061:神は自ら助くる者を
ミレドアがカウンターに立っただけで、途端に店内の雰囲気がパッと明るくなった。快活な美少女。それがミレドアの第一印象だ。清潔感あふれるエプロン姿が実に魅力的。だが。
「いっやー、よそからのお客さんなんて、ひっさしぶりですよー! あっ、その耳! もしかしてっ、人間さんですかっ! うわー、うわー、ここに人間さんが来るのなんて、もう何年ぶりだろー! あーそうそう、何のご用でしたっけー? お買い物ですか? でしたらでしたらー、ぐっとお安くしときますよー! ごゆっくり見てってくださいねー! 木刀とかありますよ木刀!」
だからなんで木刀。賑やかにもほどがある。いくら美少女でも、こりゃちょっとゲンナリだ。一瞬、この場で押し倒したい衝動にかられてたんだが、この異様なハイテンションのおかげで、かえって冷静さを取り戻せた。
なぜか、腰のアエリアが、さっきからカタカタ鞘を鳴らしている。といっても目を覚ましたわけではなく、寝言というか、眠りながら何かを感じて反応してるようだ。珍しい現象だが、よくわからんので放っとこう。
「何かオススメの品とか、あるか? ここの名産品とか」
そう訊ねてみると、ミレドアは、待ってましたとばかり笑った。
「名産品ですかー! それでしたらー、これです、これ!」
彼女が熱心に勧めてくれたのは、店頭の棚に並んでいる、赤茶色の細長いイモ。どう見ても普通のサツマイモ。いわゆる甘藷。
「……イモ?」
「ええ、ここいらで収穫できる作物では、これが一番ですねー! 焼いたり、ふかしたりして食べると、とっても甘くってー、ほっくほくでぇー、もう天国みたいなおいしさですよぉー」
長耳をぴこぴこ上下させながらウットリ語るミレドア。それ名産とかじゃなくて、単にオマエの好物ってだけじゃねーのか。と内心思いつつも、他にこれというものはなさそうだし、たまには、こんなのも悪くないか。
「んじゃ、それを……四つ」
「はいはーいっ! あとー、お飲み物とかどーですかー? 新鮮な茄子の搾り汁とかー、おいしいですよー」
そんなもん絞るな。
「それはいらん。……やっぱり、魚はないのか」
俺が呟くと、ふと、ミレドアが固まった。
「どうした」
「……うぅ」
ミレドアは先ほどまでのテンションもどこへやら、すっかりしょげ返った様子で、潤んだ瞳を俺に向けた。
「お、お魚はないんですぅぅ……前はここで、たっくさん、湖のお魚を仕入れて売ってたんですよぅ……ビワーマスとかキングフォスルとかファッティグラトンとか」
ビワーマスってのはたぶん鱒の一種なんだろうが、他はどういう魚なんだ……。
「それにブラックバスもいて、バス釣りボートはここの名物だったんですよぉー。それ目当ての釣り人とかも、たくさんいらしてたんですよぉー。それにビワーマスは焼いて食べるとすぅっごく美味しくって、うちも料理とか作ってお出ししてたんですー。それなのに、最近はすっかりお魚とれなくなっちゃってー……」
もう今にも泣き出しそうな顔で、切々訴えるミレドア。可愛いんだが、なんというか……鼻水出てるし。
「それで、こんなに寂れちまったのか」
「そうなんですぅ……原因とかも、サッパリわかりませんし……うう……」
「そうか。ま、気を落とさず、頑張れよ」
「え、あ、お客さん? 話はここから……」
あまり関わりあいになると、面倒なことになりそうだ。
俺は代金の銀貨をカウンターに置いて、イモ四個入りの袋をかかえ、とっとと退散した。
馬車の近くまで戻ると、箱車の外で、ルミエルが三人のエルフの男たちに囲まれていた。さっきのとはまた違う連中だが、別に揉めてるわけじゃなさそうだな。なんか話し込んでいる様子だが……。
とりあえず、気付かれないよう、そっと近寄って、馬車の陰から会話を聞いてみる。
「へえー、それじゃ、あんたはシスターさんなのか。教会って、困ってる人を助けてくれるんだろう? 俺たち、漁ができなくて、ずっと難儀してるんだよ。神様は俺たちを救ってくれないのかい?」
男のひとりが質問すると、ルミエルは首を振った。
「いいえ。神は自ら助くる者を千尋の谷に突き落とす、といいます。所詮、貧乏人に救いなどありません」
「えぇー、そりゃ、ひどい神様だな」
鼻白むエルフ男たち。ルミエルはにっこり笑って説教をはじめた。
「いいえ。そんなことはありません。神はおっしゃいました。求めるな、されば奪われることなけん、と。貧乏人が分不相応に何かを得れば得るほど、高い税金をむしり取られ、悪徳商法にひっかかり、結局お金持ちの養分になってしまうのです。蛆虫は蛆虫らしく、何も求めず這いずって生きよ、という教えですよ。それに、こういう教えもあります。汝、右の頬をぶたれたら、おとなしく左手で財布を差し出せ、という……」
水が流れるごとく滔々とルミエルの説教が続く。当初は胡散臭げだったエルフの男たちも、いつの間にやらその弁舌に乗せられ、ついには涙を流して三人同時に小さな巾着袋──おそらく財布──を懐中から取り出し、差しだしていた。
「ふ、深い……!」
「い、いま、人生の真理を悟った気がします……!」
「これこそ世の摂理っ……!」
俺もウメチカでは長いこと教会に通ってたが、そんな教義は知らんぞ。恐るべし外道シスター。
男たちがルミエルに財布を渡し、なお感涙にむせびながら立ち去ったあと、俺はいったん馬車から離れ、あえて何も知らぬげな顔してルミエルのもとへ歩み寄った。
「あっ、アークさま。お帰りなさいませ」
ルミエルは天使のような微笑みで出迎えながら、俺に巾着袋を示してみせた。
「見てください、これ。ここの住民の方々から、勇者さまへの喜捨だそうですよ。残念ながら金額はたいしたことありませんけど」
浮き浮きと報告するルミエル。いや俺への喜捨じゃないし。その上さらに金額にケチつけるとか。鬼か貴様。
「……とりあえず、メシにしようか」
俺はあえて突っ込まず、ルミエルにイモ袋を渡した。なんかもう、どうでもいい気分だ。焼き芋でも食って、さっさと出発しよう。
「魚はなかったが、これが一応、ここの名産らしいぞ。火を起こしてくれ」
「わ、おイモですかー。いいですね。すぐ準備します」
──と、そのとき。突如、地面の下から、ズンッと突き上げるような、強い衝撃が来た。




