは、人工種族……と言った。エルフが? どういう意味だ、それは?


「クチをすべらせたか。フッ、愚かなりマテル……!」


 鼻で笑いつつ、なぜか芝居がかった口調の闇仙デモーニカ。


「我が邪眼が告げている。その件、知らぬほうが貴様の身のためであるとな……!」


 なんだよ邪眼って。なんか邪悪な寄生虫でも入り込んでんのか? ロイコクロリディウムとか。あれカタツムリの触覚に入り込んで宿主を操るんだよなぁ。恐ろしい。


「つまり、おまえは詳しいことは知らんのだな」

「そっ、そんなことはない! それしきの知識、この我が持たぬわけはあるまい!」

「なら説明してみろ」

「うっ、それはだな……つまりその」

「どうした? 早く聞かせろよ」

「いや、これはその、ひ、秘密なのだ! 歴史の闇の奥底に封印されし忌まわしき記録なのだ! ゆえにその、決して明かされてはならぬことであって、ようするに」

「やっぱり知らんのか」

「ううっ」

「そのへんにしてあげてください」


 横からアグニが穏やかな声で割って入った。


「実際のところ、その件は、我々にもさほど詳細な知識はありません。ただ、勇者さまは、それらを知る方法をすでにお持ちのはずですよ」

「ん? どういうこった」

「勇者さまは、ツァバト様が管理していた書庫を、自由に閲覧できるお立場ではありませんか。あそこのデータベースならば、詳細を知ることもできると思いますが」


 あ、そういや、そんなもんもあった。あそこには、それこそ、この世界の創生から現代に至るまでの全記録があるという。しかも、そこの資料として置かれていた膨大な量のタブレットは、すでにルザリクへ持ち帰っている。ただ俺も何かと忙しい身で、本格的な解読作業は後回しにせざるをえなかった。

 なるほど、あの資料なら、エルフだけでなく、この世界の四種族それぞれの起源だって記録されているだろう。


 ……よし、ならば善は急げ。下山する前に、さっさと手を打っておくか。





 俺の右手には、一見腕時計のような革バンドと金属板のブレスレットがはまっている。これはスーさんから渡されたもので、陛下トレーサーという、なんとも微妙な名称が付いている。この金属板からは常時、電波っぽい何かが放射されており、俺の現在地を魔王城に送信する機能を持つ。バハムートのクラスカが基礎技術を提供し、それをチーとスーさんが実用的な道具に仕立てたのだとか。本来、この世界には存在しない科学技術の賜物だ。

 この陛下トレーサーには小さな呼び出しボタンが付いており、これをぽちっと押してみると……。


「陛下! お呼びでございますか!」


 いきなり眼前に白い骸骨が出現した。うおスーさん、早い、早いよ! 着ぐるみも無しとは! しかもなんか、いつになくテンション高いし。


「元気そうだな、スーさん」

「は。いえその、いつお呼び出しいただけるかと、ひたすら待機しておりましたもので。それで、いかなる御用でございましょうか」


 そういや神魂がいた頃と違って、今は俺の現在地がわかるだけで映像は無いんだよな。まず状況を説明せねばなるまい。


「……ははあ、陛下が地下からお持ち帰りになられた資料……でございますか」

「そうだ。今はルザリクの市長公室の俺のデスクにまとめて置いてある。それをすべて魔王城に持ち帰って、解読作業を行ってほしい。なかには超古代以前のよくわからん言語で書かれたものもあるが……おそらくチーなら、どうにかできるはずだ」

「なるほど、承知いたしました」


 カクンと頭蓋骨を傾けてうなずくスーさん。七仙の連中は空気を読んだのか沈黙している。ここでアイツらが割り込んでくると話がややこしくなるしな。

 例のタブレットについては、俺自身で解読作業をやるつもりでいたが、よく考えたらそんな暇もないほど忙しい身だった。だったら城の連中にやってもらえばいい。どうせあいつらヒマしてるだろうし。分量が膨大だから、時間はかかるだろうが、そう急ぐことでもない。これでエルフの起源についても、いずれ詳細を知ることができるはずだ。



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